帝都観光ガイド
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──帝都観光ガイド
私たちは帝都観光に繰り出した。
最初は帝城だ。
帝城は城というが、あの聳え立つ感じの城ではなく、ヴェルサイユ宮殿のように低層ながら広大な敷地を有するものだ。庭が綺麗で、年に一度帝国に貢献した人間を皇帝陛下が招いた際には、そこで歓待される。
「ほうほう! これが帝城か! 荘厳だね!」
「でしょ? 外から見るだけでも価値あり、です!」
「全くだ。これほど立派な宮殿は共和国にも存在しない。しっかりと見ておこう」
「そろそろ衛兵交代もあるから、それも見ていきましょう」
「うむ」
この帝城は近衛擲弾兵師団が衛兵として勤務している。その衛兵交代の際の行進は、観光客が集まる話題のイベントなのだ。
赤い軍服を着た衛兵たちがきびきびと動き、皇帝陛下に敬意を払って、任務を交代する。その様子を大勢の観光客が眺めるのである。
私たちも衛兵交代が見られる場所に移動した。今はオフシーズンであるため、別段混んだ様子もなく、私たちは衛兵交代を眺めることができた。一糸乱れぬ動きの衛兵たちの行進は迫力がある!
「心が引き締まるような、そんな兵士たちの動きだったね。素晴らしい!」
今のところアルブレヒトさんは何を見ても面白がってくれる。それだけ帝都が魅力ある場所なのだと思っておこう。
「次はオカルトスポットとしても有名なインペリアル・タワーですよ」
「おお。オカルトとは面白そうだ。是非とも案内してくれたまえ」
私たちは次にインペリアル・タワーを目指す。
「インペリアル・タワーはこの帝都が設置された当初に帝都を防衛する目的で作られた城塞のひとつです。今では城塞なんてのはほとんど取り崩されましたが、インペリアル・タワーは現存する唯一のものとして残っています」
「そのような名誉ある場所がオカルトスポットなのかね?」
「城塞としての機能を求められなくなってから、インペリアル・タワーは一種の刑務所になったんです。高貴な身分で、かつ国に対する反逆をもくろんだ人間を収容し、処刑するための場所として」
「ほう。恐ろしく、ほの暗い歴史を感じるね」
「処刑された人間の幽霊がでるということでも有名なんですよー」
「ははは! それは恐ろしいな!」
私たちはそのような言葉を交わしながら、インペリアル・タワーを見上げる。今は別に収監されている囚人はいないのだが、今日はあいにく警備上の問題で中を見学することはできなかった。
「だんだんとこの帝都で主流のものが分かってきた気がするよ。もっと様々な場所を紹介してもらいたい!」
「もちろん! 私たちにお任せを!」
アルブレヒトさんは集会したスポットを必ず喜んでくれるので紹介しがいがある。
しかし、だ。
「ロッティ。気づている?」
「ええ。つけられています」
そう、ある時点から私たちに尾行がついていることが確認できた。
「先生。尾行されているけど、そっちで確認できる?」
『確認できているが、荒事をやろうって連中じゃなさそうだ。どうする?』
「ふうむ。手を出してくるまでは待機、かな」
『分かった。じゃあ、観光ガイド頑張れよ』
「オーケー」
いざという場合はリーヴァイ先生の支援も受けられるし、追跡者は先生も見張っている。まだ余裕はあるとみていいだろう。
「ルーシィ君。次は買い物などを行うスポットを紹介してくれないか? 無駄に金を持った観光客が群がるような、そんなスポットだよ」
「了解です。では、商業地区であるサウスヒル地区に向かいましょう」
市場はあちこちにあるけれど、その中で観光客向けの場所はサウスヒル地区だ。
「サウスヒル地区には高級品やブランド品の店が多くあり、お金持ちが集まっている場所です。アルブレヒトさんは誰かにお土産を買う予定はあるんですか?」
「ないよ。私自身の旅の思い出にならばいろいろと買いあさるつもりだがね」
「なら、帝都を記念した品などもあるので、買い物を楽しんでください」
「ああ。もちろんだとも!」
そうして私たちはサウスヒル地区に向けて移動。
やはり追跡者は尾行を続けており、6名程度の人員が交代しながら前方と後方に回って、尾行を行っていた。
「相手はプロですね」
「だね。後ろから尾行するだけでなく、進行方向を確実に押さえている。こういうやり方は素人じゃあない」
ロッティは依然として尾行している集団を警戒し、私もそれとなく状況を把握。
「本当に大丈夫なのでしょうか?」
「下手にこっちから手を出して、ことを荒立てたくはない。アルブレヒトさんはビジネスマンだから商売敵かもしれないし」
いろいろと可能性が考えられると私。
リゾート業の大物であるアルブレヒトさんが、帝都で何か事業を起こすのかと警戒した同業者が様子を見ているだけかもしれない。少なくとも武装していれば、リーヴァイ先生から警告が来る。
「何かあったかい?」
「いえ。大丈夫ですよ」
アルブレヒトさんが気にしたように尋ね、私は笑顔でそう返した。
「さあ、ここがサウスヒル地区ですよ。商業地区まではもう少しです」
「賑やかそうな場所だ。こういう場所は若者が好むだろうね」
サウスヒル地区は賑やかな商業地区だ。大道芸人がいたり、様々な出店が出店していたりする。アルブレヒトさんはそれを見て一目で気に入ったという具合だ。
このサウスヒル地区は建物も同じデザインばかりのものではなく、統一感がありながらも個性がある。地区全体でこういう取り組みをしているのは好きだ。住民同士の関係もいいのだろうなと想像できるから。
「ここから少し行くと商業地区ですよ。お財布はしっかり握っておいてください」
「やはりこういう場所ではスリなどが出るかね?」
「ええ。けど、ぼったくりはないですよ。皆、誇りを持って商売をしてますから」
「それはいい。私も仕事がらあちこちで買いものをするのだが、酷いところは本当に酷いぼったくりをするからね。特に有名な観光地ほど観光客をカモがねぎを背負ってやってきたと思っている」
やれやれという風にそう語るアルブレヒトさん。
「私もいろいろなところに旅行に行ってみたいですね」
「それはいい。是非ともそうすべきだ。旅は心を豊かにし、強くする。旅のない人生など私には考えられないよ!」
「いやあ。事情があって、そこまで自由に帝都から離れられなくて」
「そうなのかね? だが、一度旅はした方がいい」
本当にこの世界は魅力的だからいろいろな場所を見て回りたいと思う。けど、私がオーウェル機関の所属である以上、あちこちふらふらするわけにはいかないのだ。
その点仕事や何やらであちこち旅行ができるアルブレヒトさんは羨ましい!
「ここが商業地区ですよ。あそこに見えるのが歴史ある百貨店ボックスです」
「ほう! 噂には聞いたことがあるが、何とも実物は壮大だ! 何としてもあそこで買い物をしたいね!」
「では、行きましょう」
アルブレヒトさんを連れて、ボックス百貨店に入る。
高級志向のこの百貨店ではホテルの受付のように洗練された案内所があり、買った商品を丁寧に馬車まで運んでくれるポーターまでいる。
「ふむふむ。実に素晴らしい店だ。歴史に裏打ちされたサービスというのは、いつだって素晴らしいものだ。品揃えもまた文句なしのものだと見る。ここで思いっきり買い物を楽しみたいな」
「宅配サービスもありますから買いすぎてもホテルに送ってくれますよ」
「おお。それはいいことを聞いた。買い物を楽しもう!」
アルブレヒトさんはそう言って買い物を始めた。
「ルーシィ。少しいいですか?」
「何だい、ロッティ?」
「あの秘書だという女性、尾行に気づいていますよ」
「ふむ」
ロッティの指摘に私は秘書と紹介されたルナさんを見る。彼女は尾行者の視線がある方向に立ち、アルブレヒトさんが尾行者から見えにくい位置に立っていた。偶然ではないだろう。
「歩き方が軍人のそれだったから、そうじゃないかとは思ってけど。単純に護衛のひとりじゃない? 流石に大金持ちが私たちだけを信頼して、頼るとは思えないし。別に不都合じゃないよ」
「そうでしょうか。どうにも不可解です」
「まあ、問題になったら考えればいいさ」
私はにっと笑ってロッティにそう言った。
考えすぎることは、ときどき考えないより危険だったりするしね。
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