謎の列席者
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──謎の列席者
私たちはオーウェル機関本部に到着。
すると、だ。
「今回はお手柄ですわね、ルーシィ」
「クロエ。また君か……」
嫌味な口調でそう述べるのは、私の同期であるクロエだ。
「で、私たちは大活躍だったけど、君は何かしたの?」
「もちろんです。あなたが拘束した傭兵から情報を引き出しましたわ」
「へえ。ってことは、そのことで私たちが呼ばれたわけだ。また君がブリーフィングに同席するパターン?」
「その通り。いつもならば役に立たないルーシィでも、今回はお手柄ですわ。傭兵たちが生きていなければ何も聞き出せませんでしたから」
「でしょ? クロエには無理だよねー」
「私はそんなことをしなくても普通に評価されているのでお気遣いなく。こういうことをしなければ評価されないあなたとは違うのですよ」
クロエは相変わらず嫌味な感じだ!
「ルーシィ。早くブリーフィングに行きましょう」
「そうそう。クロエも早くしなよ。アレックス機関長も同席するんでしょ?」
ここでクロエなんかと喋っている暇は私たちにはない。今日は大急ぎでオーウェル機関本部まで来たのだからね。
「ふん。言われなくても分かっていましてよ。こっちですわ」
私たちはクロエに誘導されて会議室へ。
と、会議室の中にはアレックス機関長の他に軍人らしき人が1名と全く知らない女の子がひとりいた。どうも軍人さんは女の子に同伴してきた感じだが、オーウェル機関の新しい工作員だろうか?
にしては、着ているドレスも高級品そうで、ちょっと場違い。
「来たか、カニンガム君、ハワード君。では、ブラウン君、始めたまえ」
アレックス機関長はその女の子を紹介することもなく、ブリーフィングを始めた。
「傭兵たちの所属はアーチャー・インターナショナルでした。この会社は帝国の複数の勅許会社と関係している企業で、その会社の出資者とも関係が深いものです。我々はその線を洗ってみました」
クロエがそう説明する。
勅許会社にももちろん出資者はいる。会社である以上、どこからか資金を調達しなければ新しい事業は始められない。
「そして、傭兵たちが勅許会社の紹介で出資者のひとりに雇われていたことがわかりました。その人物はジョージ・ヴィリアーズ伯。内務省事務次官です」
「内務省事務次官、か。フィルビー大佐が言っていた通り、内務省内部の人間だったけど、思ったより大物が出て来た感があるね」
「ええ。内務省も報告を受けて内偵を進めていましたが、いつまで経っても結果が出ないわけですわ。よりによって事実上の官僚方のトップが裏切り者だったのですもの」
フィルビー大佐が一時拘束され、オーウェル機関が内務省内に潜ませている工作員たちが内定を行っていたが結果は出ていなかった。
当然だろう。彼らに情報を提供していた事務次官が裏切っていたのだから。
「では、事務次官を拘束するということですか?」
「そうなる。しかし、今現在の時点では事務次官の単独犯であるとの証拠はなく、共和国などの海外との関与も不明なままだ。ここは慎重に行動したい」
ウラジミールからフィルビー大佐に繋がり、フィルビー大佐から傭兵に繋がり、傭兵からヴィリアーズ事務次官に繋がった。ここまでくるとヴィリアーズ事務次官からも、他の人間に繋がると考えておくべきだろう。
「なら、ヴィリアーズ事務次官はこっそり捕まえましょう。彼に繋がっている人に気づかれないように、こっそりとです。暫く彼の動向について調査する必要はありますけど、それだけの時間をかける価値はありますよ」
「今回は君に同意しよう、カニンガム君。君向けの任務だ。殺さないことは得意だろう。是非とも生け捕りにして、関係を自白させてほしい」
「了解です」
へへん。確かに私は相手を殺さないことにかけてはエキスパートだぞ。まして、非武装の相手ならどんとこいっていうんだ。
「しかし、アレックス機関長。約束してほしいのですが、ヴィリアーズ事務次官が協力的だった場合、彼にやり直す機会を与えてもらいたいです。彼には彼の事情があったでしょうから」
「考えておこう。内務省には大きな貸しを作ることになる。彼らもヴィリアーズ事務次官のような高官がスパイだったとは知られたくないだろう。スパイがいたということは、周囲の人間にも動揺と不信感を与える」
「ありがとうございます!」
「それでは、任務にかかりたまえ。時間があまりない」
「了解!」
私とロッティ、クロエは一礼して会議室を退室した。しかし、その間も謎の女の子は動くこともなく、私たちの方を観察するように見ていたのだった。
何だったんだろ?
「あれが問題の工作員ですか、ハーバート候?」
ルーシィたちが去ってから少女が澄んだ声でそう尋ねた。
「その通りです、陛下」
アレックスはその少女を陛下という敬称で呼んだ。
「あなたが言っていたように人の生き死にに敏感な方のようですね」
「全く以て痛し痒しです。確実な成果は出しているのですが、こちらの命令を拡大解釈する癖がついてしまったようでして」
「ええ。今回の件もラッセル伯を殺害していれば、ここまで急ぐ必要もなかったでしょう。マクスウェル候が横やりを入れるようなこともなく、全てが問題なく進んでいただろうからにして、ですね」
「否定は致しません」
少女が言い、アレックスが申し訳なさそうに頷いた。
「殺さない暗殺者。そう聞いたときは奇妙に感じたものです。まして、オーウェル機関は帝国の敵を排除するための組織であって、法的な裁きを受けさせるための組織ではない。それでも彼女は優秀なのですか?」
「それは間違いなく。今回のような事件の背後に何者かが潜んでいる場合には、それらを含めて排除しなければなりません。そういう場合は殺すのではなく、生け捕りにできる技量が必要かと」
「なるほどですね。しかし、それならば警察軍に任せていいのではないですか? あなた方は殺し、排除し、帝国を守る。それがモットーのはずです」
少女はそう問いを重ねる。
「いいえ、陛下。我々のモットーは『あらゆる敵から帝国を守る』と。それだけなのです。確かに抹殺は最大の解決手段です。帝国を害するものは死ぬべきだと私も思います」
「それでもあなたは彼女を支持する、と」
「はい。彼女は人は殺しませんが、そうであっても私には否定できないほどに結果を残しており、優秀であるのです」
「そこまで買っているのですか」
「ええ。陛下、オールドウォータ―地区を大きく騒がせたマフィアであるゴールドフリートの起こした事件を覚えておいででしょうか?」
「覚えていますよ。大変な騒ぎでしたね」
帝都の港湾遅滞であるオールドウォータ―地区で犯罪を繰り返し、治安を見出しに乱した存在。それがマフィアであるゴールドフリートだ。
彼らは違法薬物の密輸から警察軍への襲撃まで、ありとあらゆる犯罪を行い、かつ本人たちは重武装で迂闊に手が出せない存在となっていた。
「その事件を1日で解決したのがカニンガム君です。彼女はほぼ単騎でゴールドフリートの構成員全員を拘束し、ゴールドフリートによるオールドウォータ―地区の占領状態を終わらせたのです」
「それも誰も殺さずにですか?」
「はい。死人はひとりとして出ていません。敵にも味方にも」
強大化していたゴールドフリートを単騎制圧したのはルーシィだった。彼女はオールドウォータ―地区に突入し、ゴールドフリートの構成員を片っ端から拘束。ボスや幹部なども拘束し、組織を瓦解させた。
「今一度、私と彼女に機会をお与えください、陛下」
アレックスはそう少女に頭を下げた。
「あなたがそれほど評価する人間です。私に口が出せましょうか。これからも雇用を継続するといいでしょう」
「ありがたきお言葉、感謝いたします」
「ただし、これからはちゃんと首輪を付けておくことです。優秀な猟犬でも獲物を追わないのでは困りますからね」
「もちろんです、シャーロット陛下」
アレックスは帝国の頂点に君臨する女帝シャーロットにそう告げた。
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