事件の後片付け
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──事件の後片付け
マクスウェル候はオーウェル機関のブラックサイトに連行され、そこで事件について自白を始めた。
それによればマクスウェル候は脅迫を受けてスパイ行為に手を染めてしまっていたフィルビー大佐やヴィリアーズ伯と違って、自らの意志でスパイ行為を行ったと認めているそうだ。
問題が何のためにスパイ行為を行ったか、だ。
「その点についてマクスウェル候はまだ沈黙を維持している」
リーヴァイ先生が何でも屋『黒猫』の社屋で私たちにそう語る。
「まだ取り調べはこれからだが、マクスウェル候が一連のスパイ行為を計画したものの、それはマクスウェル候自身のためとは分析官たちは考えていない」
「つまりマクスウェル候は何かしらの組織か個人のために情報を集めていた?」
「そうだ。そう考えるのが自然だ。屋敷を警察軍が家宅捜索して押さえた、内務省から漏洩していた情報を分析したが、どれもマクスウェル候自身に関係があるものとは思えないものばかりだったからな」
確かに犯罪組織や過激な政治団体の潜入している捜査官の情報を、合法的な政党に所属している政治家であるマクスウェル候がほしがる理由はない。
しかし、となるとマクスウェル候の上にさらに情報を集めていた人間がいることになる。私たちは今回そこまで到達することができなかった。
「うーん。もやもやする終わり方だなあ。けど、潜入捜査官の情報はマクスウェル候から漏洩しなかったんだよね?」
「ああ。まだ取引する前だったそうだ。しかし、あと数時間遅れていたら、致命的な状況になっていただろうとみている」
「そっか。ちゃんと阻止できてよかったー」
危うく大勢が犠牲になってしまうところだった。防げてよかった。
「マクスウェル候自身の処分はどうなるのですか?」
「マクスウェル候は裁判を受けることになるだろうが、取り調べで司法取引をして、誰のために働いてたかを白状すれば死刑にはならないだろう。しかし、政治的な影響力や爵位などは間違いなく全て失う」
「甘い処分ですね」
「そういうな。情報を得ることが今は重要だ」
ロッティはどこか処分に納得していないみたい。
スパイ行為はとても悪いことだけど、これからこちらの全容解明に協力してくれるなら死刑にしなくてもいいと私は思うのだ。
「さて、今回の素晴らしい働きを讃えて、今日は豪勢な夕食にしよう。サウスヒル地区の南部料理のレストランに予約を入れている。行くか?」
「もちろん!」
「だが、その前にアレックスから話があるらしい。行ってこい」
「うへえ」
でも、今回は別にお説教される要素もないし、すぐにアレックス機関長の話も終わるんじゃないだろうか? 話がすぐに終わるといいな。
商業地区であるサウスヒル地区のレストランって言ったら間違いなく高級店だし、早く夕食が食べたいよ!
そんなことを思いながら私たちはオーウェル機関本部へ。
「カニンガム様、ハワード様。アレックス機関長がお待ちです」
今日は嫌味なクロエではなく、普通にオーウェル機関職員が出迎えてくれた。
彼に案内されて、アレックス機関長の執務室に向かう。
「ルーシィです、アレックス機関長」
「入りたまえ」
私たちが扉の前で名前を告げると入室が許可された。
「カニンガム君、ハワード君。今回はよくやってくれた。マクスウェル候が何を企んでいたとしても、もう彼にはどうすることもできない」
アレックス機関長はそう言いながらも渋い表情を浮かべていた。
「国家保衛局に貸しは作れましたか?」
「ふん。そのことに関係してマクスウェル候とヴィリアーズ伯を表立って拘束できなくなった。内務省は自分たちの親玉たちがよりによって裏切り者だったと内外に知られたくないようだ」
「では、裁判もなし?」
「非公開の軍法会議で裁かれたのち、自宅軟禁となるだろう。爵位は剥奪だが」
「死刑にはならないんですよね?」
「敵の心配かね? 結構なことだ。だが、それはないので安心するといい」
よかった……。せっかく誰も死なないように立ち回ったのに、ここで死刑になってしまっては意味がない。
「後のことは我々に任せてもらうが、君たちにも今後のことを話しておこう。既に漏洩した情報がかかわっている」
アレックス機関長がそう語る。
「国家保衛局から潜入捜査官の情報が漏洩することは避けられたが、多くの犯罪組織の捜査情報が漏洩している。一部はフィルビー大佐のような人間によって、当の犯罪組織に漏洩したものと思われる」
「犯罪組織が捜査情報を把握してしまうと……」
「その通りだ、ハワード君。これからいくつかの犯罪組織の動きが地下に潜るか、活発化することだろう。そのような場合、君たちにも任務となって関係することになる。準備しておきたまえ」
なるほど。そういう影響もあるのか。暫くは忙しくなりそう。
「それから……」
と、ここで扉がノックされた。
オーウェル機関の職員が入室し、アレックス機関長に何やら耳打ちした。
「諸君。マクスウェル候が司法取引に応じた。彼は自分がどのような組織のために行動していたかを自白した」
アレックス機関長が幾分か間を置いて続けた。
「ワイルドハント。そういうテロ組織のために行動していたらしいが……。私が知る限りでは、そのような組織が現在オーウェル機関でも、もちろん国家保衛局でも捜査対象になっているという情報はない」
「謎の組織、ですか」
「これから君たちが解き明かしてくれることに期待しようではないか」
全く新しいテロ組織なのか、それともこれまで存在が知られることがなかったものなのか。いずれにせよ私たちに今のところ、彼らについての情報はないわけだ。
「それでは私からは以上だ。ベアリング卿から食事の約束があるので、早く帰宅させるように求められている。その求めに応じるとしよう。では、帰ってよろしい。今回はご苦労だった」
「はい!」
私とロッティはそう言って帰宅することに。
「あれ?」
そこで私はオーウェル機関本部の廊下にクロエと以前見かけた謎の少女がいることに気づいた。クロエは何かぺこぺこしており、少女の方は前にいた軍人を連れている。
その少女が私の方に向かってきた。
「カニンガムさん、ハワードさん」
「はい?」
「この度はご苦労でした。帝国はあなた方に感謝します」
「ど、どうも……」
この子、どこかで見たような気もするんだけど思い出せない。
「それでは」
少女はそう言ってアレックス機関長の執務室に立ち去っていった。
「あなたたち! 何をぼーっとしていますの!」
「クロエ。さっきの子、誰?」
「誰!? わ、分かってなかったんですの!? 信じられませんわ!」
「どうにも思い出せなくて……」
すぐそこまで出かかってる感じはあるんだけど。
「皇帝陛下ですわ! この帝国の!」
「……あ。ああーっ!?」
クロエが言うのに頭の中の記憶が繋がっていった。
そうだ。彼女は皇帝シャーロット陛下だ!
「自分が仕える君主のことも忘れているなんて信じられませんわ!」
「しょ、しょうがないじゃん! あんまり新聞とかに顔も載らないしさー!」
「当然でしょう! 皇帝陛下ですのよ!」
「だから、知らなかったんだってばー!」
クロエと私がそうごちゃごちゃと非難合戦を繰り広げるのに、ロッティがため息。
「別に皇帝陛下に対して不敬な態度を取ったわけではないのでいいではないですか。帰りましょう、ルーシィ」
「そ、そうだね。またね、クロエー!」
私たちはそうして逃げるようにオーウェル機関本部を去ったのだった。
しかし、皇帝陛下とは! びっくりだ!
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