動物園へ遠足に
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──動物園へ遠足に
私とロッティは帝都動物園での引率を行う前夜、お弁当作りを始めた。
何でも屋『黒猫』2階のキッチンにて私たちはエプロンを身に着けて並んだ。
「メインはサンドイッチと照り焼きチキンだよ」
「……どうやって作るのですか?」
「ここにレシピ本があるからその通りに作れば大丈夫」
「ううむ……」
過去最高にロッティが困っている。
「ロッティは料理初心者だし、簡単なレシピにする?」
「ぜひそうさせてください」
というわけで、私とロッティはそれぞれ別の献立のお弁当を作った。
「できたー!」
私が作ったのはBLTサンドと照り焼きチキンをメインに、卵焼きとポテトサラダ、野菜のグリルを加えたものだ。ボリュームたっぷりに作ってある。
「で、できました」
ロッティが作ったのはちょっとボロボロのハムサンドとシンプルに茹でたのみウィンナーをメインにして、卵焼きが失敗してスクランブルエッグになったものと野菜を切って完成の野菜スティックだ。デザートなのかバナナがそのまま添えてある。
「ロッティのも美味しそうだね。お昼になったらいろいろ交換しよう!」
「私にも料理の技術があればよかったのですが」
「これから養っていけばいいさ」
ロッティが私の方のお弁当を見て唸るのに私は笑顔でそう返した。
そして、翌朝となったときだ。
「ルーシィ、ロッティ。オーウェル機関から任務だ」
「ええー!? そんなー!」
リーヴァイ先生が申し訳なさそうに言うのに私たちは思わず声を上げた。
「すまん。事情は説明したが、納得はしてもらえなかった。今回の任務は急ぎのそれであるため俺から説明する」
リーヴァイ先生はそう言ってブリーフィングを始めた。
「まず、フィルビー大佐の身辺をいくら洗っても、スパイの主犯は捕まりそうにない。よってフィルビー大佐に偽の情報を持たせて、スパイとの接触の場を作り、それによって主犯を特定することを決定した」
「まあ、無難なやり方だけど接触方法は?」
「デッド・ドロップだとフィルビー大佐は言っている」
デッド・ドロップ。スパイが情報を交換する際に、情報を直接渡すのではなく、ある場所に置いてから立ち去り、後から来た仲間が回収することで交換する。そのような方法を指す名称だ。
「そのデッド・ドロップの場所なのだが……」
「どこなの?」
「帝都動物園だ」
「わー! 本当に!?」
まさかここで帝都動物園が被るとは。びっくりである。
「ああ。本当だ。だから、お前たちがどうしても『黒猫』の仕事をしたければ、オーウェル機関の任務を優先すると約束してくれる限り、やってもらって構わない。こういう事情だから俺も援護に当たる」
「うんうん。ちょうどいいよね。どっちの仕事も帝都動物園で片付くわけだしさ。いやあ、ラッキー!」
リーヴァイ先生が許可してくれて嬉しいよ。
「いや。オーウェル機関の任務に専念すべきでは? 子供を引率しては隠密行動など望みようもありません。両方ともこなすのは不可能ではないでしょうか?」
「でも、引き受けた仕事を投げ出したくはないよ」
「重要性はオーウェル機関の任務の方が上です」
私にとってはスパイを見つけることも孤児院の子供たちが喜べるようにすることも、同じくらい大事なのだが、それをどうロッティに説明すればいいのか。
「安心しろ。お前たちの任務は狙っているスパイが現れた際の確保だけだ。尾行などの隠密行動は求められていないし、取引場所の見張りは俺でやっておくから、ぎりぎりまで『黒猫』の仕事をしてていいぞ」
「ありがとう、先生!」
「お前たちが今回の仕事を楽しみにしていたのは知っていたからな」
リーヴァイ先生にも私たちがお弁当を作って、今回の動物園引率の仕事を楽しみにしていたことが伝わっていたらしい。
「本当にいいのでしょうか……? 本当にオーウェル機関の任務に支障が出なければいいのですが……」
「いざってときは私と先生でオーウェル機関の方はやっておくから、ロッティは引率の方を頼むよ。基本、この手の情報交換でドンパチになることはないし」
「それはダメです。私ひとりでは子供相手は難しいです。引率の方はルーシィが担当してください」
「それだとカピバラ、見られないよ?」
「別に無理に今回見なくてもまた行けばいいですから。帝都動物園は逃げたり、倒産したりしないはずです」
「分かった。ロッティがそれでいいなら、そうしよう」
ロッティがそこまで言うのであれば私としても拒否する理由はない。
「なら、そろそろアイラさんと合流する時間だし、行こうか?」
「はい」
私たちはお弁当を持ってアイラさんの勤務する孤児院を訪れた。
「よく来てくださいました。今日はよろしくお願いします」
「いえいえ。こちらこそよろしくお願いします」
アイラさんが丁寧に挨拶をするのに私たちも挨拶を返す。
「みんな、今日の動物園見学の引率をしてくださるルーシィさんとロッティさんですよ。さあ、みんなで挨拶をして」
「よろしくお願いしまーす!」
全員で14名の子供たちが一斉に私たちに挨拶してくれた。
「みんな、よろしくね! 今日はいっぱい楽しもう!」
「はい!」
子供たちは満面の笑顔だ。今日という日が楽しみだったに違いない。
うんうん。やっぱりこうして喜ばれる仕事はいいね。
「では、そろそろ」
「ええ。向かいましょう」
孤児院から帝都動物園までは徒歩である。そこまで時間がかかるわけでもないし、それにこの帝都にはまだ電車やバスはない。
「ロッティは後方に回って。はぐれる子がいないようにね」
「了解です」
私たちはまるでカルガモ親子のように子供たちをぞろぞろと引き連れて、帝都動物園へと向かう。人口密集地である帝都を10人以上の好奇心が強い子供たちを連れて進むのはとっても大変だ!
それでもやりがいのある仕事なのは間違いない。子供たちは本当に楽しみにしていたらしく、どの子も笑顔だ。
また動物園ではスケッチを行うことになっており、そのためのスケッチブックとクレヨンを子供たちは持っている。一番年下の3歳の男の子は年長の子に大きなスケッチブックを代わりに持ってもらっていた。
それからお弁当。皆、それぞれお弁当箱を抱えていた。お昼過ぎまで動物園にはいるスケジュールになっている。
「ちゃんとついて来てねー!」
14名の子供たちを3名で面倒みるのはなかなか大変だ。しかし、年長の子供たちが手伝ってくれるので、不可能ではない。
年長の子はマックス君とシエナちゃん。このふたりが他の小さな子などに気を配ってくれている。とてもありがたい限りだ。
「そっちじゃないよ。お姉さんたちについていくの!」
「はーい」
ついつい好奇心から他の方向に行きたがる子をマックス君とシエナちゃんが引き戻してくれる。帝都はいろいろなものがあるからしょうがないかもしれないが。
「いい子たちですね、アイラさん」
「ええ。みんな、とてもいい子です。普段はあまり好奇心を満たせるようなことができていませんでしたから、今回の動物園への遠足はどうしても成功させたかったのです」
「私も孤児だったので気持ちは分かります」
「ルーシィさんも孤児だったのですか?」
「ええ。この名前は育ての親に貰ったものです」
「そうだったのですか……。この子たちにもルーシィさんのように立派に育ってもらいたいです」
私の孤児だったときの、つまりは幼少期の記憶はちゃんとある。転生者としての記憶が目覚めるまでの記憶もしっかりと覚えている。
あまりいい記憶ではないので、思い出したくはない。
「ルーシィ。そろそろ到着ですよ」
「うん。みんなー! もう少しだからちゃんとついて来てねー!」
ロッティがそう言い、私が子供たちに向けて大きな声で告げる。
そして、ついに帝都動物園が見えてきた!
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