情報の盗品売買
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──情報の盗品売買
「私たちはストーンサークルだ! 覚悟!」
私は大口径拳銃の銃口を天井に向けて引き金を引く。放たれたゴム弾が天井の照明を破壊し、レストランにいた人々が目を丸くしていた。
「ストーンサークルのカチコミだ!」
「畜生! そんな情報はなかったぞ!?」
ものの見事に私たちをストーンサークルの構成員だと思ったドラコン騎士団の構成員たちが、巻き込まれるのを避けるために机の下に逃げ込む。
「行きます!」
ロッティは刀を手に構成員に当たらないように、その机や椅子、カウンターを破壊してった。派手に物品が切断されては構成員たちの悲鳴が響く。
「私たちはストーンサークルだぞ! ストーンサークルだ!」
「ルーシィ。そこまでしつこくやる必要はないです。もう既に相手は我々とストーンサークルだと認識しています」
「そう? じゃあ、2階向かおう」
私たちはマフィアの警備員をゴム弾で沈黙させると階段を駆け上って、ウラジミールがいるはずのオフィスに突入した。
「な、何だっ!?」
オフィスには3名の男たちがおり、私はその顔をさっと見渡す。
「ウラジミールを視認」
「確保しましょう」
3名のうちひとりがウラジミールだと確認した。モヒカン頭に腕に入れた大きなオオカミのタトゥー。間違いない。
「クソ!」
「あ! 待て!」
ウラジミールは2階の窓から飛び降り、私たちはその後を追う。
「捕まってたまるか!」
「このーっ!」
逃げるウラジミールは通りで開かれていた屋台の客を押しのけ、通行人を突き飛ばし、馬車の前を横切り、凄い執念で逃げていく。
「ロッティ! 先回りして! 私はこのまま追いかけるから!」
「了解です!」
私はロッティを先回りさせ、逃げるウラジミールを追い続ける。
「退け! 退きやがれ! 殺すぞ!」
ウラジミールは通行人に向けて叫ぶ、ナイフを振り回して逃走を続けた。通行人は悲鳴を上げて逃げ、通りがだんだんと騒がしくなってきた。
「ちょっと通ります! 失礼します!」
私も通行人に謝りながら、ウラジミールを追い続けた。逃げる通行人の間からウラジミールを見失わないように追いかけるのはなかなか難しい。
だが、私もロッティも追跡の訓練は養成機関で徹底的に受けている。そう簡単に目標を見失ったり、逃がしたりはしないよ!
「クソ。まだ追って来やがるのか……!」
これまでの距離を全力疾走とは、前世の私ならば息を切らせて立ち止まっていただろうが、今の私はこれぐらいはお茶の子さいさいだ。本当に養成機関では徹底的に鍛えられたので。
「止まれ!」
「畜生!」
と、ここでロッティが前方から現れ、自らの刻印で生み出した刀を手にウラジミールの前に立ちふさがった。私とロッティに挟み撃ちにされたウラジミールは行き場を失い、必死に周囲を見渡す。
「く、来るな! この女を殺すぞ!」
そして、ウラジミールは近くにいた女性にナイフを向けて叫んだ。
「ロッティ。武器を奪って! 私が制圧する!」
「了解!」
ロッティが刃を振るうと、ピンポイントでウラジミールの握っているナイフの刃が切り落とされ、ウラジミールは目を丸くする。
「ここまでだよ!」
私の拳がウラジミールの顔面に叩き込まれ、ウラジミールは気を失って倒れた。
「さて、先生に回収を要請しよう。先生、馬車をお願い。目標は確保した」
『分かった。すぐに向かう』
私は通信魔術機でリーヴァイ先生に連絡し、ウラジミールの回収を要請。リーヴァイ先生は近くに馬車で待機している。
連絡から10分後程度でリーヴァイ先生がユニバーサル貿易というオーウェル機関のペーパーカンパニーの馬車で到着した。
「ルーシィ。そいつがウラジミールだな。ブラックサイトまで連れていこう」
「すぐに積み込むよ」
私たちは到着した馬車に、頭に麻袋をかぶせたウラジミールを乗せ、自分たちも乗り込むと、リーヴァイ先生が馬車を出した。
ロアーキッチン地区を出た馬車は帝都の郊外にある倉庫街へと向かう。そこにはオーウェル機関のブラックサイトが存在する。
それは工場に偽装されており、周りには私服のオーウェル機関所属の準軍事作戦部隊が警備に当たっている。さらに、その工場に偽装されたブラックサイトの周りには有刺鉄線が張り巡らされていた。
ブラックサイトというのは非合法な捕虜収容所のこと。拷問や監禁が法的許可のないままに行われており、私は正直好きじゃない。けど、私たちが任務を果たすうえで必要になってしまうものだ。
私たちはそのブラックサイトにある取調室のひとつにウラジミールを連れてくと、手錠で彼を椅子に拘束した。
「ウラジミール。起きろ!」
リーヴァイ先生がウラジミールの顔に冷たい水をぶちまけて怒鳴る。
「畜生! 何なんだよ!」
「こんにちは、ウラジミールさん。単刀直入に尋ねるけど、国家保衛局の内部情報を違法に売買したね?」
叫ぶウラジミールに私が淡々とそう尋ねた。
「知らない。人違いだ」
ウラジミールは睨むように私とリーヴァイ先生を睨んで言う。
「こっちでもう把握しているんだよ。過激な民族主義政党に国家保衛局がその政党について調べていた情報を売却したってね。正直に答えるならば、交渉はできるよ。このままなら正直そちらの命は保証できない」
「クソ。そもそもお前たちは何者だ? 警察軍じゃあないだろう。警察軍がお前みたいなガキを使うはずがないからな」
「私が何者かなんてことはどうでもいいんだよ。あなたがどうするかが問題。私は拷問なんて嫌いだからやらないけど、私と交代した新しい尋問官はそういうのが得意かもしれないね。そういう人間が来るまで黙ってる?」
「……喋れば免責は得られるのか?」
「恐らくは。あなたの握っている情報次第だね」
私の言葉にウラジミールはしばらく考え込んだ。
「話す。だが、免責ついて可能な限り便宜を図ると約束してほしい」
「約束しよう。さあ、喋れ」
リーヴァイ先生がそうウラジミールに促した。
「あの国家保衛局の情報は警察軍の人間から買った。俺から取引を持ち掛けたんじゃない。向こうが持って来て、買い取ってはくれないかと言ってきたんだ」
そうウラジミールは話し始めた。
「その警察軍の人間の名前は分かる?」
「いや。警察軍の人間だとは名乗ったが、他については何も」
「どうして警察軍所属だと相手は名乗ったの?」
「俺が情報が信頼できるかどうかを尋ねた時にそう説明したんだ。自分が警察軍の人間で国家保衛局の情報に接触できる立場にあったと」
「なるほど」
しかし、自称警察軍の兵士ということだけで、この男は情報に信頼性があると判断したのだろうか。まあ、ただ売買する情報であって、自分には直接関係のないものだから、手を抜いた可能性はあるか。
「警察軍の人間からはどのような情報を買ったか。全部教えて」
「メモ帳をくれ。それに書き記す」
ウラジミールはメモ帳を受け取ると、自称警察軍兵士から購入した情報をリストアップして私に渡してきた。
「他に俺に質問することは?」
「言っておくべきことはある。あなたを公的な訴追から免責できたとしても、あなたを非合法な手段で殺害しようとする人間は残る。そういう人間から身を守るために、これからも定期的に私たちの接触を受けるようにして」
「……分かった」
「では、少し待っていて」
私はオーウェル機関の職員を呼び、ウラジミールをいわゆる非公式協力者に登録する手続きを始めた。彼はこれで私たちの側のスパイ──俗語にて資産と呼ばれるものとなるのだ。
「情報提供に対する報酬は当然支払われるので、これから頑張って。あなたの人生がより良きものになることを祈っているよ」
「ああ。そうありたいね」
こうして私たちは無事にウラジミールからの情報収集を終えた。
「さて、手に入った情報はいろいろとある。この情報を活かせば、国家保衛局から情報を漏洩させた人間を特定することも不可能ではないだろう」
「私たちの仕事はここまで?」
リーヴァイ先生が言うのに私がそう尋ねる。
「いや。まだ引き続き国家保衛局を支援する。アレックスはこの件で国家保衛局に貸しを作りたいらしい」
「うへえ。アレックス機関長もろくなことを考えないな」
「組織の指導者としては仕方のないことなのだろう」
というわけで、私たちは引き続き国家保衛局内のスパイ探しを続行だ。
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