東方系マフィア
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──東方系マフィア
私とロッティは新しい任務に臨むことに。
「東方系マフィアと言えばロアーキッチン地区かな。あそこら辺は東方系マフィアの縄張りだったはず。一応エルシー姉さんから情報を仕入れておこう」
「はい」
そう言いながらロッティの様子を私は見る。その様子はやはり口数が少なく、普段より落ち込んでいるようにも見えた。
「ロッティ。私はロッティのことを信じているし、頼りにしてるよ」
「ええ……」
「えっとね。君は私にとって初めての相棒。私はこれまで命令不服従で相棒を割り当てられなかったから」
私はそうロッティに向けて語る。
「だから、ね。私はロッティが相棒になってくれて凄く嬉しい。一緒に任務をやってくれる友達ができて凄く嬉しい。本当に嬉しいんだ。それをちゃんとロッティに伝えておきたい」
「ルーシィ。でも、私は……」
何かを言いたそうにするロッティの手を私は握る。
「いいんだ。何があってもロッティが私の相棒であってくれれば、それだけでいいんだ。さあ、一緒に任務を成功させようぜ、相棒!」
他者に肯定されるというのはそれだけで元気がでるものだと私は知っている。だから、私はたくさんロッティを肯定する。お互いに恥ずかしくなるぐらいに肯定し続ける。
帝国のために云々と言うならば、まずは身近で困り、悲しんでいる仲間を助けることも重要だからね。でしょ?
私たちは東方系マフィアと接触する前に情報を求めてノーザン・ドック地区の酒場にいるエルシー姉さんの下を訪れた。
「ルーシィ。停職、解けたらしいね」
「おかげさまで。でさ、新しい任務を割り振られて、東方系マフィアと接触しなくちゃいけないんだけど、エルシー姉さんは何か情報を持っている?」
エルシー姉さんは相変わらず酒におぼれており、私はそんなエルシー姉さんに情報を求めて、封筒に入れた紙幣を渡した。それなりの報酬が入っている。
「東方系マフィア、ね。現在帝都にいる東方系マフィアはドラコン騎士団だよ。そのトップはアレクセイ・クチンスキー。ここら辺は知ってるだろうけど」
「まあ、お仕事で何度がやり合ってるからね」
「となると、他の情報か」
ドラコン騎士団というのは立派な名前だが、中身は犯罪者たちの集まりだ。悪いことをしてるし、グレーなこともしているので、オーウェル機関の任務として彼らと衝突することは何度かあった。
「ここ最近、組織が揺れているってのは聞くね。他でもないこのノーザン・ドック地区を縄張りにするマフィアであるストーンサークルと争ったせいで金も人も不足し始めている、と。そのせいで下っ端に対する求心力が減っているみたいだ」
「その点、もっと詳しく」
「オーケー。ストーンサークルがまず最初に手を出した。ストーンサークルはノーヴェンバー・エンターテイメントによるノーザン・ドック地区再開発の際に生き残った連中だったが、再開発で影響力は激減していた」
エルシー姉さんがそう語り始める。
「そんなわけで、組織は弱体化し、連中は新しい儲け話を掴むために、密かにドラコン騎士団の縄張りであるロアーキッチン地区に侵入していった。そして、違法薬物売買や売春などの仕事をドラコン騎士団から奪ったわけだ」
「それはドラコン騎士団も怒るだろうね」
「そ。それで抗争が勃発して、お互いに殺し合ったが、ドラコン騎士団は勝てていない。よそ者にシマを荒らされて、その上抗争でも半ば負けたようなものとなり、求心力はどんどん低下している」
「なるほど。分裂の危機ってわけだね?」
「まさにだよ。ドラコン騎士団の連中は溺れる船から逃げ出そうとしているようなものさ。恐らくトップであるアレクセイも、もはや部下たちが何をしているのかすら把握出来ちゃいないだろうね」
となると、ウラジミールの件はウラジミールの独断の可能性もあるな。
「今のロアーキッチン地区はまだ治安が悪い感じ?」
「そうでもない。抗争はほとんど終わった。そもそも兵隊でもなんでもない連中が、そこまで熱心に殺し合いをする理由もないしね。連中は殺し合いを命じられるなら、相手に寝返るって選択肢すらもある」
「それはよかった。これからロアーキッチン地区で人探しだから」
「誰を探してるんだい?」
「ウラジミール・パブロフ。情報屋だって聞いてる」
私はここでウラジミールの名を出してみた。
「情報屋としては二流の男だね。扱っている情報もそこまで質がいいものじゃない。それにこいつを頼ると、頼ったということがドラコン騎士団に伝わる。それを脅迫のネタにされかねない」
「別に情報屋として利用しようと思って探しているわけじゃないよ」
「なら、こいつが何かしらやらかして処分ってとこかい?」
「それに近いね。殺すつもりは全くないけれど」
あくまでウラジミールは生け捕りだし、その後も殺す予定はない。できれば、利用するために引き込むつもりだし。
「ふうん? じゃあ、徹底的に絞ってやりな。何かしらお宝情報が手に入るかもね。ただ、ドラコン騎士団は弱体化しているとはいっても、未だにデカい犯罪組織だ。用心はした方がいい」
「了解。情報ありがとう、エルシー姉さん!」
「ああ。またね、ルーシィ。それにロッティも」
私はエルシー姉さんに別れを告げて、酒場を出た。
「ロッティ。仕事はできそう?」
「はい。問題ありません」
「分かった。では、続けよう」
私たちはそう言葉を交わしたのちにロアーキッチン地区を目指す。
帝都は広大だ。私が前世で過ごした日本の、その首都である東京よりも広い。恐らくは東京都とその周辺の都道府県を併合したぐらいの大きさだろう。
ノーザン・ドック地区からロアーキッチン地区まではそれなりに距離があり、馬車で移動する必要があった。私とロッティはタクシー代わりの馬車に乗り込み、ロアーキッチン地区に向かう。
「ロアーキッチン地区に到着、と」
ロアーキッチン地区がどういう場所かといえば、移民の街だというべきだろう。帝都に海外から出稼ぎにやってきた労働者たちがこの場所で暮らしている。
やはり海外からやってきてひとりで暮らすのは、言語や文化はもちろん様々な問題があって大変だ。だから、同じ海外から来た移民同士で集まってコミュニティを作るのは必然だと言えるだろう。
そんなロアーキッチン地区には住宅街があり、市場があり、娯楽施設がありと小さなコミュニティとして完結していた。
「ウラジミールはどこにいるでしょうか?」
「オーウェル機関が居場所を調べたらしいよ。それによれば、東方料理の店の2階に事務所を持っているみたいだ。しかし、あまり強引に押し入るとなるとドラコン騎士団に知られちゃうな」
「なら、ストーンサークルの襲撃に偽装しては?」
「ほう? どういう計画だい?」
ロッティが作戦を提案するのに私が興味を持って尋ねる。
「ストーンサークルはドラコン騎士団と抗争状態だった。上は停戦しても、下っ端が暴走することはあるものです。ストーンサークルを名乗って踏み込み、そしてウラジミールを拉致する」
「それならばドラコン騎士団が疑うのはストーンサークルになって、私たちに疑いの目は向かないってわけだ。ナイスアイディア!」
ちょっと卑怯な手段ではあるけれど、これはしょうがないよ。
「では、準備をしよう。必要なのは──」
私たちはストーンサークルの仕業に見せかけるための準備を始めた。用意したのはシンプルに素性を隠すための道具だ。
「どうだい? これで私たちのならず者に見えるね!」
私たちが装備しているのは他でもない目出し帽。顔を隠せるそれを私とロッティは身に着けていたのだった。
「ええ。これで問題はありません。ウラジミールを襲撃しましょう」
「オーケー。では、レストランへ」
こうして私とロッティは、ウラジミールがいる東方料理のレストランに向かった。
私たちは大きくレストランの扉を開けて叫ぶ。
「ストーンサークルからの挨拶だ!」
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