今は亡き友
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──今は亡き友
「リーヴァイ先生。起きてる?」
ステーキハウスから帰宅し、ロッティが寝入った時間帯。
私はベッドを抜け出してリーヴァイ先生の部屋に顔を出した。リーヴァイ先生はこの時間帯はまだ起きていて、読書などをしていることは知っている。
「どうした?」
「少し聞きたいことがあって」
リーヴァイ先生は本から顔を上げて尋ね、私は部屋に入る。
「ふむ。ロッティが寝ているところで来たというところは、ロッティ絡みのことか?」
「うん。ロッティのこれまでの経緯について、資料は受け取っているよね。その中でロッティの相棒が戦死になったって話はあった?」
「ああ。前の相棒は戦死だと記録されている。ロッティから聞いて詳しい事情が気になるのか?」
「そう。ロッティにとっての地雷を踏みたくはないから」
ロッティは相棒を失ったのは自分のせいだと思っている。彼女は自分に責任を感じている。
だからこそ、直接詳しいことは聞けないが、ロッティにとって踏み込まれたくない場所に踏み込まないように注意しなければならない。
ロッティがその点を相談してくれたら私も喜んで相談に応じる。けど、無理やりこのことを話題にして、ロッティの傷口を広げるだけのお節介はしてはいけない。
そういうわけでリーヴァイ先生に事情を聞いておくことにした。
「どうしたものか。お前だって自分が知らない間に、ロッティに自分のことを俺から聞かれたりするのはいやだろう?」
「もし、ロッティがそうしても私は構わないよ。ロッティに隠すことはないから。けど、先生が駄目だっていうなら諦める」
「分かった。相棒の名前はアナ・サマヴィル。養成機関を出た当初からロッティと相棒を組んでいた。養成機関においてもロッティの同期だ」
リーヴァイ先生はそう重い口を開いた。
「しかし、違法な武器売買の現場での作戦で戦死だ」
「オーウェル機関の見解は?」
「相棒であるロッティの落ち度とまでは言わなかったが、ロッティとアナの両方に練度の不足が見られたとしている」
「練度の不足か……。本当に作戦そのものに問題はなかったの?」
「少なくともロッティの資料では認められていない」
私にはどうしても作戦そのものに不備があったのではないかと感じるのだ。だって、ロッティの練度はちゃんとしているのだから。
「ルーシィ。お前がロッティを心配する気持ちは分かる。俺から見てもロッティには余裕があまりない。恐らくは相棒を失ったせいだろう」
「うん。ロッティはいつもピリピリしている。それはよくないことだよ」
「ああ。常に緊張しておく必要はない。必要な時に必要なだけ緊張感を得られるのがベストだ。ロッティはその点において今はオーウェル機関の暗殺者として適応していると言いにくい」
私が言うのにリーヴァイ先生も渋い表情で頷いた。
「しかし、それは練度の不足ではなく、原因のはっきりした心因性のものだ。なので俺はロッティに不適格の判を押して、養成機関に送り返すつもりはない」
リーヴァイ先生が続ける。
「ただ、ロッティがお前の負担になるようであれば、俺からアレックスに掛け合って相棒を解消してもらう。相棒は相方が死なないようにするためにいるのであって、逆効果ならば解消すべきだ」
「大丈夫だよ、先生。ロッティが負担になるなんてことはない」
「だといいのだが。お前はこれまでひとりでやってきた。相棒そのものになれていないだろう。だからこそ、より心配になってしまう」
「養成機関在籍中はちゃんと相棒がいたよ?」
「養成機関での相棒には別に命を預けたわけでも、預かったわけでもないだろう。本当の意味で相棒と呼べるのは今回が初めてだ」
確かに否定はできない。命を預け合う相棒が出来たのは今回が間違いなく初めてである。
「お前はまず相棒がいるということに慣れないとな。いざというときにロッティを助けてやれるのはお前だけだ」
「それなら私は誰が助けてくれるんだい?」
意地悪く私はそう尋ねた。
「お前自身と俺だ。俺ならいつで力になってやる」
「あ、ありがとう、先生。頼りにしてるね」
ちょっとストレートに言われて私は思わず怯んでしまった。
「けど、相棒をなくすってどういう気持ちなんだろうね」
「そうだな。お前が実感できるようにいうなら、俺が死んだようなものだろう」
「それは……凄く嫌だ」
リーヴァイ先生が死んでしまうなんて想像すらしたくない。
「実際には俺が死ぬ以上のことになるはずだ。ロッティはそれを経験している。アレックスが何を考えてお前にロッティを配属したのかは分からない。だが、これもめぐり合わせだ。手に負えるなら面倒を見てやるといい」
リーヴァイ先生は最後にそう言って立ち上がった。
「眠れないようならホットミルクでも飲むか?」
「うん。お願い」
私にはどういう過程でロッティが相棒を失ったか、まだ分かっていない。けど、それがどれほどの衝撃だったかは分かったつもりだ。
そして、ロッティは今は私の相棒。なら、私が支えないとね。仲間すら助けられないのに、帝国なんてずっと大きいものが助けられるはずもないのだから。
「ほら、ホットミルクだ。熱いからゆっくり飲めよ」
「ありがと、先生」
私は先生からホットミルクを受け取り、ふうふうと冷まして口にする。
「しかし、俺としてはお前に相棒が出来てよかったと思っているよ」
「どうして?」
「お前の健全な精神の発育のためだ。自覚はあっただろうが養成機関でもお前は浮いていたからな。優れた実力はあるが、社交性に難あり。教官たちの間ではそう言う評価だった」
「別にコミュニケーションが苦手なわけじゃなかったんだけどな」
「ああ。それは俺も知っている。ただ、お前はオーウェル機関の暗殺者でありながら、人を殺すことを拒否し続けた。だから、結果として周囲に馴染めなかっただけだとな」
「そうそう。そういうことなのです」
私は人とのコミュニケーションを苦手に思ったり、苦痛に感じたりはしない。私が養成機関で浮いていたというのは、ただ単に殺さない暗殺者を目指した変人だったからである。
「アレックス機関長は職務というか、命令に素直なロッティを私の相棒に据えることで、私も命令を聞くようになるのを期待しているのかも。あとはアレックス機関長と約束したことと関係ある感じ」
「アレックスからは相棒に被害を出したら、不殺の信条は捨てろと言われているのだろう。大丈夫そうなのか?」
「ロッティはとっても優秀だし、大丈夫だと思う」
あのアレックス機関長の割には意地悪な人事ではないことを、少し私は疑問に思ったぐらいだ。
「ならいいが。俺としてはお前の不殺の信条はそう簡単に捨ててほしくはない。お前が養成機関で刷り込まれたことでもなく、自分の倫理観と思考で導き出した答えだからな」
「うん。そう簡単に殺すようにはならないよ」
私の前世の日本人としての倫理観が殺人に対する忌避感を生んでいる。これは私が私である限り変わることのないことだろう。
「お前の判断を俺は尊重する。だから、決して曲がらずに生きていけ」
「もちろんだよ、先生」
リーヴァイ先生は昔からずっと私を理解してくれている。ロッティも私のこの譲れない信条を理解してくれる日が来るだろうか?
いや。絶対に理解してもらえるように努力しなければ!
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