迷子はどこに?
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──迷子はどこに?
私たちはレストラン『パスタ天国』でとても満足できた食事を終えた。シーフードがたっぷりと盛られ、スパイスの風味がピリピリするパスタはやはり絶品だ。
そして、再びウェスト・ビギンの街に繰り出した。
「ロッティ、先生。帰りに甘いものを食べていかない?」
私がふたりにそう提案した。
「それは食べすぎじゃないか?」
「そんなことないですよー。今日は朝から体を動かしましたし」
そうそう、模擬戦で一生懸命体を動かしたので、お腹が減っているのだ。ロッティもしつこく再戦を求めたせいで朝食の後からずっと戦っていたし。
「じゃあ、行くとするか。お前はどうする、ロッティ」
「同行します」
ロッティもちゃんと来てくれるって。
「じゃあ、出発──」
と、そこで私はあるものを見つけた。
通りで不安そうに周囲を見渡している男の子だ。まだ小学生くらいだろうか? 何かを探すように周囲に視線を向けては、見つからないのかため息を吐いている。
「ちょっと待ってて、ロッティ、先生」
私はその少年の方に駆け寄った。
「やあ。何か探し物?」
「あ。はい。その、犬を散歩させていたんですが、人混みに巻き込まれたときにリードが解けて、そのまま逃げてしまったんです。いろいろと捜し歩いたのですが、もうここがどこかも分からなくて……」
「そうか。よし、私が探すのを手伝おう!」
「本当ですか? ありがとうございます!」
私の言葉に、少年はペコリと礼をした。
「どこから探すかだね。いつもの散歩ルートは?」
「ウェスト・ビギンの住宅街をゆっくりと一周する程度で。こんな繁華街には出てこないのですが、住宅街の周りにいはいなくて……」
「ふむふむ」
ここら辺は本当に迷子になりやすい。前に説明したように目印になるランドマークは少ないし、同じような建物がずっと並んでいる。
多分、そのせいでこの子自身も自分がいる位置が分からなくなり、どんどん飼い犬と距離が離れてしまったとみる。
となれば、探すべきは、だ。
「もう一度住宅街を見て回ろう。犬には帰巣本能というものがあるから、先に戻ってるかもしれないよ」
「はい。でも、どう行けば戻れるのか分からなくなってしまって」
「私に任せて。この辺りは詳しいから」
おっと。ロッティと先生に断っておかないと。
「ロッティ、先生。私はこの子と犬を探しに行くから、先に戻っていて! 甘いものは次の機会に食べに行こう!」
「そうか。分かった。気を付けろよ」
リーヴァイ先生はそういって承諾してくれた。
「私は一緒に行きます」
「え。ロッティが?」
ロッティはこういうオーウェル機関の任務に関係ない話に付き合うのは嫌だとばかり思っていたけれど、気が変わったのかな?
「ええ。あなたをひとりにはできません。どんな危険があるのか分からないのですから。我々に報復を望むものも世の中にはいます」
「うーん。確かに最近まさに恨みを買ったことがあるけれど」
ラッセル伯の件で圧力をかけてきた政治家云々の話は聞いている。そのせいで私は休暇を取ることになったのだ。
「じゃあ、一緒に探すとしようか。こっちだよ!」
私たちはまずは少年が散歩をしていた住宅街に向けて進む。
繁華街を抜け出して、静かな住宅街に入った。人口密度は減ったはずなのだが、それでも今日は人が多い。休日だからだろうか?
「この付近で間違いない?」
「はい! ここです。この付近で人混みに巻き込まれて……」
「なら、いつもの散歩コースを辿ってみようか」
私たちは少年と一緒に犬の散歩コースを辿っていく。
「ところで、問題の犬は大型犬かな?」
「中ぐらいの雑種の犬です。子犬のときに拾ってきてからずっと飼ってるんですよ」
「ほうほう。犬はいいよね。私はネコも好きだけど、犬は犬の良さがあるよ」
「ええ。芸も覚えたりしてですね。凄く懐いてる可愛いやつなんです。いつもなら逃げ出すことなんてなかったんですが……」
「今日はちょっと興奮しちゃったのかもね」
前世飼っていたのはネコで犬は飼ったことはない。ただ、養成機関では犬を相手にした訓練とかもあったけどさ。あれは嫌だったなあ……。
そんなことを考えながら、私たちは少年と犬の散歩コースをぐるりと回ってみた。しかし、問題の少年の犬はどうやらここには戻っていないようだ。それらしき犬は見つけられなかった。
「ロッティ! そっちにはいた?」
「ネコならいますが、犬はいません」
ロッティも路地裏に入ったり、ゴミ箱を覗いたりして少年の犬を探すものの、その姿は見えないようだった。
「いないね。ここには戻っていないのかな?」
「もしかしたら、野犬狩りにあって今頃……」
「そんなに悲観しちゃ駄目だよ。次に探す場所には心当たりがあるから」
「そうなのですか?」
少年と犬の散歩コースを回って気づいたことがある。
それは臭いだ。と言っても、別に私の鼻が犬のようにいいというわけではない。人間でも気づく範囲で臭いがするのである。
これは動物の脂の臭いだった。
「ふむ。こっちかも」
「え?」
私はその臭いを追って進み、再び住宅街から繁華街に場所を移動する。私は臭いのする方向に何があるのかを確かめながら、少年とロッティとともにずいずいと人混みの中を進んで行った。
「あれは違う?」
「あ! 僕の犬です!」
少年の犬が見つかったのは、繁華街にあるレストランの裏。そこでレストランの給仕だろう女性が首輪をつけた犬にあまりものと思しき肉を与えていた。
「あら? 飼い主の人?」
その人が私たちの方を見て、そう尋ねてくる
「はい。すみません。散歩の途中で逃げてしまって……。ボブ! 僕だよ!」
「ワン、ワンワン!」
少年が犬に近づくと犬は食事を止めて少年に飛び掛かった。そのまま犬は少年の顔を舐めまわして、少年との再会を喜んでいた。
「なんだかお腹を空かせていたみたいだから、あまりもののお肉を与えていたけれど、飼い主さんが来てくれてよかったわ。最近は野犬狩りがうるさいから」
「きっと飼い主とはぐれてしまって落ち込んでいたんでしょうね」
給仕のお姉さんがそう言い、私も頷いて見せた。
「本当にご迷惑をおかけしました! でも、これで安心して家に帰れます!」
「うんうん。よかったよ。これからはしっかりリードを放さないようにね」
「はい。あ、よければうちの店に来てください。うちは両親がパン屋である『チャップマンズ・ベーカリー』って店をやっていて、僕も手伝っているんです。来てくださったらごちそうしますよ」
「本当? じゃあ、明日にでも伺うよ! よろしくね!」
私は少年から店のチラシを受け取った。
「それでは!」
「またね!」
そして少年は何度も頭を下げて立ち去った。
「いやあ。いいことをすると気分がいいね」
「犬を見つけることがいいことですか?」
「もちろん。いいことだよ。悪いことではないでしょ?」
「はあ。私にはまだ分かりません」
ロッティはそういって深くため息を吐いた。
「さて、明日はあの少年の店に行ってみよう。パン屋の焼きたてのパンって、とっても美味しいからね」
「そうですね。けど、こんなに遊び惚けていていいのでしょうか?」
「休暇なんだからしょうがないじゃん」
そ。今は休暇なのだから好きなことをして過ごしていいのだ。それについては文句を言われる道理はないのである。
「それにしても、あの犬は可愛かったね」
「ええ。私はネコの方が好きですが」
「おお? ロッティも猫が好き?」
「ネコは犬みたいに吠えませんから」
「そっかー」
私とロッティはそんなことを話しながら何でも屋『黒猫』へと戻る。
「ネコ、飼っちゃおうか?」
「誰が面倒みるんです?」
「交代で!」
「いやです」
ネコを飼うという私の野望は打ち砕かれた。
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