得られた情報
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──得られた情報
「ウラジミールから得られた情報はいろいろとあるよ」
私は『黒猫』の社屋でロッティとリーヴァイ先生を前に言う。
「ウラジミールはどういう情報を買ったかを証言している。その情報を見れば、問題の情報漏洩を起こした人間の部署が特定できるかも」
「どのような情報なのですか?」
「えっと。まずは組織犯罪系の情報が主だということ。犯罪組織や過激な政治主張の政治団体などの調査情報が漏洩していた。逆に海外の情報機関に対する防諜に関するような情報は全くなし」
「ふむ。それだけで特定するのは時期尚早では? 単に相手がウラジミールというマフィアの人間だから、彼が興味を示す情報を売った可能性も」
「それももちろん考えられるね。だから、ちょっと意図的に情報を流して、かまをかけてみるのはどうかな?」
私はそう提案した。
「意図的に情報を漏洩させると言うと、俺たちが情報漏洩を行った人間について把握しているかのような情報を流し、それによって相手が慌てて尻尾を出すのを狙う。そんなところか?」
「そ。悪くないアイディアだと思うんだけどどうかな?」
私はリーヴァイ先生たちにそう尋ねた。
「確かに今は他に方法はなさそうです。国家保衛局が私たちが提供した情報で包囲網を絞る可能性がありますが、我々としてできることは他には」
「情報を流すならエルシーに頼むといいだろう。国家保衛局内にも伝わる程度には流してくれるはずだ」
「了解です。早速かかりましょう」
私たちはリーヴァイ先生のアドバイスに従ってエルシー姉さんに接触することに。
ノーザン・ドック地区を目指して進み、エルシー姉さんのいる酒場へ。
「エルシー姉さん。お仕事頼まれて!」
「何だい? 東方系マフィア絡みの仕事?」
「そうだよ。無事に目標を捕らえたから、そこで得られた情報を活用したい。国家保衛局の中に東方系マフィアに情報を売った人間がいるから、その人間をあぶりだすということをやりたいんだ」
私はエルシー姉さんに事情を説明した。
「なるほど。それは悪くない作戦ではあるね。けど、相手が思った以上に反応した場合のことは考えているのかい? 最悪、犯人が情報を抱えて友好的ではない国に亡命する可能性もあるよ」
「それについては警戒はしておく。そもそも残りの仕事を国家保衛局に任せないのは、アレックス機関長のわがままだし」
「国家保衛局に貸しを作っておけば、いろいろと便利なことは分かるがね……」
「下っ端にはよく分からない話だよ」
アレックス機関長が残りは国家保衛局に任せるならば、問題はないのにさ。
「我々の側で動いた人間を確保する手順は立てておくべきです。国家保衛局内に動きがあった場合、我々の側に通知できませんか、エルシーさん?」
ここでロッティがエルシー姉さんにそう求める。
「国家保衛局は公安組織だよ。そういうところに情報を流したり、引き出したりするのがどれだけ大変なことなのか理解してもらいたいんだけどね」
「ですが、必要なことです。それでもできませんか?」
「ふん。随分と生意気を言うようになったじゃないか、ロッティ」
エルシー姉さんは鼻を鳴らすとアルコールのきつそうなカクテルを一気に飲み干し、盛大に息を吐いた。
「分かったよ。やってやってもいい。ただし、報酬は弾んでもらうよ」
「オーケー。もちろんだよ。じゃあ、よろしくね、エルシー姉さん」
「はいはい」
こうして私たちはエルシー姉さんに仕事を任せて、一時帰宅。
「後は情報が流れて、国家保衛局内で動きがあるのを待つだけだ」
「上手くいけばいいのですが」
「きっと上手くいくと思っておこう。ネガティブに考えると上手くいくことだって上手くいかなくなってしまうからね」
私はロッティにそう言い、ソファーにどすっと腰を下ろす。
「お腹減ったー。ロッティ、先生、もう夕食にしない?」
「別にいいぞ。何にする?」
「お肉が食べたーい」
「なら、肉を食いに行くか。いつものステーキハウスでいいか?」
「オーケー!」
私はお肉と甘いものを食べると幸せになれるシンプルな人間でよかった。
「ロッティもお肉って気分かい?」
「私はこれからのことが気になります。この手の情報作戦は予想外の展開を見せることもありますから」
「もー。仕事のことは忘れなよ。給料分働けばそれでいいんだよ」
「そこまで無責任にはなれません」
うーむ。正直、私たちに今できることは全てやったってところなんだけどな。
「出るぞ。ルーシィもロッティも準備しておけ」
「はいはい。今考えるべきは食事だよ、ロッティ」
リーヴァイ先生が伝え、私たちは食事のために着替えておく。スーツの女の子ってのは微妙に目立つからね。
というわけで、私はお気に入りの青いワンピースにし、ロッティもシンプルなスカートとブラウスに着替えた。
「ロッティ。似合ってるね!」
「どうも」
「私のは似合ってる?」
「多分、似合ってるんじゃないでしょうか?」
「多分かー」
もっと褒めてほしいのなあ。
準備ができたということで私たちは食事に出かける。
「これからいくステーキハウスはとっても美味しいんだよ。お肉に質が違うのかな。柔らかくて、ソースがまたお肉に合うんだ」
「ステーキは食べたことがないです」
「なら、今日はいっぱい食べな! リーヴァイ先生のおごりだし!」
私がそう言うとリーヴァイ先生が『こいつめ』と言って、私の頭を手でぐりぐりと上から押した。やめてー!
「まあ、あまり遠慮はするな、ロッティ。俺たちにできることならば、助けになってやる。お前が元気でないと、相棒であるこいつも気にする」
「ありがとうございます、先生。そして、ルーシィも」
リーヴァイ先生の言葉にロッティはそう言って小さく頭を下げた。
「そろそろだよ」
件のステーキハウスはウェスト・ビギンの繁華街に位置している。
「ここだ! 久しぶりに来たー!」
「ステーキハウス『ミート&ミート』ですか。また変な店名です」
「気にしない、気にしない。入ろう」
私はもう香ばしい香りがしているステーキハウスの扉を開けて中に入った。
店内のレイアウトは中世の酒場を意識しているようであり、素朴な雰囲気を放っている。そこまで高級志向でもなく、ドレスコードなどもないので、店内はウェスト・ビギンによくあるお店の雰囲気であった。
「いらっしゃいませ。何名様でしょうか?」
「3名だ」
「それではこちらのテーブル席にどうぞ」
私たちは席に案内されて、腰掛ける。
「私は400グラム、いっちゃおう!」
「俺もそれぐらいでいいか」
「ロッティはどうする?」
ロッティがメニューを眺めているのに私がそう尋ねた。
「私は大盛りのサラダを付け200グラムのものでいいです」
「ええー。ステーキハウスに来たんだからお肉を食べなよー」
「お肉ばかり食べると体に悪いんですよ」
そりゃあ、ちゃんとサラダも食べた方がいいかもしれないけど、ステーキハウスではメインはお肉にしたいじゃないか!
「そう言えば、先生。本部でクロエに会ったよ」
「元気にしてたか?」
「まあね。相変わらず嫌味だったけど」
私とクロエは同期だから、同じようにリーヴァイ先生から訓練を受けている。リーヴァイ先生もクロエのことは知っている。
「あいつもいろいろと思うところがあるんだろう。根は決して悪くない人間だ」
「本当かなあ」
「同僚と仲良くしておいて損はないぞ。敵対すれば損をするがな」
「向こうが敵対してきてるんだよー」
そうこうしているうちにステーキが運ばれてきた。熱された鉄板に乗せられた熱々のものである。もうお肉とソースに使われているにんにくなどの香りが食欲をどこまでも引き立ててくる。
「いただきます!」
「食うとしよう」
私とリーヴァイ先生は早速食べ始める。
「いただきます」
ロッテも最初のかけらを口に運んだ。
「どう、ロッティ?」
「とても美味しいです。肉なんてどれも同じだと思っていましたが、ステーキとはここまで美味しいものだったのですね……」
「それはよかったよ!」
これからはロッティにいろいろな料理を紹介するのも面白そうだね。
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