9.終息する魔窟暴走
僕達は階層同士をつなぐ階段を上っている。
階段には魔物は出ない。
しかし僕はだたならぬ視線を感じた。
想像はしていたが、やはりだ。絶対に後ろは振り返れない。確実に襲われる。
嫌な空気は階段を抜け広がる空間で無くなった。
嫌な空気は変わらないが張り詰めている。
そして遠くから爆発音と剣戟の甲高い音が響き渡っていた。
感じられる魔力は5つ。1つは背中の石と似た感じがする。
僕達は走る。
その僕を越えていく女性は、僕を救い上げるように抱え速度を上げた。
「ルシアちゃん、少し急ぐよ。」
その表情には、もう嫌悪する要素は一切なく騎士然としたものだ。
僕は彼女にしがみつき、揺れに体を任せた。
魔力の主を視界にとらえる頃、僕は彼女の横に降ろされた。
目の前ではルーファスたちが見たことのない人の様な存在と戦っている。
その姿はオーガの様な肉体に、黒豹の顔に捻じれた角を2本つけた頭をしていた。
吟遊詩人の御伽噺や英雄の冒険譚に登場するデーモンだろうか。
鋭い爪がルーファスを襲い、盾に深い傷跡を残す。
左右から剣と槍が襲うも、体ごと捻り振り回す腕が剣士たちを散らした。
「ファラルド様、加勢します!」
フィオレーゼが若い隊長に声を飛ばし、その戦いに参加する。
彼女は走りながら術式を完成させ、デーモンの足とその地面を凍らせた。
身動きが取れないデーモンにライザは、氷を覆うように岩で腰付近まで拘束する。
デーモンは魔力の上昇と共に地面を這うように雄たけびを上げた。
大気は震え、デーモンの近くにいた者はその場から吹き飛ばされ洞壁に叩きつけらる。
デーモンの片腕は大釜のように変化し自らを傷つけた。
拘束は解かれ、脚からは青黒い血を垂らしながらルーファスの下へゆっくりと迫る。
脚の傷は徐々に塞がり、その足取りも重い物へと変化した。
デーモンの背後から槍の一閃が背中を襲い。
脇腹を吹き飛ばすが、デーモンの視線は正面を見据える。
ルーファスは盾を構え、鎌の一閃に備え力を抜く。
その瞬間、デーモンの残る腕がルーファスの首を掴みそのまま持ち上げた。
そして、ファラルドに向け投げ飛ばす。
巨体のルーファスが宙を舞い、激しい金属のぶつかる音が洞窟内に響き渡る。
デーモンとルーファスの間にミランダが割って入るが、予測したように鎌の斬撃がそれを襲った。
ミランダは盾で斬撃を防ぐも、盾ごと切り伏せられ、肩と腕に大きな傷を残した。
ミランダの後方で急激な魔力の上昇が起こる。
「ミランダ、避けて!」
ライザはデーモンめがけ高温の熱閃を放つ。
デーモンは手の平を向け障壁を張るが、ソレを腕ごと消滅させた。
僕は、ファルネーゼの横をすり抜け、デーモンの背中に剣を突き立てる。
そして魔力を送る。
デーモンは動きを止めたが、一瞬でほとんど持っていかれた。
ファラルドとファルネーゼは連携して、脱力するデーモンの鎌腕を肩ごと断つ。
僕は背かなから刺さった剣を背負うように抜き切り、デーモンに向きかえる。
そして頭を垂れたデーモンの首に刃を立てた。
デーモンの首は刃に抵抗することは無かったが、僕の腕ではそれを断つことはできないと感じた。
その瞬間、後方で魔力が高まったかと思うと、剣が白熱し重量が増す。
そして刃は、デーモンの首と体を分断した。
次第にデーモンの魔力は小さくなり、最後には消滅しその生命を停止させる。
前兵はボロボロだが全員無事だった。後衛は被害もなかった。
階層を探知しても魔物の魔力は近くにはない。
僕はホッとしたが、その瞬間、頭に激痛が走った。
ものすごい殺気だ。
僕は新手の魔物かと振り返る。
「何してるのアンタは!・・・心配させないで。」
ライザの襲撃だった。彼女の瞳には涙が浮かぶ。
彼女は僕を抱擁した。
ファルネーゼのそれとは比べるまでも無く、温かくて優しい物だった。
ファルネーゼはファラルドに赤い魔鉱石の事を伝えている。
僕はライザとミランダの傷の手当てをした。
その間、残りの3人は相談をしてる。
相談はまとまり、上層へむかうことになった。魔窟暴走の原因は断ったのだ。
階層を上がるごとに取り巻きは増えていく。
何故か嫌な視線も増える。声をかけてくる奴も出る始末だ。
ダンジョンの外には領兵や奴隷兵と共い領主が待っていた。
真剣な面持ちで領主とファラルドは話をしている。領主の顔は暗い。
ダンジョンから出て2日経った。
あれから魔物が溢れてくる兆候は無かった。魔窟暴走は終息したのだ。
街は見たことのない商人や職人たちが入り、少しずつ興に向かい進み始めていた。
街の変化と共に、住民の顔色も明るいモノへと変わっていく。
僕達はダンジョンでの作業がない為、街の復興を手伝っていた。
そんな時、領主の侍女頭達が僕たちのもとを訪れた。
領主がふさぎ込んでしまっているという。
僕は興味なく復興作業を続けていると、両手を握られ訴えるようにお願いされた。
「ルシア、どうか我が領主を、リカルド様をお救い下さい。」
領主はリカルドというらしい。
僕は死んだ魚のような目で視線を向けると、執事たちも侍女頭に続く
「リカルドさまは、ご隠居様と問題がありそれで国とも・・・」
何か深い問題があるのだろうか。ライザを見ると頭を傾げる。
ミランダは僕の視線に優しく答えた。
「困ってる人がいるなら、聞くだけ聞いてみれば?」
「あたしたち奴隷だし拒否権はないんじゃないかな。」
確かにそうだ。僕は奴隷だから聞くしかない、しかし何故奴隷にここまでするのだろう。
僕は侍女頭たちの願いを了承し4人で領主の館を訪れた。
領主の館ではルーファスと別れ、僕たち3人は別の部屋に移された。
時間がたち、領主の執務室の前でルーファスと合流する。
「似合うもんだな。」
似た記憶を想い出す。そして、ファルネーゼが居なくてよかった思う。
なぜだろう、僕はメイド服を着ていた。




