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破廉恥な泥棒

……………………


 ──破廉恥な泥棒



「ああ。何でも屋さんですね。来てくださってありがとうございます」


 イースト・リバーサイドのなかなか立派なアパートで私たちを出迎えてくれたのは、30代後半の淑女の方だった。化粧もそこまで厚くなく、香水の匂いがほんのりと漂う、とても綺麗な人だ。


「何でも屋『黒猫』のルーシィです。よろしくお願いします」


「ロッティです」


 まずは挨拶から。これは大事なことである。


「私はエマ・スミスです。この町内び婦人会副会長をしています。こちらへどうぞ」


 エマさんはそう自己紹介し、私たちアパートの中に通した。


 エマさんの家はお洒落な調度品などがある素敵な場所だった。私たちは促されて置かれているふかふかのソファーに座る。


「えっと。一応依頼を確認させていただきます。下着泥棒が近ごろ出ているとか?」


「はい。お恥ずかしながら……」


「警察軍にご相談はされていないとのことでしたね」


 警察軍。訳し方によっては国家憲兵隊とも訳される組織だ。治安維持から警察業務までをこなし、内務省の指揮下にある。


 この帝都も帝都軍管区に入っている。


「ええ。その、なかなか相談しにくくて……」


「分かります。問題ありませんよ。私たちにお任せを!」


 警察軍はそこまで親切な人たちではないし、男性ばかりだ。女性にとって下着泥棒を相談する相手としては、ハードルが高い。


「何でも屋さんは女性の方が対応してくださると聞きましたのでお願いさせていただきました。紅茶をお飲みになられますか?」


「ありがとうございます。いただきます。では、事件について整理しましょう」


 私はそう言って資料を置き、メモ帳を手にする。


「最初の窃盗は2週間前にファラー夫人の家で起き、それから連続して8件と聞いています。あなたが被害に遭われたのは5件目ですね」


「はい。夫は海軍の軍人で、家にいることは少ないのです。それで他のご婦人方とも協力して、用心はしているつもりだったのですが……」


「なるほど。では、窃盗が発覚した経緯を教えていただけますか?」


 この付近には海軍将兵の家族が多く暮らしている。エマさんの夫も事前に海軍少佐だと聞いていた。


「私の場合になりますが、お昼にお買い物に行って帰ってきたら、タンスが荒らされていたんです。それで下着がなくっていることが分かりました」


「ふむ。カギはどうなっていましたか?」


「ちゃんと施錠されていました」


 防犯面で気を付けていたと言っているエマさんが、カギを開けっぱなしで出かけるとは思わなかったが、一応聞いておいた。


 しかし、これは微妙に面倒な話になってきたな。


「カギはどなたが持っていますか?」


「私と夫、そしてアパートの管理人さんだけです。アパートの管理人さんも女性の方ですから心配はしていませんでした」


「一度カギを見せていただいてもいいですか?」


「ええ。どうぞ」


 ここで一度カギについて確認を行う。


「あー。カギ穴に傷がついていますね。このタイプのカギ穴はカギがなくても外から簡単に開けられちゃうんですよ。こんな風に、ですね」


 私はちゃちゃっと携帯しているピッキングツールを弄ってカギを開けて見せた。


「まあ。どうしましょう……?」


「管理人さんに相談されて、カギを変えるといいですよ。幸い、そこまで時間もお金もかかりませんから。よければうちで業者を紹介しますけど」


「是非ともお願いします」


 さて、防犯面はこれでオーケーだが、まだ問題は解決していない。


「さて、まだです。犯人が捕まっていません。これはちゃんと解決しておくべきでしょう。下着泥棒を放置すれば、犯人は自分の行動が認められたと勘違いして、さらに犯行がエスカレートする可能性もありますから」


「そうなのですか? しかし、犯人を捕まえることはできるのでしょうか?」


「任せてください。そのために私たちは来たのですから」


 この私にかかれば下着泥棒を捕まえることぐらい容易なことさ。


「荒らされたというタンスを見せてもらってもいいですか?」


「こちらです」


 エマさんに案内されて私たちはエマさんの寝室に入った。ここにエマさんの衣類や下着が保管されているタンスがある。


「ふむ。盗まれたのは下着だけ、ですよね?」


「はい。金品は無事でした」


「帰宅後に他の場所が荒されたりなどは?」


「いいえ。ここだけです」


 下着泥棒と言えば大抵は干してある下着を盗むものだ。わざわざ家に押し入って盗むのならば、下着より金品になる。


 もうひとつ不可解なのは、犯人は大して家探しもせずに下着が保管されている場所を見つけたということ。どうして犯人はここに下着があると最初から知っていたかのように、このタンスだけを探したのだろうか?


「エマさん。ここ最近、ご家族やアパートの管理人の他に、この家に出入りした人間はいませんか?」


「確か水道の修理をしてもらうために、水道関係の仕事をしている方が……」


「他には?」


「後は婦人会のご婦人方ぐらいです」


 オーケー。


 間違いなく犯人は現場を下見している。だから、疑われることのない立場で、このエマさんの家に入っているはずだ。


 だから、カギを簡単に開けられたし、下着のある場所も把握していた。


「他の被害者の方で水道の調子が悪くなかった方は他にいませんか?」


「どうでしょう……。聞いてみないことにはちょっと分かりかねます」


「であるならば、私たちが聞いてきますね。暫くお待ちを」


 被害者はこのイースト・リバーサイドに集中している。他の被害者宅もエマさんの家の近くに集まっていた。


「すみません。何でも屋『黒猫』ですが、下着泥棒の件でお話を──」


 1軒、1軒を巡って他の家を訪れた人物をリストしていく。


「……ルーシィさん。これに本当に意味があるのですか? 窃盗なら警察軍に任せてしまえばいいではないですか」


「なーにを言ってるんだい、ロッティ。この仕事は私たちが引き受けたんだから最後までちゃんとやらないと。一度物事を放り出すと、それが癖になって何でも放り出しちゃうようになるんだぞ」


「では、早く終わらせましょう。私にはこれが有意義だとは思えません」


「今はそう思ってしまうかもね」


 私はそう言いながらメモ帳にしっかりと情報をメモしていく。


「ふむ。やはりどの家も泥棒に入られる前に水道工事を受けている。それも同じ工務店が引き受けていた。マレット工務店ってところ」


「決まりですね。早速その工務店に言って、社員を尋問しましょう」


「待った、待った。尋問なんてできないよ」


「何故です? 我々には……」


「これはオーウェル機関の仕事じゃない。忘れたの?」


 オーウェル機関には特権がある。いわゆる『殺しのライセンス』だ。それに尋問や監禁だってオーウェル機関は支援してくれるし、免責特権を与えてくれる。


 だけど、この仕事はオーウェル機関から命じられたものではない。


「今の私たちに特権はない。地道にやるしかないんだよ」


「……分かりました。しかし、方法に当てはあるのでしょうか?」


「もちろん」


 私は特権がなくたって平気さ、と微笑む。


「まずはマレット工務店に向かおう」


 私はロッティを連れて問題のマレット工務店に向かう。


 マレット工務店はイースト・リバーサイドの中にある小さな工務店だった。看板に記載された、彼らが引き受ける業務の中に『水道修理』とあるのを私は確認して、工務店の中へと入った。


「いらっしゃい」


 カウンターから老齢のひげを蓄えた男性が、私たちを出迎える。


「少々お聞きしたいこいとがあるのですが、お時間よろしいですか?」


「何だい?」


「水道修理を担当されている方はどなたでしょうか?」


 私は笑顔でそう尋ねた。


「ああ。それならベンだよ。ベン・ウィルソン。若いが腕は確かだ。彼に用事かね?」


「今ここにいらっしゃいますか?」


「いや。工事に出ているよ。確かロバーツ夫人のところだったかな」


「どうもです!」


「あ! ちょっと! 何だったんだい!?」


 私は情報を聞き出すとそそくさとマレット工務店を出た。


「これからベン・ウィルソンを拘束というところですか?」


「いや。彼を追いかけるだけだよ。暫くの間、監視する」


「監視……?」


 私はロッティにそう答えながら、手元の資料にロバーツ夫人が被害者として名を連ねていないことを確認した。


 オーケー。問題なしだ。資料にはイースト・リバーサイドの住民が、どこの暮らしているからの地図も添付されており、私はロバーツ夫人の家を目指す。


「これから何を?」


「犯行現場を押さえたら、私たちでも逮捕できるんだぜ、ロッティ?」


 私はそう言ってロッティに不敵な笑みを見せた。


……………………

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