飲んだくれども
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──飲んだくれども
私たちがヴィリアーズ事務次官を押さえる当たって、まずは情報収集が開始された。
「エルシー姉さん! 頼みたいことがあるんだけど、いい?」
「何だい? 一応聞いておいてやるよ」
私たちはいつものようにノーザンドックス地区に向かい、そこでエルシー姉さんと会った。エルシー姉さんはいつ働いているのか分からないぐらいに飲んだくれている。
「内務省事務次官のジョージ・ヴィリアーズ伯について調べてほしい。この人の行動に不審な点があれば、それを知らせて」
「ふうん。別にいいけれど、あんたたちは何をするの?」
「私たちはいつものようにドンパチ担当だよ。できればヴィリアーズ伯が情報をやり取りしている場面を押さえたい。だから、情報よろしくね」
「あんたたちもそれまで暇ならあたしの仕事を手伝いなよ。ヴィリアーズ伯とやらの情報収集をだよ」
「ええー。エルシー姉さんがやっておいてよー」
「それなら高い金をとるけど?」
「ケチ」
エルシー姉さんもオーウェル機関の人間なのに普通に私たちから情報代とか言ってお金取るんだよね。
「難しい仕事じゃないし、あんたたちのためでもあるんだよ。そのヴィリアーズ伯ってのは最近お騒がせのスパイ事件の関係者なんだろ?」
「だね。となると、何かあるの?」
「当たり前だよ。こいつも亡命騒ぎを起こしかねないってことがある。事務次官ともなれば大物だ。生き残りについてもその地位に見合っただけしつこく考えるだろうさ」
「見張っているときに亡命したりするかもしれないって言いたいわけかい?」
「そうだよ。ヴィリアーズ伯の様子を探ってる際に騒動が起きたら、あんたらに連絡したって間に合わない。そうだろう?」
「確かに」
もっともではある。フィルビー大佐のときは間一髪で亡命を阻止で来たけど今回はどうなるのか分からないのだ。もし、フィルビー大佐を経由して様々な情報を手にしたヴィリアーズ伯が亡命したら大変なことになる。
「というわけで、あんたらも手伝いなさい。いつものドンパチに比べたら簡単な仕事だから。見張って記録するだけ。早速だけど仕事にかかってもらおう。あたしの部下をひとり付けるから、そいつと張り込みに行ってきな」
「エルシー姉さんって部下がいたの?」
「当然だろう。あたしが現場を駆けずり回ってるとでも思ったのかい?」
「へええ」
エルシー姉さんに部下がいたとは初耳だ。
「で、デイヴィットって男がノーザンドックス地区のこの住所にいる。あたしからの指示だといってこのメモを見せな。すぐに行動を始めるはずだよ」
「了解。早速かかるね」
「ああ。早ければ早いほどいいだろうね」
私はエルシー姉さんからメモと住所を受け取ると、早速住所の場所に向かう。
「ノーザンドックス地区は治安もあまりよくない場所なのに、情報屋が何人もいるのですね。不思議です」
「治安が悪い場所だからこそじゃない? エルシー姉さんが使っているコネって絶対犯罪組織とかと関係あるしさ。それからお酒が入ると人は口が軽くなるってのも理由としてあると思うな」
「なるほど。酒を飲ませて、情報を引き出すのですね」
「多分だけれど」
ノーザンドックス地区にエルシー姉さんがいるのはただお酒が飲みたいからだと私は思っているよ。
「この辺りにBAR.三賢者って店があるはずなんだけど」
「あれじゃないですか?」
「あれだ、あれだ。行こう!」
ロッティが地味な装いのバーを見つけた。それがエルシー姉さんが指示したデイヴィットという情報屋がいるバーである。
「失礼しまーす」
私たちがバーに入るとそこにはほとんどお客はいなかった。
「どうしたんだい、お嬢さん方。ここはお嬢さんたちが来るような場所じゃないよ」
そんな店のバーテンダーの男の人が私たちを怪訝そうに見てくる。
「デイヴィットさんを探しているのですが、ご存じありません?」
「デイヴィット? ああ。あのしけた飲んだくれか。今、トイレにいるよ」
「ども!」
私たちはトイレからデイヴィットさんが戻ってくるまで待つ。
「コナー! また便所が詰まってたぞ! いつになった直すんだよ!」
「うるせえ、お前がツケてる金払えばすぐに直すさ!」
バーテンダーの人にそう怒鳴るのはひとりの若い男性だ。帝都に一定数いる褐色の肌をした南方系の男性で、しわしわの衣服に身を包んでおり、ズボンには競馬新聞を突っ込んでいる。
「あなたがデイヴィットさん?」
「ああ? お嬢ちゃんたちはどこの誰だい?」
デイヴィットさんと思しき人も怪訝そうに私たちを見返す。
「エルシー姉さんの友達だよ」
「なるほど。仕事の話かね? エルシー姉さんから何か用事が?」
「そ。これがエルシー姉さんからの指示ね」
私はデイヴィットさんにエルシー姉さんからのメモ書きを渡す。
「ふみ。急ぎの用事みたいだな。なら、さっさと行こう。支度をしてくる」
デイヴィットさんはすぐに状況を飲み込んだらしく、すぐにバーの2階に向かうと、そこで身支度を整えてきた。よれよれしわしわの服からちゃんとしたスーツに着替え、紳士らしい恰好となったのである。
「行こうぜ、お嬢さんたち」
「了解だよ」
私たちはデイヴィットさんとともに移動を開始。デイヴィットさんは馬車を掴まえ、私たちはそれに乗り込んだ。
「やっぱりまず向かうのは内務省?」
「いいや。内務省はどうせ別の連中が見張ってる。俺たちはヴィリアーズ伯の自宅を見張る。やつがことを起こすとすれば、帰宅後だ。間違いない」
「断言するんだね」
「そりゃそうだろ。内務省は間違いなく、一連の情報漏洩でピリピリしてて、国家保衛局の捜査官だって目を皿にしている。そんな場所でさらにスパイ行為をやるほどヴィリアーズ伯の肝っ玉は据わっちゃいないはずだ」
「だから、内務省から帰宅して、見張りの目を逃れてから行動する、か」
「そう。俺はそう睨んでいるね」
そして、私たちはヴィリアーズ伯の自宅があるツインゲート地区に入った。この前のラッセル伯もタウンハウスを置いていた高級住宅街だ。
「あれがヴィリアーズ伯の自宅だな。ヴィリアーズ伯ってのは昔から官僚をやってる一族らしい。俗に言う名門っていうやつ? それがスパイをやるとはな。金にだって困ってないだろうに、何か理由がるのかね?」
「きっとあるよ。人間、理由もなく悪いことはしないから」
「それって性善説? オーウェル機関にいるのに純粋なもんだな」
私の言葉にデイヴィットさん呆れたようにそう返した。
「静かに見張ってください。怪しまれますよ」
「それは失礼を」
ロッティが苦言を呈し、私とデイヴィットさんは口をつぐむ。
「けど、帰宅する前から見張っても意味ないんじゃ?」
「いや。自宅に時間差で取引相手がやってきている可能性もある。一度見張ると決めたらしっかりとひとつの場所を見張っておくべきだ。それで分かることもある」
「なるほどねー」
「それにそもそもいつヴィリアーズ伯が帰宅するかもわからんしな」
「なんじゃそりゃ」
デイヴィットさんの理由が思ったよりしょうもなかったことに、私はこの人を信頼して大丈夫なのだろうかと悩んだ。
今回はリーヴァイ先生の援護もない。リーヴァイ先生はまだ何が進行中なのか把握していないだろう。
「オーウェル機関本部に情報支援を頼みませんか?」
「まだ早い。オーウェル機関本部に要請して、そこに二重スパイがいたらどうする? 俺たちがヴィリアーズ伯を見張ってますってのが漏れちまうぞ」
「そんなことは……」
「ないとは言いきれないだろう?」
ロッティはそう言われて考え込んでいた。
「あの馬車、ヴィリアーズ伯だ」
「おっと。ご帰宅か」
そこでヴィリアーズ伯を乗せた馬車がやってきた。
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