グランドホテルの戦い
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──グランドホテルの戦い
「大使館の方は完全に空振りだ。誰も来ていないと言っている」
「やっぱりハイブリッジ地区か。問題はそこのどこかだけど」
共和国大使館へ逃げ込むことは阻止しているものの、フィルビー大佐は大使館ではなく、別の目的地に向かっている。
「共和国の大使館員はオーウェル機関でも監視しているのでは?」
「流石に常にはしていないぞ。こちらとしても監視していることが相手に発覚すれば、いろいろと面倒なことになる」
「そうでしたか……」
共和国の大使館員の誰かが、フィルビー大佐の亡命申請を受け付ければ、その時点で亡命は半ば成立しちゃう。亡命申請を受理された人間を逮捕するのは、共和国との関係悪化となるからだ。
「グランドホテルだと思う」
そこで私がそう推測した。
「グランドホテル? どうしてだ?」
「まず外交官の多くが利用するホテルであること。だから、共和国の大使館員がいても不自然に思われない。後は勘だよ。他にもいろいろとホテルはあるけれど、多分グランドホテルだって私の直感が言っている」
無茶苦茶だと思うかもしれないが、今は勘にでも頼らないと。
「分かった。グランドホテルに向かうぞ」
「待ってください! 勘なんて適当なもので動いていいんですか!?」
リーヴァイ先生は馬車をグランドホテルの方向に向け、ロッティはそう叫ぶ。
「他に手がなければね。ここで確かな情報が入るまで、ただ待ってたら亡命は成立するよ。それは不味いでしょう?」
「それは確かにそうですが……」
「大丈夫。私の勘はよく当たるから!」
私はそうロッティに言って、安心させようとしたが、ロッティは勘に頼って行動することに不安を抱いているようだった。
ハイブリッジ地区の混む道路を進み、私たちは引き続きフィルビー大佐を追う。しかし、道路が本当に混んでいてなかなか距離が詰められない。
「ルーシィ。またしてもお前の勘は当たったかもしれない。問題の馬車はグランドホテルに向かっているぞ。これなら間に合うかもな」
「よしっ!」
私の勘は本当によく当たるのだ。
私たちを乗せた馬車は可能な限り急いでグランドホテルに向かった。グランドホテルはハイブリッジ地区の東側に位置しており、そこまでの道路はどこも混雑している。
「ここから先は歩いて向かうよ! 先生は後で合流して!」
「分かった。応援もこっちに呼んでおく!」
「ありがと!」
私とロッティは馬車を飛び出ると、グランドホテルに向けて徒歩で進む。人混みをかき分け、私たちは通りを急ぎ、そして──。
「見えた。あれがグランドホテルだよ」
グランドホテルは最近改装されたホテルで宮殿や城のような荘厳さのある建物に生まれ変わっていた。以前紹介したパレス・オブ・インペリアルシティと並んで帝都を代表する高級ホテルである。
「フィルビー大佐はここのどこに……」
「受付で聞いてくる!」
私はグランドホテルの受付カウンターに向かった。
「何か御用でしょうか?」
「すみません。共和国の大使館員の方にお届け物があるのですが……」
「しばらくお待ちください」
受付の職員の人が宿泊者リストを調べ始めた。分厚い宿泊者名簿を捲り、目を通していくのを私は待つ。
「1510号室になります」
「ども!」
私は受付職員の人にお礼を言うと魔術で稼働するエレベーターに向かった。
「このままここで阻止するのですか?」
「そうだよ。他にもう手はない!」
「了解です」
私たちはエレベーターで15階を目指す。エレベーターはそれなりの速度で15回に向けて登っていった。
『ルーシィ。応援に呼んだオーウェル機関と警察軍の部隊が間もなく到着する。だが、その前に亡命が成立すると手が出せなくなる。急いでくれ』
「分かってる、先生。急ぐよ!」
ベルが鳴って15階に到着したことが知らされる。私は刻印で生み出したコルト・ガバメントてを手にエレベーターから飛び出し、ロッティが援護する。
周囲を素早く確認したが、この時点ではまだ敵はいない。
「1510号室に急ごう! でも、誰も殺さないようにね!」
「努力はしますが……」
相手が誰であっても殺したら後味が悪い。殺してしまえばその前に戻すことは決してできないのだから。
そう、死んだ人は生き返らない。
私たちは1510号室に向けて走る。高級そうなカーペットの上を駆け、クリアリングしながら角を曲がり、全力で1510号室に向かった。
「見えた。1510号室!」
「敵がいますよ、ルーシィ!」
「分かってる。制圧するよ!」
1510号室の前には先込め式ピストルで武装した男が2名。
「貴様ら! 何をして──」
「悪いね、おじさんたち! 通らせてもらうよ!」
男たちが私たちが向かってくるのに気付いて銃口を向けようとしたのに、私がゴム弾を叩き込んで制圧。ゴム弾を食らった男たちは地面に崩れ落ち、私は彼らが装備していたピストルを遠くに蹴り飛ばした。
「私が突入します。援護を、ルーシィ」
「オーケー。任せて!」
ロッティが突入位置に就き、私はそれを援護するポジションに就く。
「3カウント」
「3──2──1──ゴー!」
ロッティが刀でドアのカギを破壊し、扉を蹴り破って突入。私も素早くロッティを援護できる位置に向けて部屋の中に駆け込んだ。
「お、お前たちは……っ!?」
「こいつらはさっきの!」
私たちの顔を覚えていたフィルビー大佐と他数名が声を上げる。
他にも部屋の中にはスーツ姿の男たちがざっと15名はいて、そのうち8割ほどが武装していた。彼らは私たちの姿を見ると慌てて装備していた先込め式ピストルやサーベルを構えようとする。
「切断」
しかし、彼らが行動を起こす暇を与えず、ロッティが彼らの武装を全て切断して破壊した。何名かはすぐに態勢を整えなおしてナイフなどを抜き応戦しようとするも、ほとんどは腰を抜かしていた。
「武装」
そこに私が新しい武器を構えて、戦闘態勢に。
その武器はMk48軽機関銃だ。口径7.62ミリNATO弾を使用するアメリカ特殊作戦軍採用の機関銃である。もちろん私が使うのはゴム弾になっている。
その銃口が男たちに向けられ、私は横に薙ぐようにして機関銃を掃射した。
「うわ──!」
「クソ! なんだこれは!?」
けたたましい銃声とともに部屋にいた男たちがノックアウトされ、地面に倒れてく。フィルビー大佐と武装していなかった数名の男たちは地面に伏せて叫んでいた。
「制圧完了!」
「目標を確保」
私は全てが破壊された部屋を見渡して宣言し、ロッティはフィルビー大佐の首筋に刃を向けて宣言した。
「アレン・フィルビー大佐。国家保衛局の内部情報を窃盗してウラジミール・パブロフに売ったね? 証拠はほとんど揃っているよ。こうしてあなたがここにいる時点で、その容疑は確定したようなものだし」
「ふ、ふん。私はもはや帝国の法による追及を受ける立場にない。私は今や共和国市民なのであるからにしてな!」
「おっと。そのパターンは読めているよ」
私たちが突入するまでにフィルビー大佐が亡命手続きを終えているのは考えていたとも。だが、まだ間に合うのだ。
「これが書類ですね」
ロッティが亡命に関する書類を見つけ、私に差し出す。
これは警察軍の正規部隊の目に留まれば、フィルビー大佐の逮捕を阻止するものになっただろう。警察軍が相手ならばここにいる共和国大使館員も外交特権を主張し、他者に害されることなくフィルビー大佐を共和国に連れ帰れただろうから。
だが、私たちは存在が認められていない秘密情報機関のエージェントだ!
「これをぽいっと!」
「ああー! 貴様、何たることを!」
私が書類をびりびりに引き裂くと燃える暖炉の中に放り込んだ。書類はフィルビー大佐の悲鳴をとともに燃えていった。
「さあ、保険はなくなったし、既にこっちには警察軍が向かっている。正直に認めた方がいいよ。そうすれば私たちであなたを保護することもできる」
「……命の保証という意味か?」
「もちろん。誰かに殺させたりはしない」
フィルビー大佐は暫く逡巡したのちに肩を落とした。
「分かった。協力する」
「オーケー。じゃあ、撤退だ!」
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