政治的圧力
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──政治的圧力
私たちが引き続き国家保衛局に対するスパイの摘発を行おうとしていた時。
アレックス機関長とリーヴァイ先生が会っていたのは私たちの知らない話。
「アレックス。話というのは?」
「マクスウェル候の横やりの話だ。あの男は現在進行中の捜査に、どういうわけかカニンガム君がかかわっているのを知った」
「それは妙な話だな」
オーウェル機関の任務の機密性は高い。事件や案件に関係した人物は、報復を避けるためにも厳重に秘匿されているはずである。
それがどういうわけか部外者であるマクスウェル候が知るところとなっていた。
「どう対処するつもりだ?」
「解決策はふたつだ。マクスウェル候を亡き者にする。オーウェル機関の人員を動員すればすぐにでもこの方法で解決できる」
「そうしない理由は?」
「……皇帝陛下が賛同されていない」
「なるほど」
オーウェル機関は皇帝直属の組織だ。皇帝以外の指図は受けないが、逆に皇帝ひとりが待ったをかければ全てが止まる。そういうリスクを抱えていた。
「皇帝陛下はどのように解決せよと仰せなんだ? 陛下にしてもオーウェル機関が外部からの干渉を受け、独立性を失うことは好ましく思われないだろう」
「皇帝陛下は自らマクスウェル候を諫めると仰っている。オーウェル機関の責任は自分が取るとも」
「それは……」
「ああ。私としては大失態だ。陛下が我々の失態の責任を取るなど」
リーヴァイが動揺するのにアレックスはそう言った。
今現在の帝国において皇帝の権威は神に等しいそれである。
しかしながら、皇帝が自ら政治を行う皇帝親政は行われておらず、政治はあくまで帝国議会と内閣によって行われていた。皇帝が政治に口を出すことは好ましくないという暗黙の了解の下、帝国の政治は行われている。
そうであるが故に皇帝が政治に直接干渉するという行為は非常事態であると同時に、民主的な政治を行っている帝国議会及び内閣から批判的に見られる事態であった。
「しかし、だ。もっとけしからんと思われるのは、マクスウェル候が皇帝陛下からのお言葉を受けても我々への干渉をやめないだろうということだ。マクスウェル候に皇帝陛下の敬意はない。あるのは政治的野心だけだ」
「アレックス。いつもでも手を貸す。お前の部下としてではなく、友人としてな」
「是非とも手を借りたいと言いたいが、このタイミングは不味い。それでは皇帝陛下からの不興を買ってしまい、オーウェル機関はいよいよ立ち行かなくなる」
リーヴァイが言わんとしたのは、オーウェル機関の職員としてではなく、一個人としてマクスウェル候を暗殺するということだ。無論、ルーシィやロッティにやらせるのではなく、彼自身がやるという意味である。
「少しでも挽回するとすれば早く国家保衛局の問題を解決することだ。国家保衛局は今回の捜査協力に恩義を感じている。無事に内通者を摘発できれば、国家保衛局も、そして内務省も我々の側に立つだろう」
「そしてあくまで政治的に解決する、と」
「そうだ。海軍にいたときに軍人が政治にかかわるべきではないと教えられたが、同時に政治的な根回しができなければ何も成せないとも知った。それ以降は私は節度を持って政治的な権力を行使している」
「お前らしい。俺には政治は分からん」
「私と同じ地位に就けば、嫌でも分かるようになる、リーヴァイ」
リーヴァイが肩をすくめるのにアレックスはそう言って返した。
「政治は任せる。俺たちは血に飢えた猟犬のように獲物を追うだけだ。傭兵どもは吐きそうなのか?」
「ああ。尋問は進んでいる。もし、やつらが吐いたのならば、それこそフリスビーを追う犬のように目標を追いかけてもらおう」
そして、アレックスが時計を見る。
「後3日で解決できれば皇帝陛下のお手を煩わせることもないのだが……」
アレックス機関長とリーヴァイ先生がそんな会話を行っていたころ。
「ルーシィ。続報がありませんね」
何でも屋『黒猫』の社屋でロッティがそわそわした様子でそう言う。
「そんなに急がない方がいいよ。こういう作戦は地道な捜査の積み重ねなんだから。銀行強盗を逮捕するのとはわけが違うよ」
「それはそうでしょうが。しかし、前回捕らえた傭兵はかなり価値のある捕虜になったはずです。何も進んでいないということはないでしょう」
「かもねー。けど、オーウェル機関から連絡がない以上は、待機するしかない。勝手に動き回っても意味はないし。でしょ?」
「うーん」
ロッティはちょっとばかり焦りすぎている。そこまで焦ったって、事件がすぐに解決するわけじゃないのにさ。
「どうしても何かしたいというのならば、することはあるよ!」
「何ですか?」
「えっとね。新しい依頼で『2、3日留守のするのでその間の犬の世話をお願いしたい』というものがあるね!」
「『黒猫』の仕事じゃないですか」
私が依頼箱から依頼書を出して言うのに、ロッティが呆れたように返す。
「いいじゃん。どうせすることないんだから人の役に立つことをしようよ」
「それはそうかもしれませんが……」
私たちがそんな会話をしていたときだ。
「ただいまだ」
「リーヴァイ先生。お帰り!」
リーヴァイ先生が帰宅した。
「リーヴァイ先生。オーウェル機関から任務は?」
ロッティがお帰りも言わず、すぐにリーヴァイ先生にそう尋ねる。
「その件でアレックスから呼び出しだ。俺がオーウェル機関にいたとき傭兵が雇い主を吐いた。ブリーフィングでその雇い主に対する作戦を聞いてこい」
「了解」
あらら。せっかく依頼をこなそうと思ったのにな。
「オーウェル機関にはすぐに?」
「ああ。アレックスは解決を急いでいる。いろいろと事情があってな」
「事情……?」
「こっちには関係のない政治の話だ。そう思っておけ」
政治はさっぱりだ。政治が必要ないとは思わないものの、自分が政治的にどうこうするってのは全く想像がつかない。
「じゃあ、オーウェル機関に行こうか」
「ええ。呼集にはすぐに応じるべきです」
そういうわけで私とロッティはオーウェル機関本部へ。
「ルーシィ。アレックスからの言葉があるだろうが、あいつに少しだけ感謝しておけ」
「?」
アレックス機関長がどうかしたのだろうか?
あの人が私のために何かしてくれた、とか……? まあ、迷惑をちょびっとだけならかけているという自覚はあるのだけれど。
「どうしました? 行きましょう、ルーシィ」
「うん。行こう、行こう」
そして、私とロッティはオーウェル機関本部に向かった。
いつものルートを警戒して進み、尾行者などに注意する。オーウェル機関は秘密情報機関であり、そして今は防諜作戦をやっている。
もしかしたら、共和国の情報機関が私たちをマークしているかもしれないし、傭兵たちの仲間が報復を企んでいるかも。だから、用心するにこしたことはない。
「異常はないようですね」
「とりあえずはね。私たちが押し入ったフィルビー大佐と共和国の取引のことは覚えている? あのとき現場にいた共和国の人間はろくに私たちの顔を把握できなかったと思うけど、後から来た共和国の人間は現場の様子をメモしてた」
「不味いですね、それは」
「まあ、私たちの顔が分かったこところでオーウェル機関と結びつけるのはそう簡単なことじゃないと思うけどさ」
オーウェル機関はそれ相応の機密保持のための仕組みを持っている。自国の政治家にすら暗殺者を放つような組織が、そう簡単にその正体が判明してしまうような機密性のなさなわけがないのだ。
「それでも用心はするべきです。シンプルな報復という可能性もありますから」
「そだね。全く、難儀な仕事だよ」
オーウェル機関はいざというとき、どこまで私たちを守ってくれるのだろうか? これまで仕事をしてきてまだ報復されるようなことにはなっていないが。
「私が危ない時はロッティが助けてくれるかい?」
「それはもちろんです。私はあなたの相棒ですから」
私の言葉にロッティは平然とそう返してくれた。
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