模擬戦
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──模擬戦
今日も元気だ。ごはんが美味しい。
今日の朝食はガーリックトーストとスクランブルエッグ、そしてかぼちゃのスープ。もちろん、朝からかかせないのは熱いブラックのコーヒーだ。
帝国は食文化においてあちこちから影響を受けてきた。
そのため地球においてどのような国のそれに該当するとは言いにくい。アメリカやイギリス風の朝食もあれば、イタリアのようなパスタ料理をランチにし、夕食はスペイン風の米料理だったりする。
「ごちそうさまです」
「もう食べないの、ロッティ? パン、まだあるよ?」
「いえ。そんなには」
今日から何でも屋『黒猫』で一緒に食卓を囲むのはロッティだ。
「コーヒーのお替りはどうする?」
「お願い、先生。今度は砂糖入りで!」
「分かった。ほら、どうぞ」
リーヴァイ先生が淹れてくれるコーヒーは美味しい。コーヒーの風味がしっかりとしていて、眠気覚まし以上の価値がある。何かコツがあるんだろうか?
「ロッティ。お前はコーヒーはもういいか?」
「すみません。もう一杯お願いします」
ロッティもとりあえず先生のコーヒーは気に入ってくれたらしい。
「あの、そろそろお互いのことを正確に把握しておきませんか?」
「ん? 自己紹介しようってこと?」
「いえ。刻印や得意とする戦闘スタイルについてです。それを把握しておかないと、いざという場合に長所が活かせず、混乱すると思うのです」
「ああ。なるほど、なるほど。じゃあ、私から説明するね」
私はそう言って右手を前に出す。
「私の刻印は武装。ありとあらゆる武器を召喚する能力だよ。私が知っている武器で、それが実在するならば、何だって呼び出せるのさ」
「それは……とても強力な刻印のように思えます」
ロッティがそう評価したのも分かる。
基本的に刻印はセキュリティに探知されない。だから、私の刻印を使えばセキュリティに守られた場所にも、どんな武器だって持ち込めるというわけだ。暗殺者にとってはまさにとっておきの刻印だ。
だが、私はこの刻印の更なる価値を知っている。
それはこの世界の武器でなくとも、それが地球のものであっても、私が知っているならば、それを呼び出せるということ。
私が使っているコルト・ガバメントは地球の武器であり、この世界の武器ではない。だけど、私は武装の刻印でそれを呼び出すことができる。
もちろん、コルト・ガバメント以外にも呼び出せるぞ。
「この前使っていた武器も刻印によるものですか?」
「そ。私のお気に入りの武器だよ」
日本で大学生をやっていたころの私ならば、あんな45口径の大口径拳銃は扱えなかっただろう。しかし、ルーシィとしての私は鍛えられている。あの程度の拳銃を扱うなんて朝飯前だ。
「ちなみに何という武器なのですか?」
「コルト・ガバメント。45口径の自動拳銃だよ。とある国では長年、国民的な武器で、軍の将兵にも愛されていた優秀な武器でね。流石に最近になっては旧式化した感は否めないけれど」
私がどうして自動拳銃やらを知っていたかと言えば、大学生時代にFPSにのめり込んでいたからだ。ゲームに存在する武器について調べたりもしたが、基本的に私の銃火器に関する知識はゲームのそれ。
それでも私が知っているということが必要であり、たとえゲームの知識であろうとも、そういう武器が実在すると把握していれば、ノープロブレム。
「あなたの刻印はこれまでオーウェル機関に仕えた人間の中でトップに位置するほどの刻印だとアレックス機関長が言っていました。確かにそうなのでしょうね」
「へへっ! 照れちゃうな」
ロッティがしげしげとコルト・ガバメントを見つめるのに私はそう返した。
「ロッティの刻印は?」
「私の刻印は切断です。このようにあらゆるものを引き裂く刀を召喚し、その力を行使します。近接戦闘は任せてください」
ロッティがそう言うと以前見た日本刀に似た刃がぬらりと現れる。
「オーケー。把握したよ。ロッティの刻印もかなり強力じゃない?」
「いえ。刀を振るわなければ切断はできないため、どうしても敵に読まれます。訓練された敵を相手にした場合、かなり近接しなければ攻撃は当たらないでしょう」
「そっか。そこは私が援護するよ。任せて」
世の中には完全無欠の兵器なんてものは存在しないし、刻印についても同様だ。全ての人とモノは欠点を補いあわなければならない。
「ロッティ。今、養成機関で近接戦闘を教えているのは、ハスラーか? ロニー・ハスラーだ。陸軍上がりで首にオオカミの入れ墨を入れている」
「ええ。ハスラー教官に近接戦闘は教わりました、リーヴァイ教官」
「教官はやめてくれ。引退したんだ。しかし、ハスラーが教えたとなるとやり方は陸軍式だな。俺は海兵式で教えていたから、ルーシィとは齟齬があるかもしれん。一度、一緒に模擬戦をやるなりしておいた方がいいかもな」
リーヴァイ先生はそう言ってコーヒーを啜り、新聞をめくる。
「分かりました。この後すぐに模擬戦をしましょう」
「ええーっ。やだよー。今日はゆっくりしたーい」
「何を言っているんですか。子供みたいな我がままを言わないでください」
「私は子供でーす」
「ふざけたことを言わないでください。後で模擬戦ですよ」
駄々をこねて逃げようとしたが、あいにくロッティはそこまで甘くなかった。
「仕事熱心な相棒が出来てよかったな」
「もー。先生まで、そんなこと言って。そもそも私、休暇中なんですけど」
リーヴァイ先生は小さく笑い、私は肩をすくめたのだった。
「食器は片づけておきます。逃げないでくださいよ?」
「逃げないよ。正々堂々お相手しましょう」
私たちは食事を終えて、食器などを片付けると私たちは備品室になっている地下に降りた。実はこの備品室は訓練施設にもなるのだ。
まあ、養成機関にあるような立派なものじゃないけど、一応は防音などの面からも適した作りになっている。
「では、模擬戦だ。お互いに怪我をしないようにな」
リーヴァイ先生は治癒魔術が使えるので、怪我をしても治してくれるだろうが、そもそも怪我をしないにこしたことはない。
「オーケー。ロッティも勢い余って殺しに来ないでよ」
「ええ。軽く当たる感じでいきます」
私の非殺傷ゴム弾でも当たり所が悪ければ大けがになる。まして、ロッティの刀は峰打ちとかできない代物だ。
お互いに緊張感を持って、真剣にこの場に取り組むのがベスト。
「構え」
リーヴァイ先生が告げると、私とロッティがそれぞれ刻印を発動させて、コルト・ガバメントと刀を握る。
「始め!」
そして、一斉に私たちは動いた。
まずはロッティのお手並み拝見といこう。
「行きます」
ロッティは大きく踏み込んできた。既にロッティは私の戦い方を見ていて、私が遠距離戦闘に優れていることを知っている。だから、初手で一気に距離を詰めてきたのは、納得できる選択だ。
「慣れているね、ロッティ。だけども、まだまだだよ」
私は後方に斜めに下がりながらロッティの繰り出す斬撃を回避する。一太刀回避するごとにロッティが焦っていくのが分かった。
ロッティの攻撃を全て回避しつつ、私はロッティに向けてゴム弾を発射。
「やらせません!」
ロッティはゴム弾を迎え撃つ。放たれたゴム弾は切り落とされ、ロッティはその勢いでさらに踏み込んできた。この距離になるとコルト・ガバメントで戦う私より、刀で戦うロッティの方が圧倒的に有利だ。
だが、私が拳銃しか使わないという縛りはない。
「武装」
「なっ……!」
ここで私はコルト・ガバメントを消して、山刀を召喚。
驚くロッティの刃をマチェットの刃ではじくように退け、彼女の懐に飛び込み、一気に押し倒す。
「そこまで」
リーヴァイ先生がそう言う時には私はマチェットをロッティの首筋に沿わせていた。しかし、血は一滴も流れていない。
「どうだい、ロッティ?」
「強い、ですね……」
私がにやりと笑って尋ねるのにロッティはどこまでも悔しそうな顔をしていた。
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