それぞれの食事事情
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──それぞれの食事事情
「ロッティは陸軍式で、ルーシィは海兵式だが、違いは分かったか?」
「ロッティは動きが大きいね。陸軍の格闘戦は平野の広い場所を想定しているからだろうけど、海兵は逆に狭い船内での戦闘を想定しているからかな」
「正解だ、ルーシィ。陸軍と海兵では想定している戦場が違う」
海兵隊は臨検の際の船での戦闘や上陸作戦を想定し、兵士たちを訓練している。つまりは閉所での戦闘が行えるように、小さな動きで最大の効果が出るような戦い方を教えているわけさ。
対する陸軍は野戦を想定しており、広場での戦いに備えている。だから、体をできるだけ大きく、最大に動かして戦うことを兵士たちに訓練しているんだろう。
そのような戦い方の違いが私とロッティの戦い方の違いに現れていた。
「戦い方の違いだけではないと思います。純粋に私は力不足でした」
そこでロッティが残念そうにそう言った。
「まあ、私は先輩だからね。それなりに実力はあるよ」
「ええ。流石です。アレックス機関長が褒めていただけはあります」
ロッティはそう言ってふうと大きく息を吐いた。
「続けて2戦目をお願いします」
「え。まだやるの……?」
「当然です。まだお互いのことを完全には理解できていませんから」
「ふへえ……」
これは長丁場になりそうだと私は観念した。
それからロッティと模擬戦を連戦である。5試合までやって、お互いに疲れたところで終わりとなった。朝食の後からお昼ちょっとすぎまでの時間を使ってしまった。
「勝てませんでした……」
ちなみに私が全勝。イエイッ。
「何か特別な訓練をしているのですか? それとも純粋に刻印の力の差でしょうか?」
「ロッティ。それは俺が教えてやろう」
ロッティの疑問にリーヴァイ先生が答える。
「じゃんけんはしってるな? じゃんけんはフェアなゲームだと思うか?」
「じゃんけんに後出し以外のズルなどはないように思えますが……」
「それがあるんだ。グー、チョキ、パーを出す時の手の動きをよく見てみろ。それぞれに違いがある。筋肉の動きの違いだ」
リーヴァイ先生はそう言ってグー、チョキ、パーと手を広げたり、閉じたりする。
「ルーシィはこの手の動きを見て相手の動きを先読みし、それに応じた行動を取っている。だから、お前の動きは全て読まれていたんだ、ロッティ」
「まさか。そんな動きができるはずが……」
「ルーシィと戦った後でもそう思えるか?」
「……いいえ」
難しいことじゃない。観測と分析。それを正確にこなせば答えは見える。数秒先のことを予想することに、別に量子コンピュータは必要ないのだ。
「ルーシィと相棒を組んで、あいつの動きを覚えるといい。そうやっているうちにお前も鍛えられるだろう」
「はい、リーヴァイ教官──リーヴァイ先生」
ロッティはそう納得したようだった。
「仕掛けが分かったところで、もう1戦お願いします」
「ええーっ! 流石にもうやだよー!」
これ以上は断固拒否だ。
「お昼にしよう、お昼に。模擬戦だったら明日も付き合ってあげるからさ」
「ふうむ。分かりました。では、また明日に」
ふう。ロッティが割と聞き分けがよくて助かった。
「じゃあ、お昼にしよう。お昼はパスタがいいなあ」
「オーケー。じゃあ、食いに行くか」
「了解!」
私たちの外食率は意外と高い。というのも、私もリーヴァイ先生もあまり料理は得意じゃないのだ。私は日本人のときにはコンビニ弁当ばっかりだったし……。
「ロッティは料理とかできる?」
「その手の訓練は受けていません」
「それは養成機関では教えてくれないよ。養成機関から出て数年は経つでしょ?」
「養成機関を出たのは5か月前です」
「その間、食事は?」
「パンとミルク、それから干し肉を」
「……何かの修行中だったりする?」
「いいえ。支給された糧食を食べていただけです」
「ええ……」
私が思わずリーヴァイ先生の方を向くと、リーヴァイ先生は肩をすくめていた。どうやらオーウェル機関から支給される食べ物としては間違っていないらしい。
私は早期にリーヴァイ先生と何でも屋『黒猫』を立てて、そこで生活してたから知らなかったけど、養成機関を出たオーウェル機関の人間が、そんな戦時中の軍隊みたいな食事をしているとは。
「分かった。じゃあ、今日は飛び切り美味しいものを食べよう!」
「別に気を使わなくてもいいですよ。気にしていませんから」
「そう言わないの。奢ってもらえる時は喜んで奢ってもらうのが礼儀だから」
私はロッティにそう言って地下の備品室を出る。
「パスタが美味しいお店を知ってるから、そこでランチだよ」
「いつもの店だな?」
「そ。行こう、先生、ロッティ」
私たちが暮らすウェスト・ビギンの地区傍には、いくつもの飲食店が位置している。あまり高級店は見かけないが、質は決して悪くない。美味しいお店はいくつも存在しているのだ。
ウェスト・ビギンは低所得者と中流階級の中間ぐらいの人間たちが暮らす場所で、治安が特別悪いわけでもいいわけでもない。ただ、物価はそこまで高くなく、経済的に暮らしやすい場所ではある。
「こっちだよ、ロッティ。しっかりついて来てね。このウェスト・ビギンは迷子になりやすいから」
「迷子になんてなりませんよ」
私の言葉にロッティが僅かに憤慨する。
しかし、本当にここは迷子になりやすいのだ。目立ったランドマークも少なく、人口密度は高い。それでいて建物も個性が少ないので、どこもここも似たような場所に見えて、現在地を失いがちだ。
そんなことを思いながら暫く歩くとようやく目的の場所が見えてきた。
「ここだよ。レストラン『パスタ天国』!」
「パスタ……天国……?」
うん。この世界基準でもかなりどうかと思う名前ではある。
「ここのシーフードのパスタはどれも美味しいんだよ。さあさあ!」
私はロッティの手を引いて、リーヴァイ先生に続いて店の中に入った。
「いらっしゃいませ! ああ、『黒猫』の!」
「ども! 3名でいいですか?」
「ええ。こちらへどうぞ」
出迎えてくれた給仕は顔見知りの人で、私たちを歓迎してくれた。
店内は清潔感と落ち着きある雰囲気で、家族連れなどが多い。というか、正直帝国ではひとりでご飯を食べるという文化が希薄だ。一定のお店で基本的に家族かパートナーを連れていくことが求められている。
「これからはロッティがいるからあちこち食べに行けるね」
「はあ」
私もこれまで相棒がいなくて、リーヴァイ先生しかいなかったから、諦めたお店がいくつもある。これからはロッティを連れて、そういうお店に再チャレンジするつもりだ。
「事前に聞いておくけど、ロッティは苦手な食べ物はある?」
「いえ。ありません」
「オーケー。いい子だね」
私たちはテーブルに着き、メニュー表を広げる。リーヴァイ先生が引率で、ロッティとこうしているとファミレスみたいな感じだ。
「私はスパイシーなシーフードパスタにしよう」
「私はこのチーズとスパイスのやつを」
「あれ? そういう系が好きだったの、ロッティ?」
「一番安いのがこれなので」
あれま。遠慮しなくていいのに。
「好きなものを選べ。軍隊でもなるべく美味い食い物を出す努力はする。それが士気の向上に繋がるからな。それに別に質素倹約しなければいけないほど、懐事情が乏しいわけでもない」
「申し訳ありません。了解です、先生。では、この……野菜が多いものを」
「分かった。ルーシィ、給仕を呼んでくれ」
注文するものが決まったところで給仕の人を呼ぶ。
「ご注文、承りました。しばらくお待ちください」
そして注文した料理が届くまで待機である。
「ルーシィさん。リーヴァイ先生とはもうずっと一緒に仕事をされているのですか?」
「うん。まあね。いろいろと事情があって、私が養成機関を出たときに先生も教官職を引退して養成機関を去ったから。それ以降はずっと一緒に仕事をしているよ」
「なるほど」
リーヴァイ先生は養成機関では伝説的な教官だったが、私が養成機関を出る際に一緒に出ている。
「ねえ。私からも質問にいいかい? ロッティがいたころの養成機関の雰囲気はどうだった?」
「別段、変わったことはありません。養成機関は養成機関です。我々は育てられ、帝国を守るために鍛えられた。それだけですよ」
「うーん。そっかー」
いろいろと聞きたいことはあったけど、今は無理そうだ。
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