第五話「ラストハンバーグ」
ロバートが豪華絢爛なシチューハンバーグを完成させると、審査員たちはその美しさに息をのんだ。技術的な完成度の高さと、味の素晴らしさ口々に絶賛し、「このシチューハンバーグ、まさに芸術だ」「技術的にも味わいも素晴らしい」と賞賛の言葉を連ねた。
その一方で、ロバートは審査員たちの絶賛を受けて、自信満々に勝ち誇った笑みを浮かべていた。彼はその笑みでエリザベートを挑発し、自分の勝利を確信しているかのような態度を示した。
しかし、エリザベートはロバートの挑発に一切動じなかった。彼女はじっとオーブンの前に立ち、自分の料理が完成するのを静かに待っていた。
適切なタイミングでオーブンから料理を取り出し、丁寧に盛り付けを整えて審査員の前に出した。それはパイの包み焼きで、見た目はロバートのシチューハンバーグとは全く違う、地味な印象だった。
ロバートはエリザベートの料理を見て、「料理は地味だな」と大きな声で煽った。しかし、エリザベートは彼の言葉に一切動じず、自分の料理に自信を持っている様子だった。
エリザベートの地味なパイ包み焼きを見て、審査員たちは食べることなくロバートの勝利を宣言し始めた。
「華やかさが必要だ」
「ロバートの勝利だね」
その時、ハンバーグ師匠がステージに現れ、審査員たちを一喝した。
「まだ食べもしないで勝者を決めるなんて、美食家気取りだな。料理は見た目だけではない」
ハンバーグ師匠の言葉に、審査員たちはしぶしぶエリザベートの料理にスプーンを入れた。
パイを割ると、芳醇な肉汁の香りが会場いっぱいに広がった。その香りは、審査員たちの舌をくすぐり、一瞬で彼らの表情を変えた。
「これは...ハンバーーーーーグ!!!」
審査員カイバラが声をあげた。パイの中から現れたのは、ただの肉汁だけではなく、細かく挽かれた肉と野菜、そしてスパイスが奏でるハーモニー、それがハンバーグだった。
パイのクリスピーな皮が割れると、まず目に飛び込んでくるのは色とりどりの具材たち。美しく焼き上がったハンバーグ、鮮やかな緑のピーマン、深い赤のトマト、そしてそれを包む金色のパイ生地。それはまるで芸術作品のような美しさで、一瞬で会場を静まり返らせた。
そして、その見た目以上に、香りが会場を包み込み。パイが焼ける香ばしい香り、ハンバーグから立ち上る肉汁の甘い香り、そしてスパイスが引き立てる複雑な香りが混ざり合い、それはまるで五感を刺激するシンフォニーのようだった。
エリザベートのパイ包み焼きハンバーグは、一見地味な外見からは想像もつかないほどの美しさと芳醇な香りを放っていた。その料理は、まるで人の魅力が内面にあると言いたげな、エリザベートの深い思いが詰まった一品だった。
審査員たちは口々にエリザベートのパイ包み焼きハンバーグを絶賛した。
「これは驚きだ。見た目が地味なだけに、中身の美味しさが際立っている。素晴らしい!」
「パイのサクッとした食感と、中のハンバーグのジューシーさが絶妙にマッチしている。これは新しいハンバーグの形だ」
「味、香り、食感、全てが一体となって口の中で広がる。これほどまでに調和の取れた料理はなかなか出会えない」
「エリザベート、君の料理は見た目が地味だったが、その中には予想を超える美味しさが詰まっていた。真に素晴らしい」
審査員たちが口々にエリザベートのパイ包み焼きハンバーグを絶賛している中、ロバートは怒りを露わにした。
「ふざけるな!」
しかしその時、ハンバーグ師匠がおもむろにエリザベートの料理をロバートに差し出した。
「おいロバート、君も口にしてみな」
ロバートはしぶしぶエリザベートの料理を受け取り、口に運んだ。
その瞬間、彼の顔色が一変した。パイの中から広がるハンバーグの肉汁と香り、それを包み込んでいるパイの複雑な香りに彼はただ驚き、その美味しさに絶句した。彼の顔に浮かんだ驚きの表情は、エリザベートの料理が確かに素晴らしいものであることを、言葉一つ無くとも伝えていた。
「今回の勝者は...エリザベートです!」
会場は一瞬の静寂の後、大きな拍手と歓声で包まれた。
その中、ロバートは開き直り、エリザベートに向かって言った。
「エリザベート、婚約破棄を撤回し、もう一度やり直そう」
彼の言葉は、エリザベートの勝利を認め、彼女の料理の素晴らしさを讃えるものだった。
しかし、エリザベートはゴミを見るような目でロバートを見つめ、冷たく言った。
「あなたのような人とは二度と関わりたくないわ」
そして、彼女は微笑みながら続けた。
「それに、新しい婚約者も見つかったことだし」その言葉は、ロバートへの最後の一撃となった。
ロバートは崩れ落ち、その場に立ち尽くした。一方、ハンバーグ師匠は何も言わず、ひっそりと会場を後にしようとしていた。しかし、そのときエリザベートが彼の名前を叫んだ。
「ハンバーグ!!」
エリザベートの声がハンバーグ師匠の背中に届かず、師匠はそのまま会場を後にしようとしていた。
「そんなんじゃ、聞こえねえぞ」
ロバートが審査員席からヴィブラスラップを取り、エリザベートに投げ渡した。
エリザベートはヴィブラスラップを受け取ると、深呼吸をして力強く振った。金属の歯が木の棒をこすり、特徴的な音が会場に響き渡った。
カアアアアアアアアアン
「ハンバーーーーーーーーグ!」
ハンバーグ師匠は足を止め、ゆっくりと振り返った。会場全体が息を潜め、二人の視線が交わる瞬間を見守っていた。
エリザベートは緊張した面持ちながらも、凛とした態度で師匠に向かって歩み寄りった。彼女の目には決意の光が宿っていた。会場の空気が張り詰める中、エリザベートは師匠の前に立ち、清々しい声で宣言しました。
「ダニエル・ハンバーグ、私...あなたと婚約したいです」
その言葉に、会場がどよめきました。ハンバーグ師匠の目が大きく見開かれ、普段の冷静さを失った表情が浮かんだ。エリザベートは続けた。
「あなたこそが、私の人生のパートナーにふさわしい方だと気づきました。料理への情熱、そして人としての深さ...私はあなたと共に歩んでいきたいのです」
ハンバーグ師匠は一瞬の躊躇の後、柔らかな笑みを浮かべた。彼の目には、喜びと感動の涙が光っていた。
「エリザベート...君の気持ち、しっかりと受け止めよう」
二人が抱擁を交わす様子に、会場は歓声と拍手に包まれた。ロバートでさえ、複雑な表情を浮かべながらも、二人のために拍手を送っていた。
~完~