17(105).受け継がれる想い
白み始めた空、風は静かに流れる。
鳥のさえずりと、昨晩の牛乳が、彼女の睡眠を妨げた。
小さな毛玉は伸びをし、小さな手で自らの被毛を整える。
辺りを見回し、安全を確保できる相手を探す。
近くの巨女には不安しかない。
ヒョイとベットから飛び降り、少し先に見える寝具まで歩く。
彼女は寝具の下まで歩き、目的の地を見上げる。
少し体を沈ませ、助走をつけ飛ぶ。
「ウッ、・・・ハッ・・・なに?」
彼女の両腕は、睡眠中の男の鳩尾を捉えた。
その一撃で捕獲対象は、討伐一歩手前まで追い込まれる。
彼女は、耳をたたみ、申し訳なさそうな表情を捕獲対象に向けた。
「ラスティか・・・どうしたの・・?」
ラスティは、恥じらいながら僕の耳元まで歩く。
そして、瀕死の僕に耳打ちする。
「飲みすぎちゃったみたい、ドア開けて欲しいな。」
僕は、彼女を抱いてトイレを目指した。
ゆっくりと明けていく空は美しい。
小鳥たちのさえずりが、目覚め切らない頭を起こす。
ラスティと共に部屋へ戻り、僕は身支度を整えまた庭へ出る。
日差しは、眠ろうとするもう一人の自分に活を入れた。
庭からは、男性と少年の声が聞こえる。
「イオリア、基本はしっかりとやれよ。」
「なれたからと言って雑にはするな。」
「はい、お父様」
僕は、二人のやり取りを微笑ましく眺める。
2振りの剣は空を切り、美しい樋鳴りが朝焼けに響く。
僕は、真剣な二人と距離を置き、毎日の鍛錬を始めた。
以前に何処ぞで購入した魔導具を腕に嵌める。
それは魔力を与えると重くなっていく。
僕は屈み、以前の師匠をイメージし抜剣。
剣先は安定せず、ブレてまともな樋鳴りは聞こえない。
動作をゆっくりと数十回繰り返す。
繰り返される動作は、剣先のブレを次第に大きくする。
三桁を数えた頃、僕は別の鍛錬に移った。
先ほどまで鳴いていた小鳥たちは、もういない。
代わりとばかりに、目を煌めかせた二人の少年がそこにはいる。
二人共興味に満ちた表情には変わりはない。
1人は本物の子供だ。
そして、もう一人の巨大な少年は、戦術を思考する視線を投げる。
僕は、イメージを師匠からミーシャへと変えた。
目の前の彼女に僕は向き合う。
変らぬミーシャは、僕と向き合い円を描く様に間合いを取る。
二人の舞踏は、それを見る少年たちの意識を奪う。
彼らの瞳には、もう一人の何かが映る。
鳴る筈の無い金属音、1つしか無いはずの砂をする音。
彼らにはそのすべてが存在する。
遠くから大きな少年を呼ぶ声。
「ルーファス様そろそろ、執務の時間ですぞ。」
初老の執事長が彼を呼び、業務を急かす。
彼は、現実に戻され眉を顰めた。
そして、隣の少年に指示を出す。
「イオリア、ルシアに教えてもらえ。」
「アイツは強ええぞ。ファラルドにだって負けねえかもな。」
小さな剣士は、少し眉を顰めるが、それでも師の指示に従う。
彼は、ファラルドの大ファンなのだ。
しかし、父の様に強くなる為にと心を入れ替える。
ルーファスは、イオリアをその場に残し、初老の執事の後に続く。
僕のサークリングが一区切りつくと、イオリアは駆け寄った。
「ルシア、僕に戦い方を教えてくれない?」
僕は汗を布で拭きながら悩む。
それは、僕は師事できる程の人間ではない為だ。
師匠の様に長い経験も、ルーファスやファラルドの様に実績も無い。
それでも、真剣な少年を無下にする事も心が痛む。
「イオリア、昼餉の後に話そうか。」
「それまでは、お父さんに教わった事を復習しようね。」
小さな剣士は、屈託のない返事をし、また美しい樋鳴りを響かせた。
僕は、彼の横で同じ様にレイピアを振る。
2つの樋鳴りは、美しく朝の空気を彩った。
僕達は鍛錬を終え、浴室で汗を流す。
彼は、遠慮する様に僕が終わるまで浴室の外で待った。
僕は疑問を浮かべながらも、彼と交代し部屋に戻る。
部屋では、眠り姫が、おなかを出しながら寝ていた。
日が昇り大分経つが、最近では姫君は2人になっている。
大小の姫君は、お互いを抱きしめる様に寝相を変えた。
屋敷は朝餉の香りで包まれていく。
使うことのできない魔導書を読みふける中、小さな姫君は目を覚ます。
僕は、彼女に小さなお願いをする。
彼女は新たな技術で、それを叶えた。
「コラ、やめろラスティ! 顔を舐めるな。」
師匠の表情は、不快の極みだと言わんばかり。
二人は目覚め、身支度を整える。
暫く経つと、侍女が部屋の外で声をかけた。
「アリシア様、ルシア様、ラスティ様、お食事の用意ができました。」
僕達は、侍女にお礼を言い、彼女の後に続く。
応接室では既に3人が席についていた。
そこには、家族の団欒がある。
2人の大人は、領地経営について会話をする。
子供は料理に目を奪われながらもソレを聞く。
僕達が席につくと食事は始まった。
簡素ながらも栄養バランスの良い食事だ。
食事が終わるとルーファスから僕に正式に依頼が来た。
もちろん、イオリアの稽古についてだ。
僕はやんわりと断ろうとするも、師匠はイタズラな笑顔で僕を諭す。
「教える事も勉強になるぞ。」
「いい機会だからやってみろ。」
師の"やってみろ"は命令でしかない。
僕は、ため息交じりでルーファスの依頼を受ける。
期間は7日、僕たちは7日後にリーア領を出る予定だからだ。
僕は、改めてイオリアに挨拶する。
「イオリア、よろしくね。」
彼は、少し顔を赤らめ、僕に返事した。
その姿は、昔ルーファス達と合流した時の僕の様だった。
太陽が真上を過ぎ、昼餉が終わる。
二人の剣士は、庭で稽古を始めた。
そこには、数人の取り巻きがいる。
僕は、彼に何ができるかを尋ねた。
彼は、意外にも素振り以外していないと答える。
素振りだけでアレだ。僕は素質というモノに嫉妬した。
それでも、大人の風格を劣化させることなく彼に向かい合う。
僕は、剣技については彼の親が適任だ。
その為、盾技を教えることにした。
それは、戦闘において"勝つ"ことより"生き抜く"事が大事だからだ。
僕は、彼に"守る事"、"躱す事"、そして"いなす事"を日ごとに教えた。
華はないが、僕の命をいつも繋ぎ止めている技術だ。
イオリアは、熱心に同じ動きを繰り返す。
やはり筋は良い。
日ごとにそれを吸収していく姿は僕のソレではない。
まだ年端も行かない小さな少年だが、形にはなっていく。
しかし、日々繰り返さなければソレも錆びつくもの。
僕は、少しの進歩でも、彼らに褒められたから今まで続いている。
イオリアにも僕と同じように続けて欲しい。
だから僕は、彼を褒めながら稽古をする。
僕は昔、ルーファスとミランダに教わっていたことを彼の息子に行っていた。
あの時とは状況は違う。
それでも、お互いに真剣だ。
6日も過ぎると、彼は僕に懐いていた。
彼は、ファラルドは好きだが、僕も好きと言う。
それは嬉しい事だが、何か含みを感じる面があった。
その日は彼らと食べる最後の夕餉だった。
イオリアは僕に礼を言い頭を下げる。
これも両親の教育のたまものだろう。
そして笑顔で一言付け加えられた。
「ルシアは・・・僕のお嫁さんになるんだからね!」
可愛い発言だが、僕に成ることはできない。
その"お嫁さん"とやらには。
その姿に両親は複雑だった。
母親であるライザは頭を抱え、深いため息をつく。
父親であるルーファスは盛大に笑う。
これは教育をし直す必要があるだろう。
夕食の席は、いつもと同じように団欒だ。
僕は、ふと感じる。
その笑顔の輪の中には、いつまでいられるのだろうか。
変わり行く、兄と姉。そして新たな命。
自分だけ変わらない体は、世界から取り残されている様に感じた。
それは、長寿であるエルフが感じるソレなのだろうか。
僕の視線の先には、その視線を不思議そうに笑う彼女の顔があった。




