14(102).リーアの領主
朝日が差し、レイピアの刀身が煌めく。
ダンスの様な足取りで円を描く少女。
止まったかと思えば、腰を落とし剣を納める。
そして、独特の所作で剣を抜く。
繰り返される動作は、お辞儀をし踊る貴族にも見えた。
宿屋の女将は、鍛錬に励む少女に声をかける。
「あんた、小っちゃいなりに凄いね。」
「領主様の様に剣を振るかと思えば、その奥様の様に踊りだす。」
「あたしゃ、朝からいいもん見たよぉ。ハハハハッ!」
僕は、宿屋の女将さんに苦笑いで頭を下げ、回数をこなした。
サークリングは少しづつだが、イメージするミーシャのソレに近づく。
抜刀に関しては、師匠の説明は分からなかった。
彼女が魔法使いのはずだが、時として擬音の説明が増える。
僕は、眉を顰めて理解しようと試みた。
しかし感覚で分かるのなら魔法使いなどしていない。
師匠をイメージし動くも、全てがかみ合わないままだった。
日が昇り、レイピアの手入れが終わる頃、ラスティが僕の背中に頭突きをする。
いつもの事だが、昔よりも頻度が増えた。
「女将さんがご飯できたって。」
彼女は、伝言を告げると来た道をトコトコと返っていく。
途中、干し縄に掛けられた布に興味を奪われるも、その足取りは変わらない。
僕は、レイピアを鞘に納め、彼女を追った。
部屋に戻ると、相変わらずの光景が広がる。
見目麗しいボサボサの師匠の寝顔、その顔を揺する小猫。
小猫は、寝返りをうまくかわし、噛みやすい位置に来た指に誘われる。
「イッタ! ・・・ラスティ、老人を労われ・・・」
僕は、都合のいい老人に朝食ができた事を伝えながら、彼女の髪を梳かす。
薄黄金色の髪の寝ぐせは、以外な程簡単に直る。
彼女は、服装を整えると僕の手を引き朝食へ向かう。
ただその行動は、まだ寝ぼけていた。
僕達は、朝餉をとり宿を後にする。
この日の目的は、無くなった食料を補給する事。
向かう先の商店は、堅実な品揃えで値段も相応だ。
見るからに人柄の良い主人は、入り口を掃除している。
僕達は、10日分の食材を買い店を出た。
客が去ると、商店お前には1台の荷馬車が止まる。
商人は、笑顔で御者台の男に声をかけた。
「お待ちしておりました領主さま。」
声のかけられた男は、豪快に挨拶を返しす。
そして、荷台に乗る女性に手を伸ばし降車の手伝いをする。
聞き覚えのある声に僕は振り返った。
そして、領主に声をかける。
「ルーファス。久しぶり!」
僕は、この後起こる出来事を予想していない。
以前にも同じことはあったが、不意な事は学習のしようが無いものだ。
荷馬車から女性を降ろすと、エスコートする領主は軽く手を上げ声を返す。
「お前・・・ルシアか。来てるなら言えよ。」
「ってか、お前、何で昔のまんまなんだよ・・・」
「・・・まぁいいか、来いよ。」
彼は、笑顔で僕たちを迎えた。
しかし、死神は準備のない者を襲う。
荷台から降りた、ドレスを着た女性は裾をたくし上げ駆け寄る。
そして、頭上に衝撃がはしった。
彼女の攻撃は、それ程早くはないが、なぜか躱せない。
僕は、その衝撃を発した存在を捉えるが、何もできなかった。
心配と怒りを混ぜた表情は、反撃を許さない。
「あんた、また連絡しなかったよね・・・」
「 こっちは・・・心配なんだよ!」
僕の隣から、それを宥める一人の女性。
しかし、ライザはそちらにも牙を剥く。
「師匠もそうですよ! どっか行くなら連絡して下さい。」
「二人そろって何なんですか!!」
僕達は、彼女に頭が上がらなかった。
荷台で空を眺め、領主たちの用事の終わりを待つ。
呪いでもあるのかと思われる程、頭の痛みは引かない。
僕が頭を撫でる姿を、ラスティは笑う。
彼女に領主達の事を話しながら待った。
日が辛うじて東にあるうちに領主の用事は済んだ。
僕達は彼らの荷馬車に揺られ、領主の館へ向かう。
町を臨む丘に彼らの家は在る。
そこでは、彼らの使用人たちが迎えた。
到着すると荷馬車を雑に降りるライザ。
それを諫める執事長。
そしてその光景に頭を抱える領主。
それは昔と何も変わっていない二人の姿だった。
しかし、変化もある。
小さな少年がライザの元へ駆けよる。
それを優しく抱き上げるライザ。
そこには、母になった彼女の姿があった。
「おめでとう、ライザ。 その子、ライザにそっくりだね。」
僕は、遅くなった祝いを彼女に伝える。
そこには、優しい慈愛に満ちたの母親の顔。
それは、ファウダで会った聖母と何も変わらぬ表情だ。
師匠は、同じように祝いを伝えた後、腕を組みライザに伝える。
「お前の子は智そうだ。 」
「昔のお前は、悪戯好きだったから旦那に似たのかもな。」
ライザは、師匠の指摘に赤面し、反論するも相手が悪い。
それを眺めるルーファスは笑う。
僕達は、執事長に促され、屋敷の中へ入った。
屋敷の中は、王都の屋敷同様に、派手さはないが質のいい家具が並ぶ。
小さいライザは、トコトコを駆けていき、自分の椅子に座る。
僕達は、ライザに勧められ椅子についた。
ラスティは、僕のフードから出ると彼らに挨拶する。
その光景に、ライザとその息子は笑みを溢れさせた。
ラスティは、最後にぺこりと頭を下げ、そそくさと師匠のフードに入る。
その光景は、人形劇か幼児のお遊戯会の様だった。
ライザから嫌な視線が飛ぶも、僕はきっぱり断る。
そうこうしていると、使用人たちは料理を運んできた。
時間は昼餉時、一通り机に出揃うとライザは僕たちに食事を勧める。
僕達は食事の後、今までの旅を質問された。
小さいライザは、年相応に目を煌めかせ話に集中する。
彼が好んだ話は、スキュレイアでの話だ。
ルーファスは、情勢について質問が多かった。
その姿は、剣士では無く立派な領主そのモノだ。
彼は、ファウダと、隣接する旧ラガッシュ領の事が気になるようだった。
僕とルーファスが話す中、女性陣は焼き菓子を食べながら雑談。
専ら、術式や魔導についてだった。
ティーポットの中身が無くなると、ライザは給仕を呼び、追加を頼む。
一区切りつきルーファスは立ち上がり、僕を庭へ誘った。
「領主やってっと、書類仕事が多くてな。」
「体なまっちまうんだよ。」
「6年前みてぇに、組み打ってみねぇか?」
僕は、彼の希望に応えて後に続く。
その話を耳にした女性陣は、興味を擁き紅茶片手に行列をなす。
その光景に、執事長は頭を抱え、ライザをまた諫めた。




