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私にできること

……………………


 ──私にできること



 ロバーツ夫人の家の前には、ちょうどマレット工務店の馬車が止まっていた。


 私たちはこっそりとその様子を見晴れる場所に陣取り、監視を始めた。


「ベン・ウィルソンが犯人だと疑っているのですね。私も条件的には間違いないと思います。被害者宅の様子を怪しまれずに偵察することができ、どの被害者とも共通した人物ですから」


「そ。決まりだと思う。後は証拠を掴まないと、ね」


「証拠、ですか」


 私が言うのにロッティが眉を歪めた。


「ここまではっきりしているならば、これ以上の証拠は必要ないのでは? 身柄を押さえて警察軍に突き出せば、それで」


「警察軍は被害に遭った人たちに『犯人は逮捕されたからもう大丈夫』なんていちいち通達しないよ。彼らにとってはそんな必要はないからね。けど、それだと被害に遭った人たちは不安が残る」


「そうかもしれませんが……」


「乗り掛かった舟なんだから、最後まで頑張ろう」


 私はそう言ってロッティとロバーツ夫人の家を見張る。


 その間に髪をポニーテイルに変更。だって仕事の時間だからね。私は一度髪を梳くようにして伸ばし、ヘアゴムでくくる。慣れた作業だ。


「髪は短い方がいいですよ。長い髪は格闘戦では不利です」


「けど、私も女の子だし」


「女の子だからと言って敵は手加減してくれませんが……」


 ロッティは私のいうことに納得しているようではなかった。


「あんパンがほしいなあ。それから牛乳も」


「あんパンってなんですか?」


「中に餡子が入ったパンだよ。こういうときには定番なんだけど」


 やはり張り込みのときにはあんパンと牛乳だと思うんだよね。


 時間が経ち、やがて日が沈んだ。それでも私たちは張り込みを継続。


「……アレックス機関長からあなたはとても優秀な暗殺者だと聞かされていました。あなたに解決できない事件はないと。ただ、あなたはその能力に見合った選択をしていないとも言われました」


 不意にロッティがそう告げる。


「それが分かった気がします。あなたはあなたの才能を無駄にしている」


「そんなことはないさ。私は私にできることに全力だよ」


「これがそうだと?」


「うん。街を少しでも良くするために。ねえ、何でオーウェル機関が暗殺をしてまで『帝国を守る』と決めているのか、分かるかい?」


「それは帝国を守ることは国民を守ることだから……」


「今の私は国民を守っていないように見える? 彼らを危険にさらしている?」


「そういうわけでは……。確かにあなたは帝国と国民のために働ている、と思います。ですが、しかし、非効率ではあります。もっとやり方があるはずです!」


「しっ。静かに。相手が動いたよ」


 私の目線の先に暗闇の中で動く人物が見えた。


 先ほどロバーツ夫人は海軍の婦人会が開いた夜会のために出て行っており、戻ってくるには早すぎる。間違いなくあれは不審者だ。


「捕まえましょう」


「オーケー。援護して、ロッティ。ただし、絶対に相手を殺したら駄目」


「何故です? 相手は治安を乱す犯罪者であり、帝国の敵です」


「どうしてもだよ。下着泥棒ぐらいで死刑にはならないの」


 私はロバーツ夫人の家に向けて駆けだし、不審者を追う。不審者は既にロバーツ夫人の家に侵入していた。カギ穴を確認すると、こじ開けられている。


「失礼します!」


 私は謝ってから扉を蹴り破り、素早くロバーツ夫人の家に滑り込む。ロッティも私に続いて家の中に飛び込んだ。


「おわっ!?」


「動かないで! その手に持っているものを置きなさい!」


 目出し帽を被った男が私たちの突入に声を上げた。手には女性用の下着だ。フリルで飾られたパンツであり、男が思わずそれを落とす。


「クソ!」


「待て! 武装(アーマメント)!」


 私の右手の甲が光り、再び異界の武器である大口径拳銃(コルト・ガバメント)が右手に握られた。弾倉(マガジン)には非殺傷ゴム弾が装填されている。


「止まらないと撃つよ!」


「誰が止ま──」


 銃声が響き、不審者の右太ももにゴム弾が叩き込まれ、悲鳴が上がる。


「いてえっ! 畜生、畜生!」


「止まらないと撃つって言ったでしょ。さあ、現行犯逮捕だよ」


「ク、クソ……」


「おっと」


 そこで男がポケットから折り畳み式ナイフを抜いたのを確認。


「馬鹿なことはしないほうがいいけど」


 私は銃口を男に向けて告げる。しかし、男はナイフを捨てる様子はない。


切断(カッター)


 そこでロッティがそう唱えた瞬間、ロッティの手に日本刀に似た刀剣が握られていた。そして、彼女がその刃を振るうと男の握っていたナイフの刃が飛んだ。


 ロッティの右手には私と同じ、幾何学模様が輝いていた。


 刻印。


 それはこの世界における重要な資質だ。


 何を隠そう、この世界には魔術がある。私もいくつかの魔術を叩き込まれた。刻印はそんな魔術の中でも、けた外れの強力な魔術を行使するを使用するための条件である。


 刻印はそれは6歳~14歳の間に突然現れるのが普通。人によっては一生刻印が現れない人間もいるし、別にそれは恥ずかしいことじゃない。


 だが、養成機関(ファーム)では殺傷力が高い刻印を持っていることは、それだけで教官たちから期待され、評価されることであった。


 私の刻印もまたとても評価された。人殺しに役立つ、と。


「言われた通り、殺さないようにしましたが、これでいいですか?」


「もちろん! ばっちりだよ」


 ロッティもちゃんと理解してくれていたようで何よりだ。


「さて、あなたが一連の下着泥棒だね?」


「ち、違う。お、俺は無実だ!」


「ほうほう? なら、さっき握っていたパンツは何だったのかな? それにここに侵入していることもどう説明するの?」


「そ、それは水道工事にちょっと忘れていたところがあって、それを直そうと?」


「そのための道具は?」


「わ、忘れた……」


「はあ。その言い訳を警察軍を相手にするといいよ」


「ま、ま、待ってくれ! 警察軍に突き出すのはやめてくれ!」


「駄目です。ちゃんと罪を償ってきて」


 私はポケットから手錠を取り出し、手早く不審者ことベン・ウィルソンの手にかけた。もうベン・ウィルソンは抵抗する様子もなく、うなだれていた。


「じゃあ、最寄りの警察軍の詰め所に行こうか」


「はい……」


 観念したベン・ウィルソンを連れて私とロッティは警察軍の詰め所に向かった。帝都軍管区の警察軍は帝都のあちこちに交番に似た詰め所を置いている。


「失礼しまーす! 何でも屋『黒猫』のルーシィです! この度は下着泥棒をお届けに来ました!」


 大きく挨拶をして警察軍の将兵が集まっている詰め所に入る。


「ああ。ルーシィか。で、下着泥棒だって?」


「そうなんですよ、大尉。自白はしてますし、イースト・リバーサイドのロバーツ夫人の家に押し入った証拠もあるので、とっちめてくださいな」


「そういえば、そういう話を聞いてたっけな。助かるよ。お菓子はどうだい?」


「いただきます」


 顔見知りの警察軍の将校さんに私はベン・ウィルソンを引き渡す。


「そっちの子は新入りさんかね?」


「ええ。ロッティっていうんです。かわいいでしょ?」


 大尉が興味を示すのに私がにまーっと笑って答える。


「ロッティ君か。ルーシィにはお世話になっているよ。彼女は帝都をよりよくしてくれている。君も彼女をお手本にして仕事に励むといい」


「そうなったら俺たちはすることがなくなりますよ、大尉殿!」


「お前らはもっと真面目に働け! この税金泥棒ども!」


 大尉がいいこと言ったのに下っ端たちがそう茶化している。でも、こういう雰囲気は嫌いじゃないよ。


「大尉。よかったら街の人に経過を教えてあげてください。みんな不安そうにしていましたから。特にご婦人方は」


「ああ。分かった。そうしよう」


「ありがとうございます」


 これで一安心だね。依頼主のエマさんにも伝えておこう。


「ではー!」


 私たちは最後に警察軍の人たちに礼をすると、詰め所を出た。


「ね? 人の役に立つことをするってなかなか気分がいいものでしょ?」


「私にはいまいち必要性が理解できません。これぐらいの軽犯罪ならば最初から警察軍に任せてもよかったはずです」


「そうかー」


 どうやらロッティはまだ納得していないらしい。


「私たちは帝国を守るという目的のために、訓練され、オーウェル機関から免責特権を与えられています。それの特権に相応しい義務を果たすべきなのでは?」


「それは悪い人を殺す、ということ?」


「ええ。私は養成機関(ファーム)で叩き込まれました。『帝国の敵には慈悲も許しも必要ない』と。私たちはそれを遂行するために教育され、訓練され、これまで帝国によって養われてきたとも」


 養成機関(ファーム)の教え、か。


 私の代でリーヴァイ先生は教官職を引退したから、この子をこんな風に育てたのは養成機関(ファーム)によくいるタイプの人間だろう。私たちを消耗品の駒としか見ていない、性質の悪い軍人タイプ。数字で人の生き死にを考えるタイプ。


「誰かを殺せば、誰かが傷づく。そう思ったことはない?」


「何故ですか? 正義を成すんです。誰も傷ついたりはしません」


「あのベン・ウィルソンにも家族がいたかもしれない。彼が警察軍に連行されるのを嫌がったのは、家族に自分の秘密がばれることを恐れたからかもしれない」


 私はゆっくりとロッティに語る。


「彼の悪行を見抜けなかった彼の家族も同じ罪人だから、家族から彼を一方的に奪ってもいい。君がそう思えるような人間ならば、私と君は一緒にはやっていけないね」


「それは……」


「どう? 早いうちに決めた方がいい。リーヴァイ先生からアレックス機関長には伝えておいてあげるから。それに休職中の私のところにいても、君の目指す正義とやらはなせないしね」


 ロッティとこれでお別れになったら、少し悲しい。やっと同年代の子が同僚になってくれたって思ってたから。


「……分かりました。もう少しあなたの言う正義を見てみます。その上であなたが才能を本当に無駄にしていないのか、判断させてもらいます」


「本当? じゃあ、しばらく一緒に頑張ろう、ロッティ!」


 私はそう言ってロッティに抱き着いたのだった。


……………………

今日の更新はこれで終了です。


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