傭兵
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──傭兵
私に銃口を向けるスーツ姿の男。
「そいつを渡せ。お前には必要のないものだ」
「その前に聞くけど、ひょっとしてフィルビー大佐って知ってる?」
「何のことだ。まさか、お前はそいつを置いていった人間を知ってるのか?」
男の表情に緊張の色が見えた。
先に離れたロッティはこの男を追っているはずだから、ちょっとばかり時間を稼げばどうにかなる。そう思って私は笑みを浮かべて男の方を向く。
「おかしな真似はするな。お前ではなく、そこのガキを殺すぞ」
「おっと。それは困るな」
私はシエナちゃんとテディ君に銃口が向かないように移動しようとした。が、男が狙いを明確にシエナちゃんに定めたため、刺激しないように動きを止める。
「おじさんも本当は子供を殺したくはないでしょ? 話し合わない?」
「黙れ。さっさとそのビンを寄越せ、クソガキ」
参ったな。素人じゃない。とはいっても完全なプロでもない。本当のプロなら子供に重要な情報が入ったビンを先に取られるなんてことはないだろうし。
こういう中途半端なのは何をしでかすか分からないから困るんだよね。
「テディ君。そのビンを私に渡して?」
「う、うん」
私は問題のビンをテディ君から受け取ると男の方を見る。
「これがほしいんだよね?」
「ああ。早くそれを渡せ。そうすれば血は流れない」
「オーケー。じゃあ、受け取って!」
私はそのビンをライオンが展示されている柵の向こうに投げ込んだ。
「なあっ! てめえっ!? 畜生──」
男はビンを追うべきか、私たちを先に始末すべきかで迷った。
「そりゃ!」
その一瞬のスキを突いて私が拳を男の右頬に叩き込む。衝撃を受けた男がよろめくと次は銃を握っている右手に手刀を叩き込み、銃を手放させ、素早く遠くに蹴った。
「ぐう……っ! このクソガキが──」
「子供が楽しんでいる動物園で暴れる方がクソ大人だよ!」
拳を構えて肉弾戦に臨もうとした男の股間を蹴り上げた。男は何とも言えない悲鳴をあげると地面に崩れ落ちる。
「先生。フィルビー大佐と接触したと思われる人間と交戦した。ロッティは?」
『ロッティはそいつを追っていたが、そいつを逃がすために現れた他の仲間を交戦状態に入った。ルーシィ、お前はその男を拘束しろ。増援を突入させる』
「了解!」
私は手錠で男の手足を拘束すると、シエナちゃんとテディ君の方を向いた。
「さあ、アイラさんのところに戻ろう?」
「は、はい」
私は男を放置し、シエナちゃんとテディ君を連れてアイラさんの下へ。
「アイラさん! シエナちゃんとテディ君がいました!」
「ああ! よかった! さっき職員の方が来て、園内に不審者が出たから、子供連れは注意するようにと言われて……。それで、シエナとテディに何かったらと……」
「大丈夫ですよ。不審者もそのうち拘束されると思います」
「そうなのですか? なら、よかったのですが……」
しかし、ロッティは交戦中だとリーヴァイ先生は言っていた。私も支援に当たった方がいいのだろうか?
『ルーシィ。拘束されていた男を回収した。ロッティも無事に男の仲間を拘束した。もう少しでそっちに戻るぞ』
「イエイ」
と、そんなことを心配していたらリーヴァイ先生から連絡が。
オーウェル機関の工作員たちが動いたらしく、動物園内は特に騒動になることもなく、普通に展示が続いた。
「遅くなりました」
そして、30分後ほどでロッティが合流。
「ロッティ。怪我はない?」
「ええ。大丈夫です。しかし……」
「どうしたの?」
「カピバラがあまり見れませんでした……」
ロッティは非常に残念そうにそう告げた。
「今度、また来たらいいよ。私も付き合うよ」
「本当ですか? ありがとうございます。いつにしましょうか?」
「気が早い、気が早い。帰ってからね?」
本当にカピバラが見たかったんだなと私はロッティの様子を見て苦笑い。
それから私たちは引率を続け、子供たちによる動物たちのスケッチを見守り、お弁当の時間になった。
「お弁当ー!」
私はロッティと並んでお弁当箱を開く。
「ロッティ。私の照り焼きチキンをひとつあげるから、そのウィンナーをひとつちょうだい! 交換しよう!」
「このウィンナーって茹でただけですよ?」
「いいの、いいの。交換することに意味があるんだから」
やっぱり友達とお弁当を食べる時はおかずを交換したい。だって、その方がひとりで食べるよりずっと楽しいし。
「ん。美味しいですね」
「ウィンナーも美味しいよ」
「嫌味ですか?」
「いやいや。こういう外で友達と一緒に食べるご飯は美味しいものなんだよ」
私たちがわちゃわちゃやりながらお弁当を食べていると子供たちが寄ってきた。
「お姉ちゃんたちもお弁当?」
「そうだよー。君たちもお弁当?」
「うん。サンドイッチとリンゴ!」
「じゃあ、サンドイッチ交換しない?」
「いいの?」
「いいよ、いいよ。はい!」
子供たちはやはり孤児院にあまりお金がないのか、薄いハム一枚のものであった。私としては子供たちにこそお腹いっぱいになってもらいたい。
「ありがとう、お姉ちゃん!」
「おいしい!」
私のサンドイッチはそれなりに好評な様子で鼻が高い。
「さあ、お昼を食べたら遠足もおしまいだね」
「ええ。私としてもあの男たちの正体が気になります」
「仕事人間だね、ロッティ」
私たちはお昼ご飯を終えると、子供たちを率いて孤児院へと戻った。帰るまでが遠足であり、私たちは最後の帰宅でも迷子が出たり、事故に遭ったりする子がでないように用心して帰り道を進んだ。
「今回はありがとうございました、ルーシィさん、ロッティさん」
「また何かありましたら遠慮なく依頼してください!」
私たちは孤児院でアイラさんから報酬を受け取り帰宅することに。
「またねー! ルーシィお姉ちゃん、ロッティお姉ちゃん!」
「またね!」
子供たちにも別れを告げて、帰途に就く。
「ただいまー」
「戻ったか」
何でも屋『黒猫』の社屋には先にリーヴァイ先生が戻っていた。
「先生。男たちの身元は分かった?」
「ああ。少しばかりその件で面倒なことになっている。長い話になるぞ」
リーヴァイ先生はそう言って私たちにコーヒーを入れてくれた。
「まず、連中は元軍人だった。帝国の人間もいたし、共和国の人間もいた」
「元軍人がああいう風に結託してるってことは、つまりは傭兵?」
「そうだ。傭兵どもだ。アーチャー・インターナショナルという会社の所属だった。この会社は帝国の勅許会社にも雇われた形跡がある」
勅許会社というのはイギリスに存在していた東インド会社みたいな植民地を経営している企業で、正直あまり好きになれない組織のことだ。
それらの会社は他の国の同じ勅許会社と戦争になることもあるので、この帝国にはそんな会社に雇われる傭兵がかなりの数存在する。
あの男たちもそんな傭兵だったらしい。
「このスパイ事件の黒幕が傭兵だとは思えません。彼らは雇われていたのでは?」
「ああ。オーウェル機関もそう睨んでいる。今、ブラックサイトで傭兵たちを尋問中だ。雇い主の名が出れば、今回のスパイ事件の解明に近づく。しかし、だ。これからは時間との勝負になることも確かだ」
「傭兵たちが拘束されたことに雇い主が気づけば、フィルビー大佐のように亡命する可能性もありますね」
「そこで、我々は偽の情報を既に免責と引き換えにこちらに着けた傭兵を使って、雇い主の下に向かうように仕向ける予定だ。フィルビー大佐を囮にした作戦は今も進行中。そういうことになる」
カードゲームで勝つコツは手札を知られないこと。こちらが握っているカードを相手に知られないようにするのは、この手の情報戦の基本だと言っていい。
「まだまだ解決までには時間がかかりそうだね」
「ああ。一朝一夕ではいかないだろう」
警察軍に、共和国に、勅許会社の傭兵たちにと、かなりの陰謀が渦巻いているかのような今回の事件。
果たして解決はいつになることか。
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