7話 新生活
ここは白を基調とした部屋、とてもシンプルな作りであり、彼が最初に目覚めた部屋と似ている。
だが、決して同じ部屋ではない。先の部屋は人を休ませる為の部屋であったが、今回は違う用途で作られている。
ーーまさか異世界でも勉強する事になるとは、、、、
暁は、国から付けられた教育係の講義を聞きながら心の中で不満を呟いた。
暁はこの状況になったあの日の事を思い出す。
あの日は勇者選定の儀が行われた日、暁は正式に勇者として向かい入れられ、ありがたい事に勇者の剣を始めとした様々な援助を受ける事になった。
だが、その援助の中に全く興味の無い礼儀作法やら歴史の授業があるとすれば話は別だった。まだ興味のある魔法学や魔物学、今後とも多いに必要になってくる一般教養なら楽しく学ぶ事もできたが、やはり勉強は苦手だった。
ーー優等生な茜なら喜んで勉強してたろうけど
暁とは違い、勉強が好きで成績も良く、高校入試も主席合格を果たしている幼馴染を思い出す。
ーー俺はあいつとは違う、地道にやっていくしか無いな
そう思い暁はノートに筆を走らせる、彼の勇者としての日々は地味なスタートになった。
※
ーー数日後
正面の城門から城に入り、石畳が敷き詰められた道を歩いて数分の場所にある建物があった。
そこは風の国アネモスが誇る“アースフィア騎士団”の詰所であり兵舎だ。
ウラガン城と同じ時期に作られている為、何度も修復された結果、所々に修復跡が見られ、古き良き歴史を感じさせられる場所となっていた。
もちろん騎士団というからには訓練場もあり、暁は今日も日課の訓練をしている。
「その調子だ!アカツキっ」
「ーーはい!師匠っ」
師匠、もといシュウバの斬撃を”良く見る”彼から放たれる迅速の一撃は、訓練用の剣を使っていても殺傷能力に変わりは無い。
ここ数日で何度も見た彼の剣筋を目でなぞる、ギリギリの所でその進行方向を見極めると、その刃を当てた。
「ガンっ」と金属音が鳴り響くのも束の間、彼のもう一振りの剣が既に迫ってきていた。
「考えるなよ!反射で受けるんだっ」
両サイドから放たれる、迅速にして連続な攻撃は暁の脳を沸騰させる。
見慣れた剣筋だがギリギリ対応できる間合いを保つので精一杯だった。
「遅い!遅すぎるぞっ」
全身が熱くなり視界がぼやける、疲れからくる集中力の消耗は徐々に対応を遅らせる。その遅れはほんの少しであっても、積み重なれば大きなものになった。
シュウバから放たれた迅速にして連続な攻撃についに対応が完全に遅れた。彼の頬に傷ができ、頬から血が流れた所で、
「時間だね!今日はここまでにしよう」
「は、はいっ、、、、」
暁は息を切らし辛そうに返事をした、
「まだまだ荒い所はあるけど全体的に良い調子だ!今後はもっと反射で動けるように意識する事と、純粋な体力の強化だなっ」
「ーーあははははは、はぁ、精進します、、」
暁はここ数日、シュウバによる特訓を受けている。
彼の特訓はとことん追い込むスパルタ方式であるが、そのおかげで暁はそれなりに剣術を修め、それなりに動けるようになって来ている。だが体力というのは直ぐ簡単に身につくものではなかった。
※
控えめに装飾のされた優美な部屋。必要最低限に必要不可欠な家具の並ぶこの部屋は、暁の為に国から用意されており、暁はとてもお世話になっている。
シュウバによる訓練が終わり、自室にて用意された昼食を食べる。バランスの取れた食事を食べ終え、午後からの魔法の特訓に、胸を踊らせていると部屋がノックされ1人の女性が現れた。
「君が勇者?」
「はい、そうですけど、、、、」
その女性を見た時、暁は衝撃を受けた。
知識としては講義を受けて知っていたが実際に本物を見たのは初めてだった。
ーーエルフだ。
彼女はその尖った耳を小さくピコっと動かすと深緑色の目で暁をみやり、
「ーーうん、やっぱりね、異界人の反応はいつも同じだ、君たちって耳ばかり見るよね」
身長は暁の胸の辺りと小さく、細い手足は陶器の様に白い。年齢が見た目通りなら12歳ぐらいに見える。
「えっと、あなたが魔法の講師ですか?」
「うん、そうだよ。私は“タルナーダ魔導士団”団長“ティフォン・アヴェンタドール“勇者である君に魔法を教えに来た。付いておいで」
ティフォンは「付いておいで」と一方的に言い放ち部屋を出ていく、その後を慌てて追いかける暁だったーー。
※
ティフォンによって連れて来られたここはタルナーダ魔導士団の本部であり、この国の魔導の中心部でもある。そこの廊下を、暁はティフォンと共に歩いていた。
そこは石材を基調としていたアースフィア騎士団とは違い、木材を基調とされている為、落ち着いた雰囲気を醸し出している。木材の独特な良い匂いからは心を落ち着かせる効果もあるのだろう。
「、、、、良い匂いですね」
「ーーうん、私の好みで作ったんだ、故郷の匂いは落ち着くからね」
「え、この建物って建国時からあるって聞いてたんですけど、、、、、」
暁がつい最近に習った歴史の授業では、建国されたのは約1500年前だとされている。
その建国時から変わらずに存在する建物、それの設計に関わっているのだとしたら彼女の年齢はきっと、、
ーーっとこれ以上は辞めておこう
「あら団長?こんな所で何してるんですか」
っと声が聞こえ、その方向を見るとそこには淑やかな美女が立っており、暁はその声がするまで存在に気づけていなかった。ティフォンの様子を見るに、彼女は気づいていたようだが。
「ーー今からアカツキと本部に行くところ」
するとアウラは何か思い当たったように顔を傾げ、
「あら、アカツキ?、、、最近聞いた事のある名ですね」
「ーー彼は勇者だよ」
疑問を抱き、思案顔になっていたアウラだったがティフォンの一言により納得する、
「成る程、彼が件の勇者だったのですか」
「ーーそう、そして今から魔法を教える所」
「な、成る程。アカツキさん、その、、めげずに頑張って下さいね。私は仕事がありますので、では」
アウラは引き攣った笑みを浮かべたかと思うと、足早に去って行く。
残された暁はその様子に不安を感じながらも、ティフォンに連れられ移動するのだった。
※
ティフォンに連れて来られたこの場所は円形の空間であり、扉を開けて一歩足を踏み入れれば何重にも重ねて張り巡らされた高度な魔法が適応される。
それは時間の遅延から始まり、体への負荷を減らす事、魔力の循環を早める事、思考能力の上昇など、ありとあらゆる機能が備わった魔法訓練専用の空間になっている。
彼女が作ったとされるこの空間の名は“エスペランザ“。タルナーダ魔導士団本部に隣接して作られたドーム状の建物、その中に張り巡らされている。
高密度に展開される高難易度魔法の数々は、魔法に触れた事のある者なら舌を巻いて感動するだろう、流石は風の国アネモスが誇る魔導士団の団長である。
エスペランザの中には複数の魔力光が乱反射している。その煌びやかであり眩しくも感じる光景
に暁は目を細めつつ、目の前のティフォンを見た。
「魔力を感じ、その扱いに慣れなければ魔法を使う事は出来ない。今からその魔力を感じてもらう」
無口、無表情がデフォルトな彼女の言動からは熱量を感じる。
きっと好きな事には忠実に生きるタイプなのだろう。
「まずは目を閉じて集中」
「はい」
暁は指示通りに目を閉じる、視覚を閉じその分感覚を研ぎ澄ました。
すると彼の背中にティフォンの手が布越しに当てられる、触れられた部分からは彼女の手の温もりとは別種の温かさを感じる。
「これが私の魔力、この感覚を覚えて」
彼女の手から送られる魔力は、とても温かく体の芯まで温めていく。
「この感覚を意識し続けて」
ーー心の臓が1番暖かい、きっとここが魔力の源なのだろう。
「頃合いだ、指先に蝋燭の火が灯るイメージをして、詠唱は要らない」
暁はひたすらにイメージした。
心の臓から溢れ出る暖かい魔力を少しずつ動かす、それはやがて指先へ集まる。
指先へ集まった暖かい魔力は彼の指に小さな小さな灯火を灯した。
「おっ、出来た!!」
思わず喜びの声を上げる暁、この彼の灯した火は、とても小さく何の力も無いだろう。
だが、ただの儚い灯火であっても彼にとっては憧れであり元の世界に帰る為の希望なのだった。
「ーー君はすごいね、本当にすごい」
「本当ですか?よかった、、、、、、、、」
ーーアウラさんは何故か気の毒そうにしていたけど、ティフォンさんは素直に褒めてくれるし、良い人かも知れないな
「でも、これはよく無いね」
「へ?」
その自然に言われた一言に暁は戸惑い隠せない、
「な、何がダメだったんですか?」
「ついさっき君の背中に触れた時気付いたんだけど、、、、君はきっと、私の長い人生でも稀に見る特殊体質みたいだ」
特殊体質とは、この世界でも稀に見る異常な体質。
魔力を分解してしまったり、特殊な方法でしか魔力を回復出来なかったり、ひとえに特殊体質と言っても、その症状は多岐にわたる。
「君の場合だと、極端に魔力出力が抑えられている。仮に、君が他の魔術師のように魔法を行使したら、通常の何倍もの魔力が必要になる」
「、、、、、、、、っ」
勇者になれば元世界へ帰る力が手に入るかも知れない、そう信じていた暁にとって辛い現実を突きつけられる。
「リーゼちゃんから君の目的は聞いてるよ、だから分かる、はっきり言おう、たとえ天地がひっくり返っても、今の君では不可能な目的だーー何たって高難易度の魔法にはそれなりの魔力が必要だからね、ましてや世界を超えようするなら必要な魔力量は想像を絶する」
「なら、この体質を治療する方法は無いんですか?この世界には回復魔法だってありますよね」
ティフォンは暁の問いには応えず、顔を横に振った、回復魔法では効果がないのだろう。
暁は地面を見つめ黙りこける、、、、、、、、それは落ち込ん目いるように見える、だが
「そんなの、やってみなきゃ分からないじゃないですか」
っと言い放った。
彼女からの返答は無い、暁はゆっくりと視線を動かし目の前の魔術師を見た、1500年以上を生きた偉大な魔術師は次の言葉を待っているかのように静かだ。だからゆっくりと思いの丈を口にする。
「ーー無謀だっていいです無駄だっていいです、たとえ意味のない行為だとしても何もせずに諦める事はしたくない。だから俺に魔法を教えてください、どんなに時間がかかっても必ず、やりとげて見せますから」
暁は想いの丈を述べた、そのありったけを込めた言葉の羅列は彼の本気度をよく表していた。
ティフォンはエルフ特有の長く尖った耳を上機嫌に動かし言う。
「ふふっ、別に私は、“諦めろ”なんて一言も言って無いからね?寧ろ全力で力を貸すと誓おう、共に魔導の道を極めようじゃないか」
そう言って微笑むティフォンは、見た目にそぐわむ妖艶さを纏っている、彼女はその深緑色の目を怪しく光らせ暁を見つめていた。それから地獄の様な魔法訓練が始まる。暁はこれに見事耐え抜き、それなりに魔法を使える様になったのだったーー。