新しい事件
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──新しい事件
私の停職は未だに続いていた。
「さあて! 今日も『黒猫』の仕事を頑張ろう!」
「そんなことより模擬戦を……」
「しません」
ロッティは隙あらば模擬戦をねじ込もうとしてくる。
「今日は『黒猫』の仕事はないぞ。今朝、アレックスから停職解除すると連絡があったからな。おめでとう、職務復帰だぞ」
「わー……」
ついに長い休暇は終わりを告げた。
「それで、だ。新しい事案が持ち上がっている。オーウェル機関本部でブリーフィングを受けてこい。ロッティ、お前もだ」
「了解です、先生」
リーヴァイ先生が命じるのにロッティはすぐに返事を返した。
「じゃあ、一緒にオーウェル機関本部まで行こうか」
「ええ。そうしましょう」
というわけで、私とロッティはオーウェル機関本部に向かう。
オーウェル機関本部はやはり帝都にある。帝都における政府機関が集まる霞が関のような場所、ライオンズホール地区だ。
その建物は巨大な内務省庁舎の敷地内に位置しており、内務省に勤める人間もそこに何があるのか知らないという不思議な存在になっていた。
「ども! お疲れ様です。身分証はこれで」
「よろしい。通行を許可する」
私たちは内務省庁舎を警備する警察軍兵士に身分証を見せてゲートを通過し、その謎の建物であるオーウェル機関本部へと入った。
と、本部に入った途端にいやなのと出くわした。
「ルーシィ? あなた、停職処分を受けたそうですわね?」
「クロエ……」
エントランスで待ち伏せしていたかのように現れ、そういってにやにやと笑うのは同じオーウェル機関所属の暗殺者であるクロエ・ブラウンだ。
その名の通りのブラウンの髪をしており、勝気そうな表情をいつも浮かべている。その背丈は私とどっこいどっこいで、ロッティよりは大きい。
「もう停職は解けましたー。今日は仕事できたの。邪魔しないで」
「あら? 珍しく勤労意欲がありますのね。明日は雨どころかドラゴンが降りそう」
「うるさいなあ……」
クロエはどうも私をライバル視しているらしく、あれこれと絡んでくるのだ。ちくちくと小言で攻撃してくるので私としては好きじゃない。気に入らなければストレートに嫌いだって言えばいいのに!
「ところで、そちらの方は? 見ない顔ですけど」
「ロッティです。ルーシィの相棒を務めています」
「まあ。ルーシィの相棒だなんて。それはご愁傷様ですわ」
「……どういう意味ですか?」
クロエがやれやれというのに嘲り、ロッティが僅かに怒りを込めてそう言う。
「そのままの意味ですわ、可哀そうな人。もっといい相棒に巡り合えていれば、あなたも評価されたでしょうに。それともあなたも問題児で、問題児同士で相棒を組ませてというところかしら?」
「やめなよ、クロエ。ロッティはちゃんと評価されている」
もう、すぐに人に喧嘩売るんだよね、クロエは。
「では、その評価されてる人がどうしてその才能を無駄にするような地位に据えられているのかしら? あなたの相棒なんて時間の無駄であり、人生の無駄ではなくて?」
「──それは私が相棒を死なせたからです」
「え……?」
ロッティが不意に発言するのに私もクロエも目を見開いた。
「それはどういうことなの、ロッティ?」
「私の前の相棒は戦死です。私がちゃんと彼女を支援できなかったばかりに……」
ロッティが苦々しい表情でそう告げる。
「そ、その、謝りますわ。私もそういうつもりじゃ……」
「いえ。謝る必要はありません。私に落ち度があったことは事実ですから」
クロエもうろたえるのにロッティは淡々とした口調でそう返した。
相棒が死ぬというのは私たちにとって重いことだ。相棒と過ごす時間は誰よりも長いし、相棒の存在は大きい。
そして何より相棒は自分を守り、自分は相棒を守る。お互いの命を預け合うという他の関係ではありえない関係を結ぶ。
そうであるからこそ、相棒を失うというのはとても重い。
「ところで、クロエ。私たちに何か用事だったの?」
「え、ええ。あなた方が受ける新しい任務は、私とも関係していまして。ブリーフィングの際にそのことを説明するように仰せつかっているのです。さあ、ブリーフィングに行きましょう」
「分かった。行こう」
そう言いながらも私はロッティの方を見た。ロッティは感情を全く見せず、それを押し殺したような表情をしていた。
今はどんな言葉をかけても意味はないだろう。下手に慰めることは逆に相手を傷つけることになるかもしれない。そう思って私は今は任務に集中することにした。
ブリーフィングが行われる会議室に私たちが到着すると、そこにはアレックス機関長がいつものように仏頂面をして待っていた。会議室そのものは黒板が置かれており、小さな学校の教室みたいな感じである。
「来たか、カニンガム君にハワード君。それからブラウン君も。座りたまえ」
「了解」
アレックス機関長は淡々とそう言い、私たちは席に着く。
「我々は内務省国家保衛局から外部に機密情報数点が漏洩したことを確認している。現在、国家保衛局にて二重スパイ狩りが進行中だ。今回の任務はその支援となる」
「国家保衛局から情報が?」
国家保衛局は表向きの帝国の公安組織だ。法的に問題のない対テロなどの治安作戦や諸外国に対する防諜作戦は彼らが実行し、法的にグレー、またはブラックの作戦はオーウェル機関が担当する。
「このことについて、情報漏洩を確認したクロエ君から話を聞こう」
「はい。私たちは先週、帝国の分裂を企む過激な民族主義政党への制圧作戦を決行しました。その際に国家保衛局における問題の政党に対する調査情報や捜査スケジュールなどを記した書類が確認されました」
情報漏洩とスパイ、か。こういうのは難しいから苦手なんだよね。
「情報の出所は判明したかね?」
「いいえ。ですが、彼らは情報屋から購入したと証言しています。よって、国家保衛局内に営利目的で情報を窃盗した人間がいる可能性があります」
「ありがとう、ブラウン君」
クロエが発言を終えて着席。
「さて。国家保衛局の作戦次第となるが、我々も帝国の敵が機密情報を得るような事態は阻止しなければならない」
帝国の敵は全て排除すべき。そんなオーウェル機関にとってはスパイも抹殺すべき相手になるんだろうね。スパイは確かに悪いことだけれども。
「まず手掛かりとなるのは民族主義者が接触した情報屋だ。我々は既に問題の情報屋について把握している。東方系マフィアの構成員ウラジミール・パブロフだ」
そう言ってアレックス機関長が会議室の黒板に写し絵を貼る。
「情報の売買でのし上がった人間であるが、こいつ自身は組織に潜入したり、情報を直接窃盗したりといったことには関与しない。あくまでこいつは盗品売買を行うブローカーの情報版だ」
なるほど。スパイは金銭を得るために、このウラジミールのような人間に情報を売るわけだね。そしてウラジミールはそれを転売して儲ける、と。
「君たちにはこのウラジミールを拘束し、尋問してもらいたい。どこの誰から情報を購入したかを、だ。それが分かれば、国家保衛局の二重スパイ狩りを支援することができるだろう」
「了解です」
「後、カニンガム君。別にウラジミールは殺す必要はない。ただ、こちらに引き入れておいてほしい。我々にも情報が必要になる。ウラジミールが使える駒になるならば、歓迎すべきことだろう」
「おお。そうですね。分かりました!」
殺さないでいいってアレックス機関長自ら言ってくれるのは初めてだ。私に向いた仕事を選んでくれたってことかな?
「では、この任務はカニンガム君とハワード君に任せる。ブラウン君は引き続き、民族主義者たちの制圧作戦を継続するように。以上だ」
アレックス機関長はそう言ってブリーフィングを終わらせた。
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