観光案内、そして護衛
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──観光案内、そして護衛
私たちはエルシー姉さんから追加の情報も手にし、いよいよアルブレヒトさんを出迎えることに。私とロッティはアルブレヒトさんが待っている、帝都の高級店が並ぶハイブリッジ地区に向かった。
「ハイブリッジ地区のパレス・オブ・インペリアルシティって、皆の憧れの高級ホテルだね。流石はお金持ちだ」
「そうなのですか?」
「そうだよー。何もかもが高級志向で、料理も皇帝陛下が食しているものより美味しいってさ。一度は私も泊まってみたいね」
ロッティが少し興味を示すのに私はそう語った。
「さてさて。今日はおめかししてきたからね。高級ホテルでも問題なし」
私とロッティはちゃんとした仕立て屋で作ってもらったグレイのスーツ姿で、オーウェル機関の任務のときとは違うけれど、それに近い恰好をしていた。
もちろん仕事中なので私はポニーテイルだ。
そして、私たちはパレス・オブ・インペリアルシティに入った。
「ようこそ、パレス・オブ・インペリアルシティへ。どのようなご用件でしょうか?」
「アルブレヒト・フォン・ホーエンシュタウフェンさんと約束があるのですが」
「暫くお待ちください」
それからしばらくしてアルブレヒトさんが姿を見せた。
「やあやあやあ! 君たちが『黒猫』の人だね? 私はアルブレヒト・フォン・ホーエンシュタウフェン公爵だ。よろしく頼むよ!」
現れたアルブレヒトさんは30代後半ほどの男性だった。彼は私たちのスーツより遥かに高級な、しかも白いスリーピースのスーツを纏い、10人以上の護衛と思しい大柄な男性たちとひとりの女性を連れて現れた。
「ども! 何でも屋『黒猫』のルーシィです」
「ロッティです。よろしくお願いします。しかし、公爵ですか?」
おっと。ロッティが突っ込むべきではないところに突っ込んだぞ。
「むろん、私は生まれたときから公爵だ。名誉ある王家の血筋である。共和国は私がこう名乗るのを気に入らないようだが、彼らは貴族が何たるかを分かっていない。貴族は地位を与えられるのではない。地位を示すものだ」
アルブレヒトさんは自慢げにそう語る。
「私は共和国が認めまいと未だに公爵である。私はかのカール3世の孫であり、正統なる王位継承者のひとりであるからにして。まあ、私は共和国という政体を完全に否定するつもりはないので、彼らに王位と王冠までは請求しないがね」
「はあ……」
どうにも常人には飲み込みずらい価値観の方らしい。
「閣下。本当に彼女たちだけを護衛に? 我々も……」
「必要ない。君たちのように人相の悪い人間をぞろぞろと連れていては、観光などできたものではないではないか! 文句を言う前に鏡を見たまえ!」
大柄な男性のひとりが言うのに、アルブレヒトさんはぴしゃりとそう言った。
「だが、ルナ君にはついて来てもらおう。ルーシィ君、ロッティ君、紹介しよう、ルナ・フォーサイス君だ。私のとても優秀な秘書だよ」
アルブレヒトさんがそう紹介するのに、長い赤毛の綺麗な女性が無言で頷いた。ルナさんは20代後半ほどの女性で、お洒落なメガネと付け、ブランド物のスーツに身を包んでいたのだった。
「では、行きますか? 観光地でリクエストがあればお聞きします」
「ふむ。では、定番の観光地を頼むよ。人々が帝都と言われて10秒で連想するぐらいの定番のスポット見て回りたい。というのも、私にはちょっとした考えがあってね」
「考えというと?」
何だろう。興味がある。
「私はリゾートと娯楽で財を成した。どうしてこの私が素晴らしい成功を収めたかと言えば、人とは違ったことをしたからに他ならない」
アルブレヒトさんはそう語り始める。
「私が狙っている客層は若い人々だ。冒険心に溢れ、非日常を求める楽しい人々を私は喜ばせたい。そういう人々が何を楽しむか知っているかね?」
「若い人々が好きなもの……。やっぱりアクティブな活動ですか? 何かを眺めて感動するというよりも、自分が参加して体験することを喜ぶ、とか?」
「君は優秀だね、ルーシィ君! このまま社員として雇いたいぐらいだ。そう、若い人々は参加し、体験し、友人とともに楽しむことを好む。しかし、それだけではないのだ」
アルブレヒトさんはさらに続ける。
「それは普段経験できるものとは違うことを経験すること、だ。美術館で絵画を見る? 劇場でオペラを見る? そういうものは若者が退屈だと感じていしまう定番すぎる娯楽なのだよ。彼らはそういう定番と違う娯楽を求める」
「なるほど。それで定番の観光地を、と」
「まさに。定番を外すには定番を知らねば」
観光の世界も奥が深いのだなと私は感じた。
「じゃあ、本当にコテコテの帝都観光で行きますね、アルブレヒトさん」
「改めてよろしく頼むよ!」
私たちはアルブレヒトさんとルナさんを連れて馬車に乗り、まず最初に目指すべき定番も定番の観光地に向かった。
「しかし、護衛を依頼したから、もっといかつい人間が来るのではないかと危惧していたが、そんなことはなかったね。しかし、君たちほどの少女たちが来るとも思ってはいなかったものの」
「実力はありますのでご安心ください」
「ふむ。君たちは荒事の経験が?」
答えにくい質問が来たが、答えなければ。
「ええ。こう見えても少なくない荒事を経験してます。帝都の中でも治安の悪い場所で仕事をすることもあるものですから」
「君たちのような小さい子供が荒事に巻き込まれるのは残念なことだが、君たちの実力を示すものだと受け取っておこう。共和国にもそのような治安の悪い場所は数えきれないほどあることだし」
そういうアルブレヒトさんの目には哀れみと同情のそれがあった。私たちがお金がなくて荒事をしなければならないと思っているようだ。
まあ、孤児だったところをオーウェル機関に拾われ、養成機関で訓練され、そしてオーウェル機関の任務を与えれた。そう考えれば間違ってはいないので、修正するつもりはない。
「さて、最初の観光地は帝城です。衛兵交代の時間が近いので、人が多いと思いますが大丈夫ですか?」
「もちろんだとも! しかし、帝城というものは正式名称は何なのだい?」
「帝城に名前はないんですよ。ずっと帝城とだけ呼ばれていて、他に名前はないのです。シンプルなのがいいのかもしれませんね」
「ほう。なかなか面白い文化だ。帝国は帝国という自分たちの政体に一種の誇りのようなものを持っているように感じるよ」
私の説明にアルブレヒトさんはいいリアクションを返してくれた。
「帝城の歴史はご存じです?」
「いや。寡聞にして知らない。是非とも教えてほしい」
「では。帝城が建設されたのはそこまで古くないんです。建築が決まったのは1600年代で、帝都が帝都として機能するようになり、政治経済の中心地となったころなんです。それまでは皇帝と皇室は北部のドレイク城で暮らしていたんですよ」
「ほう。それもまた面白い歴史だ。そういえばこの帝都は国際都市だけではなく、計画都市としての側面もあったね」
「その通り。帝都は意図的に成立させた大都市です。とは言え、計画されてから既に100年が経過しているので、計画性は薄れていますよ」
そうそう、帝都は完全な都市計画で作られた場所なのだ。自然に人が集まって都市が出来たのではなく、最初に都市があって、そしてそれから人が連れてこられてたという経緯がある。
だから、その都市計画の色が濃ゆい中心部は道も広く、区画も整然としている。
「ロッティはこういう歴史は知っていた?」
「いえ。あまり価値のない歴史ですから」
「価値がないことはないよー。私のこと、散々勉強してないって言ってたくせにー」
「雑学ばかり学んでも意味はないんですよ」
ロッティはそう言って切り捨てた。酷い。
「雑学はウィットに富んだ会話をするうえで欠かせないものだよ、ロッティ君。実際に私はルーシィ君との会話に満足している!」
「それは結構なことです」
アルブレヒトさんはそう言ってくれたが、ロッティは大して反応していない。
「ロッティ。そこまで襲撃を警戒しなくても大丈夫だよ。リーヴァイ先生もバックアップしてくれているしさ」
「ですが、護衛が今回の任務ですので」
「やれやれ」
襲撃なんて早々起きないと思うけどな。
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