食事と襲撃
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──食事と襲撃
ボックス百貨店での買い物が一番時間がかかったかもしれない。
アルブレヒトさんは大金持ちらしい目利きで、次々に価値ある商品を買い上げていった。彼はここのサービスが心底気に入ったのか、称賛の言葉と出費が全く止まらないほどだった。
「いやはや。これ以上、ここにいたら破産してしまいそうだ。そろそろ次に行こう」
買い物に満足したのかアルブレヒトさんはニコニコの笑顔でそう言う。
「次は……おっと! こんな時間だ。食事にしよう。おすすめのレストランはあるかい? 出店のものを食べるというのもいいものだが、おすすめがあるならば是非とも聞かせてもらいたい」
「そうですね。定番中の定番をお求めということですし、観光客向けの定番の食事処にご案内しますよ」
「頼もう。君たちにはもはや全幅の信頼をおいているよ!」
そこまで言われたら頑張らざるを得ないよね。
私たちはサウスヒル地区の中を進むと、ひとつのレストランにやってきた。
「ここかね?」
「ええ。観光客向けのスパイスの利いた南方料理を出す店です。観光客向けなのですが、帝都の住民も訪れるぐらい有名な店なんですよ。南方の太守が開いたお店であって、南方料理も本格的なもの!」
「それは期待できそうだ。早速入るとしよう!」
アルブレヒトさんはレストランから漂ってくるスパイスの香りに鼻を鳴らしながら、レストランの中へと進んだ。
「なるほど。確かに観光客が多い。複数の言語が絶えず聞こえるし、いかにも観光客ですという人種が見られる。ここが観光の定番なのだということは間違いないね」
「いろいろと料理も美味しいですよ。何にします?」
「さてさて。どうしようかね」
南方料理にはインドのカレーに似た料理が含まれるし、他にもスパイスたっぷりの肉料理や魚料理などが多くある。ので、実質インド料理と言いたいところだが、そう断言できるほど私はインド料理を知らない。
よってスパイス料理と呼称する。
「これとこれとこれと、さらにこれを頼もうではないか」
「そんなに食べられるんですか?」
「もちろんだとも、ロッティ君!」
ロッティがあれもこれもと注文するアルブレヒトさんを見て目を見開くのに、アルブレヒトさんは当然と言わんばかりに告げた。
「では、食事としよう。たっぷり食べようじゃないか」
「いただきます!」
私たちはたくさんの皿が並ぶテーブルを囲み、激辛な料理を味わったり、フルーティな風味の料理に感動したりと食事を楽しんだ。
「これは素晴らしい。君たちは定番というが、これには斬新さもある。これが南部料理というものなのだね。是非とも私のホテルに店舗を出してもらいたいものだよ」
アルブレヒトさんは大満足という具合で、注文したたっぷりの料理をほとんどひとりで食べてしまっていた。
「やはり帝都には世界中の料理が集まっているのだろうか?」
「かなり国際色がありますよ。共和国風の料理もありますし」
「ほうほう。ひとつの都市にいながら世界の味を味わえる。実にいい場所だ。ある種の理想郷だと言えるね。この帝都はまさに他の都市とは全く違うものだと実感するよ」
「帝都は気に入っていただけましたか?」
「ああ。とても気に入ったよ、ルーシィ君!」
アルブレヒトさんが帝都を気に入ってくれたのならば何よりだ。
私の好きな帝都を好きになった人がいる。その事実だけで私はこの仕事にやりがいを感じたのだった。この私が暮らしている帝都は大勢の人に好まれるに値する都市だと私は考えているからね。
「さて、美食によって腹も膨れたところで次に行くとしよう。まだまだ見るべき場所はあるのだろう?」
「もちろんです。行きましょう」
というわけで次の観光地にゴー!
「次はどこなのかな?」
「定番中の定番ということで帝国動物園と帝国博物館を。どちらも短い時間じゃ、完全には見て回れないので、ピックアップしたものを見て回りましょう」
「分かった。引き続き案内を頼むよ、ルーシィ君」
帝国動物園と帝国博物館はいずれも帝国が誇る施設だ。正直、どちらも丸1日ぐらいかけてじっくりと見て回らないと損だと思っているぐらい。
「帝都がここまで素晴らしいとは予想外だったよ。実に嬉しい驚きだ。ところで、ノーザン・ドック地区については賑わっているかね?」
「ええ。私たちはあまり用事があることはないんですが」
「そうだろうね。あそこは完全な大人向け歓楽街としてデザインしていた。私は出資するだけでなく、実際に開発計画に立ち会ったのだよ」
そう言ってアルブレヒトさんはにやりと笑った。
「その際も帝都に?」
「僅かな時間ではあるがね。ほとんどの仕事は共和国で行った。よければこの目で実際に開発された土地を見たかったが……」
「予定を変更して行きますか、ノーザン・ドック地区?」
「おお。いいのかね? では、頼むとしよう」
「ええ。では、行きましょう」
やっぱり自分の仕事の結果は見届けたいよね。動物園も博物館も逃げはしないことだし、今日はノーザン・ドック地区に向かおう。
私たちは針路を変更し、ノーザン・ドック地区方向に進む。
途中、馬車を掴まえて、ノーザン・ドック地区へと向かってもらう。帝都の広大な通りを馬車が進み、目的地を目指す。
「帝都の通りは広いのがいいね。共和国の首都の通りの狭さといったら」
「これでもまだ狭く感じることはありますよ。将来的にはもっともっと広い道路が必要になるでしょうね」
アルブレヒトさんが広いを褒める帝都の通りも、私が前世で見た大都市の道路には及ばない。これから自動車や電車が開発されれば、この帝都の通りも拡張しなければいけなくなるだろう。
「お客さん。着きましたよ」
「どもです!」
馬車は無事にノーザン・ドック地区に到着。私たちは降車する。
「おお。ここがノーザン・ドック地区だね。私が最後に見た時とはまるで違う。私たちが思い描いたような光景となっている。素晴らしい……!」
「ノーザン・ドック地区って再開発前はどうだったんですか?」
「その名の通り乾ドックが並ぶが、仕事がなくて船も労働者も存在しない。そんな寂れた場所だったよ。広大な廃墟という感じだったね。全く以てあの寂れ果てた場所がここまで賑やかになると満足できるものだ」
「ほうほう。この賑やかな場所にそんな過去があったのですね」
面白い話が聞けたな!
「地区全体を完全にデザインするという仕事が行えたのは、これが初めてだった。見てみたい場所がいろいろとある。さあ、観光と行こう」
アルブレヒトさんはそう言って歩き出す。
「ルーシィ。尾行はまけたのでしょうか?」
「多分、まけてない。というよりも、新手が来た。さっきとは違う素人風の連中だ」
「新手ですか」
私はノーザン・ドック地区に入ってから別のグループに尾行されているのを確認した。これまで静かに尾行していたプロとは違う、こちらからはっきりと尾行が分かる素人たちのそれに。
『ルーシィ。新手には気づいているな。連中、仕掛けるつもりのようだぞ。武装としてナイフを確認した。警戒しろ』
「了解だよ、先生」
新手は黙って尾行することが目的ではなく、襲撃が目的のようだ。
「ロッティ。君はアルブレヒトさんとルナさんを守って。私が迎え撃つ」
「分かりました」
ロッティがアルブレヒトさんたちの方向に向かったのを確認してから、私は尾行をしている人間たちの方向を向いた。相手は私が尾行に気づいたことを察知し、足早に追いかけ始めてきた。
「止まれー! 私たちに何か用かい!?」
私がそう叫ぶと男たちはナイフを抜いた。
「黙って死ねっ!」
襲撃者は8名。うち2名は先込め式のピストルを持っている。
「死なないし、死なせない。やるよ──武装!」
私の手にいつもの相棒が握られる。物言わぬ相棒である大口径拳銃が握られる。
さあ、戦闘の時間だ!
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