何でも屋『黒猫』
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──何でも屋『黒猫』
私は帝都の下町たるウェスト・ビギンの、その一角にある古風な建物に入った。
その建物の看板にはこうある。
『何でも屋『黒猫』。失せ物探しから防犯指導まで何でもやります!』
本当に世の中をよくしたければ、銃を振り回す以外のこともやるべきだと思って作った会社だ。もっとも正確に言えば作ったのは私じゃないけれど。この店もオーウェル機関の所有物だし。
「ただいまです」
私は扉を開いて中に入る。
「おう。お帰りだ。アレックスには絞られたか?」
そう言って私を出迎えてくれるのは、あのキングス&クイーンズ・パークの馬車で私を回収してくれた初老の男性。
今はスーツではなく、ややカジュアルな格好をしていて、その大きな手にはコーヒーの入ったマグカップだ。
名をリーヴァイ・ベアリングという。この人は私の上官であり、教官であり、何でも屋『黒猫』の社長だ。そして、恐らくはオーウェル機関人間で、私の不殺の信条を理解してくれている、唯一の人である。
「ええ。もう随分と怒られたよ。抗命罪は銃殺にするぞー! とか。結果は出しているだけどね。どうも気に入らないみたい」
「ははっ。抗命罪で銃殺か。アレックスらしいな」
私がうんざりしたように語るのに、リーヴァイ先生が笑う。
「実際のところ、アレックス機関長は海軍時代に本当に命令に従わなかった兵士の銃殺を命令したりしたのかな?」
「分からん。だが、部下に抗命されるような士官は出世しないし、アレックスは海軍では出世してた方だ。だから、オーウェル機関の機関長をやっている。ルーシィ、お前もコーヒー、飲むか?」
「お願いします」
何でも屋『黒猫』の建物は以下のようになっている。
まず受付のカウンターがあり、その奥に私たちのオフィス。それから受付の右手に接客用の部屋がある。左手にはトイレ、それから2階と地下への階段だ。
地下は物置兼シェルターになっていて、2階は住居となっている。
私とリーヴァイ先生はこの建物で暮らしていた。
「ほれ、コーヒー。熱いから気を付けろよ」
「了解」
帝国の人間はどちらかというと紅茶派だ。だが、私とリーヴァイ先生はコーヒー派。紅茶も嫌いじゃないんだけどね。
「先生。新しい依頼、来てる?」
「もう次の仕事か? オーウェル機関からはお前は暫く休暇だと聞いてるぞ」
「オーウェル機関の仕事は休み。だけど、何でも屋『黒猫』の仕事はするよ」
「そうか。なら、いくつか依頼が来ている。見ておくといい」
何でも屋『黒猫』は知る人ぞ知る優良企業だ。仕事はそこそこある。開業以来、黒字になったことはないけれども。
と、ここで扉が開く音がし、私とリーヴァイ先生が扉の方を向く。
「こんにちは。あなたがルーシィ・カニンガムさんですか?」
現れたのは黒髪を短くショートボブにした少女だ。その小柄な体を包んでいるのは、体にフィットした黒いパンツスーツ。
「おお? もしかして、私の相棒になる子?」
「はい。アレックス機関長より指示されてきました。ロッティ・ハワードです。確認してください」
「ロッティー! 可愛い名前だね!」
「はあ……」
その女の子、ロッティは戸惑ったように首を傾げていた。
「確認した。着任ご苦労、ロッティ・ハワード。しかし、早かったな?」
「命令は可能な限り迅速に遂行すべきですから」
「とは言え、今はやることはない。ルーシィは今現在懲罰的な休暇を取らされている」
ロッティはどうやら生真面目な子らしい。
「では、私が単独で任務を」
「ダメダメ! 私の相棒なんだから、私と行動しないとダメだよ。何かあった時に相棒がいるかどうかは重要だからね?」
「しかし、あなたはこれまで単独で行動していたとアレックス機関長から聞いています。それならば私もまた」
「私はこれまでずっと相棒なしで、ひとりだったから。けど、これまで君はずっとひとりでやってきたの?」
「……いえ。相棒がいました、一応……」
「なら、一緒に行動しよう。やることがないわけではないよ」
ロッティが暗い顔をしたので、私は慌てて依頼のリストを開いた。相棒が着任初日にやることがないというのも辛いのだろうと思ったのだ。
「この仕事をやろう!」
「……何ですか、それ?」
「えっとね。『下着泥棒が連続しています。捕まえてください』だって」
「は……?」
私が依頼の中身を読み上げるのに、ロッティは目を丸くしていた。
「ああ。これはオーウェル機関の仕事じゃないよ。この何でも屋『黒猫』の仕事だから。だから、暗殺以外の仕事ばかりだけど、別に問題ないよね」
「いや。この会社はオーウェル機関のペーパーカンパニーではないのですか?」
「失礼な。ちゃんとした会社だよ。帝都の民衆に寄りそう、何でも屋『黒猫』。帝都の困りごとに何でも対応いたしますってね」
どうにも困惑しているロッティのために私が何でも屋『黒猫』のモットーを告げる。
「それはオーウェル機関とどういう関係が……」
「オーウェル機関は帝国を守りたい。何でも屋『黒猫』は帝国をよくしたい。別にふたつに組織は矛盾した目標をかがげているわけじゃない。武器や刻印を振り回して、ドンパチやることだけが帝国のためでもないと思うんだよね」
オーウェル機関の『帝国を守る』という目的の中に、何でも屋『黒猫』の『帝国をよくしたい』という目的は含まれる。だから、私たちが何でも屋『黒猫』で働くことはオーウェル機関の利益にもなる。
リーヴァイ先生はそう説得して、この何でも屋『黒猫』を設立したそうだ。
「分かりました。オーウェル機関において先任は私ではなく、あなたです。あなたの命令に従います」
「うんうん。でも、私は休暇中だから、命令じゃなくてお願いだと思っておいて!」
「お願い、ですか?」
「そ。これ君に借りを作ったわけだから、いつか返すよ」
「は、はあ……」
私がウィンクして言うのに、ロッティは生返事だ。
「では、まずは依頼主に会おう。先生、この依頼を受けるよ」
「分かった。これが資料だ。失くさないようにな」
「了解」
リーヴァイ先生から今回の仕事に関する資料を受け取って、フォルダの中に収められている資料に目を通す。
「依頼主はイースト・リバーサイドだって。行こうか?」
「何か準備は?」
「まずは仕事の内容を聞かないと。それからだね」
「了解です。向かいましょう」
最初は乗り気じゃないかと思ったロッティだけど、やる気になってくれたみたいだ。
「じゃあ、よろしくね、ロッティ。一緒に世直しといこう!」
「世直し?」
「そう、帝国をよりよくするんだよ」
私はそう言って資料をリーヴァイ先生に返すと何でも屋『黒猫』の社屋を出た。
「でも、下着泥棒を捕まえるだけですよね?」
「ロッティは下着泥棒に下着盗まれても平気?」
「そ、そんなことは」
「でしょ。警察軍はこういうことにはあまり対応してくれないしね。だから、誰かがこういう仕事をやらなければいけない。小さなことからコツコツと世の中をよくしていくことも必要じゃないかな?」
オーウェル機関が帝国の敵を排除するのも、帝国をよくするためだしと私。
「そうかも、しれませんが……」
ロッティはやはりまだいまいち乗り気じゃないようだ。
「やっているうちに楽しくなるよ。私が約束する。きっとロッティもこの仕事を気に入るってね。さ、こっちだよ」
「はあ」
私は生返事を繰り返すロッティを連れて帝都を移動する。
帝国。世界人口の3分の1を統治するこの巨大な帝国は、女帝シャーロットの治世においても華やかな発展を見せていた。
帝都には様々な人種が暮らし、世界最大の都市として繁栄している。
私はこの街が好きだ。
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