亡命阻止
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──亡命阻止
エルシー姉さんから連絡があったのは、仕事を依頼してから4日後のことだった。
私とロッティはノーザン・ドック地区にいるエルシー姉さんのところを訪れた。
「動きがあったよ」
エルシー姉さんはそう告げる。
「国家保衛局の友人によれば、例の情報漏洩について調査が行われているという具体的な情報が流れたと同時に不審な行動を取った国家保衛局勤務の警察軍将校がいたらしい。そいつが犯人である可能性はある」
「オーケー。それは誰?」
「アレン・フィルビー警察軍大佐。国家保衛局第4部に所属していて、例の流出した情報に触れる機会がある人間でもある。そいつがここ数日無断欠勤している、とさ」
「欠勤ね。逃げる準備してるのかな」
「だろうね。押さえてきた方がいいよ。逃げられると大変なことになる」
「了解。そのフィルビー大佐の情報をちょうだい。あと、質問だけど国家保衛局ももう動いてるの?」
「これがフィルビー大佐の情報。国家保衛局はまだ動いてないよ。とは言え、近いうちにアレックス機関長から国家保衛局に向けて連絡はあるだろうがね。あたしはアレックス機関長にも報告してるから」
そう言ってエルシー姉さんは私たちにひとつの便箋を渡した。中にはフィルビー大佐の個人情報が詰まっている。
「了解。フィルビー大佐の自宅はイースト・リバーサイド地区。ありがとう、エルシー姉さん。助かったよ!」
「じゃあ、行っておいで。逃がさないようにね」
エルシー姉さんにそう言われて見送られ、私たちはまずは馬車で待っているリーヴァイ先生と合流。ユニバーサル貿易のロゴが入った馬車に私とロッティが乗り込む。
「先生。犯人が特定できたかも。これからアレン・フィルビー大佐の家に向かおう。急がないと逃げるかもしれないってエルシー姉さんが」
「分かった。飛ばすぞ」
リーヴァイ先生は馬車を走らせ、イースト・リバーサイド地区を目指す。
馬車の外の街並みが流れるように高速で過ぎていき、リーヴァイ先生が操る馬車はイースト・リバーサイド地区に入った。
「住所はここだよ、先生」
「万が一に備えて応援を要請しておく。行ってこい」
「了解!」
私とロッティは馬車から飛び降り、フィルビー大佐の家に向かう。
「おっとと! あれは……」
「どう見ても一般市民には見えませんね」
私とロッティの前には数台の馬車とマスケット銃で武装したスーツ姿の男たちがいた。油断なく周囲を見張る彼らはフィルビー大佐の家の玄関前におり、そこにフィルビー大佐と思しき男性が玄関から出て来た。
「アレン・フィルビー大佐! 待ってください!」
「何だっ!?」
私が叫ぶのにフィルビー大佐が驚いた表情で私たちの方を見る。
「クソ。あれは国家保衛局の連中か、大佐?」
「分からん。だが、もう帝都に留まるわけにはいかないのは同じことだ」
「乗れ。あいつらはこちらで始末する」
フィルビー大佐は馬車に乗り込み、その馬車が走り出した。
「連中を始末しろ。それから続くぞ!」
「了解」
マスケット銃の種類は共和国陸軍が採用していた旧式のGew1777だ。口径18ミリで帝国陸軍のエンフォーサー小銃より大口径である。
「ここは任せてください、ルーシィ」
「オーケー。頼むよ!」
「切断」
ロッティの右手に刻印が浮かび、ロッティは同時に現れた刀を手にそれを振るう。
「うわっ!」
その刀から放たれた見えない斬撃によってGew1777小銃の銃身が切断され、弾丸は明後日の方向に飛んだ。
「ばっちりだよ、ロッティ!」
私は一気に地面を蹴って逃げようとするフィルビー大佐を追おうとした。今ならまだ間に合うはず!
「行かせるな! 阻止しろ!」
しかし、男たちは新たに先込め式のピストルを手にし、私たちに向けて構える。
「訓練されてるねー。素人じゃないってことは……」
私の右手が光り、刻印によってコルト・ガバメントが召喚される。その銃口を男たちに向けたと同時に男たちが発砲。しかし、銃弾は私を捉えることなく、明後日の方向へと飛んで行った。
「お返しだよ!」
私は先ほどの銃撃のお礼にゴム弾を男たちに叩き込んだ。フロントサイトとリアサイトに敵を捉え、躊躇わずに引き金を引く。
相手がどう動くのかは分かる。それは養成機関で叩き込まれた技術であったし、私がずっと持っていた才能でもあった。
「ぐわ──っ!」
「畜生──っ!」
ひとり、またひとりとゴム弾を前に倒れ、残った男たちは馬車の陰に隠れた。そこから銃を出して私たちを狙おうという魂胆だろう。
「ロッティ! 馬車を切って! 馬まで切らないようにね!」
「了解です」
ここでロッティがさらに見えない斬撃で馬車を横一閃に切断し、隠れていた男たちから遮蔽物を奪い取った。
「何……っ!」
「不味いぞ!」
遮蔽物を失った男たちが混乱しながら、どうしようかと周囲を探る。だが、他に有効な遮蔽物は見当たらない。
「ナイス、ロッティ」
そしてトドメに私が生き残っている男たちにゴム弾をプレゼント。男たちはほとんど何もできないままに壊滅したのだった。
「クリア。だけど、不味いよ。フィルビー大佐に逃げられた」
「不味いですね。しかし、ここにいる男たちはどこの人間なのでしょうか?」
「武器は共和国陸軍のそれだったけど、はてさて」
私は気絶している男たちの身下を特定できるものを探した。
「見て。共和国のパスポートだよ。こいつらは共和国の人間だ」
「となると、まさかフィルビー大佐は亡命を?」
「可能性としてはあり得るね」
このタイミングでフィルビー大佐が海外勢力と接触するのは、もはや亡命目的しかありえなかった。フィルビー大佐は盗んだ国家保衛局の情報を手土産に共和国に亡命するつもりだ。
「ルーシィ、ロッティ。目標は逃げたようだな……」
ここでリーヴァイ先生が馬車でやってきた。
「でも、逃げた先は分かるよ。先回りして封鎖しよう」
「分かった。応援をそちらに回す。やつはどこに行くと?」
リーヴァイ先生は私にそう尋ねる。
「共和国大使館だよ」
亡命するならば大使館に逃げ込む可能性は極めて高い。帝都から共和国の国境まではそれなりに距離があるので、何の保証もないままに直接共和国に逃げ込むのは考えられないのである。
「狙いは亡命か。分かった。人員を配置しておく。俺たちも大使館に向かうか?」
「いいや。私たちは万が一に備えてフィルビー大佐を直接追おう。先生、逃げた馬車の特徴を今から説明するので、そいつを追って」
「了解だ」
「まず──」
私は逃げた馬車について詳細をリーヴァイ先生に告げた。
「オーケー。把握した。探すぞ」
ここでリーヴァイ先生の刻印が発動する。
リーヴァイ先生の刻印は千里眼だ。それは空から俯瞰するように近辺を見張るものであり、私のいた地球で言うドローンや偵察衛星に似たものである。
リーヴァイ先生は任務中はこの千里眼で私たちを支援してくれている。これがあればそう簡単に逃げ切られることはないだろう。
「見つけた。大使館方面に向かっているようにも見えるが……。まあ、いい。乗るんだ。追いかけるぞ。お土産を持たせて亡命させるわけにはいかん」
「だね。急ごう!」
私たちはフィルビー大佐を追って帝都を駆け抜ける。
この時点で既にリーヴァイ先生の応援要請を受けた警察軍とオーウェル機関の両組織の作戦要員たちが共和国大使館周辺を封鎖し、フィルビー大佐が大使館に逃げ込むことを阻止していた。
「大使館周辺は封鎖した。逃げ込むことはできんだろう」
「だとしても、共和国大使が亡命申請を受け入れた場合、どこであっても亡命は成立します。目指す先が大使館だとは限りません」
「ああ。馬車も大使館方面から逸れた。別の方向に向かっている。これは……ハイブリッジ地区か。その方向に入った」
共和国大使館はサウスヒル地区に存在しているが、馬車はその方向ではなくハイブリッジ地区に向けて進んでいるのが確認できた。
「ロッティの読みは当たりかもね。大使館に向かわず、ハイブリッジ地区のどこかで亡命手続きを済ませて、そのまま共和国へ逃げ込む、と」
「そうなるとオーウェル機関からフィルビー大佐が共和国に向かうまでの間に暗殺するように命令が出るでしょう」
そう、オーウェル機関にとってはフィルビー大佐を生かしておく理由がない。
「殺しはしない。ちゃんと罪を償ってもらう」
私はそうロッティに言った。
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