少しばかりの休暇
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──少しばかりの休暇
オーウェル機関はあれからフィルビー大佐の近辺を調べているが、未だにこれといって決定的な証拠が出て来たとは聞かない。
「まだしばらくかかるみたいだね」
「どうしましょうか? 模擬戦をするという選択肢もありますが」
「ノー!」
私は模擬戦はしたくないの。
「先生ー。『黒猫』の仕事、何か入っていなーい?」
「ああ。いくつかあるぞ。書類棚を見てみろ」
「了解」
私は何でも屋『黒猫』に寄せられた以来の数々を眺める。
「あ。これ、面白そう!」
「何ですか?」
「孤児院の子供たちが帝都動物園に行くから、その引率だって!」
今回の依頼はこのウェスト・ビギンにある孤児院で暮らす子供たちを帝都動物園に連れていき、案内するという引率の仕事だった。
「まだ妙な仕事を。意味があるんですか?」
「あるよ。だって、私たちだって動物園に行きたいときがあったでしょ?」
今はこうして恵まれた生活をしているが、ルーシィ・カニンガムとしての私は孤児だった。孤児となっていたところを拾われ、オーウェル機関の養成機関で暗殺者に育てられた。
でも、養成機関は普通の学校のように動物園や博物館に行って、科学や歴史を知って、それに思いをはせることによって心を豊かにしてくれる機会は与えてくれない。
いや、孤児となってしまった時点でそんな恵まれた生活を夢を見るのはやめるべきだとすらいう価値観を押し付けられている。私としてはそんな矮小で、ケチな価値観は否定されるべきだと思っているけどね。
「それは……」
「動物園は孤児たちだけじゃなくて、私たちも楽しめるよ。ね、この仕事を受けよう、ロッティ?」
私と同じ境遇であるロッティなら分かってくれる。そのはずだ。
「はあ。分かりました。引き受けましょう。しかし、オーウェル機関の任務が入ったら、すぐにそちらに切り替えますよ」
「オーケー!」
というわけで、私たちは引率の仕事を受けることに。
「リーヴァイ先生。私たちはこの仕事を受けてくるよ」
「ああ。気を付けてな」
リーヴァイ先生に承諾を得て、私たちはウェスト・ビギン地区の孤児院がある場所へと歩いて向かった。
孤児院は慈善家が運営しているもので、よくある宗教色がついたものではなく、純粋な慈善事業のそれであった。
「もしもーし! 何でも屋『黒猫』でーす!」
「今行きます!」
私が孤児院の扉をノックして告げるとどたどたと足音が聞こえてきた。
「ああ! ようこそ、『黒猫』の方。依頼を受けていただけるとか」
そう言って顔を出したのはエプロン姿の保育士さんのような恰好をした40代後半ほどの女性であった。全体的に丸っこく、優しそうな雰囲気がしていた。
「はい。子供たちの帝都動物園への引率の件ですよね?」
「その通りです。中へどうぞ。散らかっていますが……」
私は孤児院の人に案内されて、応接間に通された。
「紹介が遅れました。私はアイラ・ジョンソン。この孤児院で子供たちを世話しているものです。どうぞよろしくお願いします」
「私はルーシィで、こっちはロッティです。こちらこそよろしくお願いします」
まずは挨拶から始まる。
「帝都動物園への子供たちの引率ですよね。具体的な内容を聞かせていただいてもよろしいでしょうか?」
「はい。遠足で帝都動物園に行くことになりまして。スケジュールでは4日後で、準備もしてきたのですが、同僚がひとり風邪をひいてしまって」
「ああ。その穴埋めですね」
「その通りです。子供たちの数は14名で、下は3歳で上は11歳です。いつもは聞き分けのいい素直な子供たちなのですが、動物園という場所でははしゃいでしまうだろうと危惧しています」
申し訳なさそうにアイラさんはそう事情を述べた。
「私たちにお任せを。迷子も出さずにしっかり引率を支援して見せますよ」
「ありがとうございます。では子供たちに予定通り動物園に行けることを伝えてきますね。きっとみんな喜ぶと思います。1ヶ月前から子供たちはずっとずっと楽しみにしていたぐらいですから」
「何よりですね!」
私たちはそれからアイラさんと予定を詰めたのちに『黒猫』の社屋に帰宅。帰宅すると同時に私は書類棚などをあさり始めた。
「あれー? ここに帝都動物園のパンフレット、置いてなかったっけ?」
「知らんぞ。必要なのか?」
「下見の代わりに読んでおこうと思って」
私は帝都動物園のパンフレットを以前行った時にもらってきたのだが、それがどこかに行ってしまったのだ。どこだー?
「あ、ルーシィ。これを探していました?」
「おお。ロッティが持ってたのか」
ロッティが帝都動物園のパンフレットを持って姿を見せた。
「すみません。帝都動物園がどういう場所なのか把握したかったので」
「ロッティは帝都動物園は初めて?」
「動物園も博物館も、そういうところには行ったことはありません」
「そっか。じゃあ楽しみにしてなくちゃね!」
ロッティも楽しめるように頑張らないと。
「子供たちの世話をしながら見て回るのは大変だと思いますが」
「一緒に楽しめばいいだけだよ。私たちだって大人とは言い難い子供だし、ね?」
「そういうものでしょうか。まあ、できれば見て回りたいですが……」
ちょっと前までは全然乗り気じゃなかったロッティが何やら少しばかりそわそわしている。これは本当に興味が出て来たみたいだね!
「ロッティはどの動物を楽しみにしているんだい?」
「特に気になる動物などいません」
「そんなことはないでしょ。私はやっぱり百獣の王ライオンかな」
ライオンも檻の中にいれば可愛くて大きいネコだ。その鳴き声と巨体に似合わぬネコっぽい動作には萌えるってものだよ。
「私は……その……カピバラが……」
「おおー。カピバラか。うんうん。カピバラも可愛いよね。ゆるキャラみたいなゆるさがあって、どうにも癒されてしまう子だ」
ロッティがおずおずと言うのに私が大きく頷いた。
「帝都動物園にはいろいろな生き物がいるし、新しい推しの動物も見つかるかも。引率もこなしながら最大限楽しんでいこう」
「はい」
そんな童心に帰ったわくわく感を隠しきれない日々を過ごしながら、4日後の予定日が近づく中、私たちは何の用事か不明だが孤児院のアイラさんから連絡を受けて、またしても孤児院に向かうことに。
「どうかなされましたか、アイラさん?」
「それが別の同僚も既に風邪を引いていた子の看病をしていたら、風邪を引いてしまって……。そちらのへ負担が大きくなりますが、それでも可能でしょうか?」
「大丈夫ですよ。任せてください」
「ありがとうございます。本当にありがとうございます。子供たちはずっと遠足を楽しみにしていましたから、がっかりさせたくはなかったのです」
アイラさんは気の毒になるほど謝って、感謝してと大変そうだった。
「私たち2名とアイラさんだけになりますが、大丈夫なのでしょうか?」
「そこは私たちの頑張り次第だよ、ロッティ。少なくとも今回は誰かを撃ったり、斬ったりする必要はないね」
「それは確かにその通りです。リスクという面では低いですね」
「そうだ! 私たちでお弁当も作っていこう。お昼も動物園で過ごすみたいだから」
「私は料理をしたことがありません」
「私がやり方を教えてあげるから。楽しみなってきたー!」
「テンション上がりすぎですよ、ルーシィ」
これでテンションが上がらない方が変な話って物だよ。
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