ノーザン・ドックス地区での乱闘騒ぎ
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──ノーザン・ドックス地区での乱闘騒ぎ
武装した男たちが他の通行者たちを押しのけて、私たちに迫る。
「最後の警告だよ! 止まれ!」
「うるせえ、クソガキが!」
先込め式ピストルを握った男2名が銃口を私の方に向けた。
「やらせないよ!」
私は先制して非殺傷ゴム弾をピストルを構える男たちに叩き込んだ。
「ぐおっ!?」
ゴム弾が命中し、男たちはくぐもった悲鳴を上げて地面に倒れる。先込め式ピストルはそんまま地面に転がり、雑踏の中に転がっていった。
「あばずれがやりがやがったな! 死に腐れえっ!」
だが、他のナイフを構えた男たちは腰だめにナイフを構えて突撃してくる。
「無関係の人は逃げて! 巻き込まれるよー!」
私は周囲の人々に警告を発し、銃口を男たちに向けた。
「に、逃げろ! 逃げろー!」
「何だってこんなところでドンパチしているんだ!」
「警察軍だ! 警察軍を呼べ!」
民間人は悲鳴を上げながらも逃げていき、場が開ける。
「オーケー。思いっきりやるよ!」
これで心置きなく暴れられるぜ。
私は大口径拳銃を両手で握り、男たちに向けて突き進む。拳銃射程はそう長くない。近接しなければ流れ弾が民間人に当たってしまう。
「くたばりやがれ!」
「そっちがね!」
ナイフが付き出されるのを左にステップして回避し、すれ違いざまにゴム弾を発砲。ゴム弾は男の脇腹に命中し、男は悲鳴すら上げられずに地面に倒れた。
「またやりやがったな、クソガキが!」
「へいへい! しっかり狙わないと当たらないよ!」
ナイフを素早く繰り出す男の攻撃を左右にステップして躱しながら、その足に向けてゴム弾を叩き込む。太ももにめり込むようにして命中したゴム弾によって男は悲鳴を上げて崩れ落ちる。
「クソ。何なんだ、このガキは……!」
「怯むな! こいつを殺して共和国のクソ野郎を殺すんだ!」
それでも男たちの士気は落ちず、私に立ち向かってくる。
「その執念は凄いけど、そろそろ諦めた方がいいよ!」
私はゴム弾を再び発射するが、非殺傷兵器なだけあって命中しても必ず敵が倒れるとは限らない。数発のゴム弾に耐えて進んでくる、脳内麻薬がドバドバ出ているだろう男たちは向かってくるのだ。
それに加えて男たちのうち数名はドラッグを使用しているようだ。その手の相手にはゴム弾の痛みはほとんど影響しない。厄介だね。
「ク、クソ……!」
「まだやる? やるなら相手になるけどね!」
私は余裕の表情でゴム弾を食らって脂汗を浮かべている男たちを見る。
『ルーシィ。そいつらは囮らしい。別動隊が護衛対象に向かっている』
「不味い。ロッティ! そっちに敵が向かってるよ!」
私はリーヴァイ先生の警告を受けて、ロッティに通達。
「了解です。任せてください」
「いいかい、ロッティ。誰も殺しちゃだめだからね!」
「はあ。分かりましたよ」
そして、私の言葉にロッティが渋々というように頷く。
「さて、と。私もこっちの方をさっさと片付けるとしますか」
私は残っている敵に向けて銃口を構えると敵に向けて駆ける。
「ぶち殺せ!」
「くたばりやがれ、クソ野郎!」
男たちは諦めることなく突き進んでくる。ナイフは狩猟用の大きなナイフで、あれで刺されたらひとたまりもないだろうものだ。
「その根性をもっとポジティブなことに活かしなよ!」
そうだ、そうだ。そこまで根気があるならば、真っ当な仕事で儲けられるだろうに。こんな犯罪行為なんかに夢中になるのは損だよ!
「くたば──ぎゃっ!」
「それっと!」
再び繰り出されるナイフの斬撃を回避し、ゴム弾を当たっても死なない部分に向けて叩き込む。変な場所に当てるとゴム弾でも致命傷になってしまうのだ。もっとも私の使っているゴム弾の事故死率は低いけれど。
「ひとりでやるな! 全員で一斉にだ!」
「おう!」
ここで男たちは私を囲むように展開した。なるほどね。数では敵が勝っているし、囲んで叩けば勝機があるって踏んだのかな?
甘いね。
「武装」
私は左手に拳銃を握り、同時に刻印でさらに右手に拳銃を召喚。それらを2丁とも構えれば2丁拳銃のガンマンスタイルが完成だ。
「こいつの刻印は一体──!」
「いいから叩きのめせ! 殺せ!」
男たちは一斉に私に向けて襲い掛かる。
「パーティータイム!」
左手で引き金を引き、さらに右手で引き金を引く。2丁の拳銃から次々に非殺傷ゴム弾が発射され、男たちが被弾し、被弾し、被弾する。
「おが──っ!」
「ぐう──っ!」
「何が──っ!」
男たちは短い悲鳴を上げて地面に倒れた。
「クリア! ロッティ、そっちはどう!?」
「大丈夫です。全員取り押さえました」
ロッティの方を見ると男たちは武器を喪失し、両手を上げて降参していた。
「オーケー。何とかしのいだね」
「いつ次の襲撃があるか分かりません。今日は引き上げるべきです」
「ううむ。アルブレヒトさんに相談してみよう」
私とロッティはそう言葉を交わしてアルブレヒトさんと話し合うことに。
アルブレヒトさんはルナさんと一緒に降り、そう慌てた様子もなく、襲撃を前にうろたえてもいなかった。恐ろしいほどに冷静そうにしていたのだ。
「アルブレヒトさん。敵は退けましたが、警察軍が到着するまでここで待機することになります。その後のことですが、観光を続けるにはリスクが大きいです」
「そのようだ。残念だが今日は帰った方がいいだろうね」
「ご理解いただけて助かります」
アルブレヒトさんは残念そうにはしていたが、理解はしてくれていた。
それから通報で駆け付けた警察軍の将兵たちが現場を封鎖し、私たちに襲い掛かった男たちを拘束していった。
「こいつらは地元のチンピラどもですね。金を貰って騒ぎを起こしたようです。そちらの御仁は外国の方で?」
「観光で帝都を訪れているアルブレヒトさんです」
「ふむ。何か恨みを買っていたりは?」
「どうでしょ? そこまではちょっと」
警察軍の聞き取りに応じたのちに、私たちはアルブレヒトさんたちをパレス・オブ・インペリアルシティまで送り届け、それで仕事は官僚となった。
「今日はとても楽しかったよ!」
アルブレヒトさんはそう言って報酬としてずっしりと札束が重い封筒を渡した。
「ありがとうございます! また機会があれば観光案内しますね」
「ああ。君たちは素晴らしい観光ガイドであり、護衛だ! また頼むよ!」
そして、私とロッティは何でも屋『黒猫』へと帰宅──。
「楽しめたか、アルブレヒト?」
「実にね、ルナ君。君はどうだった?」
ルーシィたちが去ったホテルのインペリアル・スイートルームにて、これまで沈黙を維持していたルナがそう尋ね、アルブレヒトはにやりと笑って返す。
「テロの下見にしては楽しめたぞ。あのドンパチに参加できたならば、もっと楽しめたかもしれないがな」
「まだこちらの手の内を明かすわけにはいかないさ。もし、知っている人間が君の戦い方を見れば、あっという間に君があの伝説の傭兵“カーマーゼンの魔女”だとばれていまうじゃないか」
「そうかもしれんな。で、お前はここで何をするのか決めたのか?」
ルナはどこからかタバコを取り出すと、人差し指に火を出現させ、その火をタバコにつけて深く吸った。
「私が大好きなのはボードゲームだ。この世でこれからの一生の内ひとつの娯楽しか遊べないと言われたらハント・トイズが出している『ドラゴン&クルセイダーズ』を迷うことなく選ぶだろう」
「それが話に何の関係があるんだ?」
「最後まで聞きたまえ。ボードゲームの箱を開けるまでは、箱には無限の可能性が詰まっている。私は様々な展開や結末を想像できる。それが一番楽しい時間だ。しかし、箱を開けてしまうと、展開も結末も一定の流れに収束する」
箱を開ければ自由はなくなるとアルブレヒト。
「だから、私は最後まで箱は開けない。自由を失わないために。箱の中の無限の可能性に夢を見るのだよ。人の夢にこそ真の自由はあるが故に」
「つまり、今回の作戦にしても最後まで具体的な計画は立てず、お前の生ぬるい脳みそで描かれる夢想の中で遊ぶというわけか」
「そう、その通りだ。それが私なりの物事への付き合いだとも」
呆れたようなルナにアルブレヒトはそう笑ってみせたのだった。
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