6話 風の国アネモス
ーー知らない天井だ。
寝起きで寝ぼけていたからか、ついベタな事を思った。
彼は体を起こし周りを見渡す、その視界に見えるのは白を基調とした部屋。とてもシンプルなデザインだがどことなく美しさを感じる。
「少年、やっと起きたか!」
「え、えっと、あなたは?」
金髪に黒いメッシュの入った青年が暁の横で椅子に座っていた。
歳は暁よりも5、6歳くらい歳上に見え、その自信に溢れる目に暁は眩しさを覚えた。
「ーー俺はシュウバ。シュウバ・ヴィレだ!君は?」
「えっと、水面月暁です」
自信に溢れた男、このシュウバ・ヴィレは何も知らない様子の暁に今までの経緯を意気揚々に説明しだした。
まず、暁の眠っていたこの部屋がシュウバの所属している商会、レヴァール商会の物である事。
暁のいた森が“迷いの森”と呼ばれる異質な森で、時々異界人が現れる事。
彼らが迷いの森で襲われいた時、突然現れた黒い鳥の集団が彼ら以外のすべての生き物を蹂躙した事。
その黒い鳥の集団が去って行った方向を辿ると、暁が倒れていた事などだ。
「なるほど、、、、、」
ーー黒い鳥?
暁の脳裏にはついさっき契約を交わした影の少女がチラつく
『ーーそれは私だね。あの魔法は指定対象外の生き物を全て食い尽くすか魔力が尽きるまで止まらないから』
ーーやっぱお前、強いんだな
『ね?私と契約しておいて正解だったでしょ?』
今、暁の影にはメアが潜伏していてお互いに思念のようなもので会話している。その為周りに声が漏れることはない。
「アカツキ、君はあの黒い鳥の群れについて何か知っているのかい?」
急に神妙な顔で聞かれたくない事を聞いてくるシュウバにアカツキは少し考えてから答える。
「いえ、わかりません。と言うか俺は、、」
※
「成る程、それは災難だったなアカツキ!」
暁もこれまでの経緯を掻い摘んで説明した。 普通なら“異世界から来た”などと滑稽な話は、聞いてもらうことすら難しいだろう。
それがここまですんなり信じてもらえるとは全く思っていなかった。
だがそれもその筈、こう言った類の話はこの世界では有名な方なのだ。寧ろ、納得した表情その境遇に同情してくれている。
「助けて頂きありがとうございます」
「いや、なんだ、俺たちは君を助けたが、これは純粋な善意からじゃない!それだけは覚えておいてくれ」
暁は気まずそうにしているシュウバに疑問を抱きながら、
「、、、わ、分りました」と答えた。
暁とシュウバが情報を交換している中で、ふと部屋の扉が開かれ1人の少女が入って来る。
「シュウバ、お疲れ様です」
「いえ、リーゼお嬢様こそ無事で何よりです」
シュウバとこの少女の間には明らかな主従関係があった。彼はまるで騎士の様に振る舞い主人を引き立てている。リーゼお嬢様と呼ばれた少女はそれに感謝する様に視線を送ると、暁の正面に立ちその口を開く。
「ーー初めましてアカツキ様、私の名前はリーゼ・レヴァール、私は商会を代表してあなたに頼みがあります、聞いていただけませんか?」
その瞳は翡翠色で儚く、だがしっかりと暁を見据えていた。
「ーー助けてもらった恩もあるので、俺にできる事であれば大丈夫です」
「ありがとうございます、アカツキ様」
リーゼは儚げな表情を少しだけ真剣な表情に変え言う。
「あなたが異界人であるならば私たちの探していた”勇者”に成りうるかも知れません。それを確認する為、私と共に王城へ来ていただけませんか?」
「お、俺が勇者?人間違いなんじゃ?」
彼はつい最近、怪しい影の少女と契約を交わしたばかりで、とても勇者と結つけて良いようには思えなかった。
「ーーその可能性はありますが、“ヘクト神聖教国“から出された声明とアカツキ様の現れたタイミングが良すぎるのです」
話によると、暁があの森に現れる3日前にヘクト神聖教国からの声明が発表された、その内容が魔王の出現と魔王の出現に伴い新しい勇者が現れると言う内容だったのだ。
「俺は元の世界に帰りたいんです、もし勇者になったとして、俺は元の世界に帰れるのですか?」
「ーー証拠も保証もありませんが、一つだけ可能性があります。それは先代の勇者の事です」
「先代の勇者?」
「えぇ、先代の勇者は4人いましたが、その中の1人に火継まつりなる女性の勇者がいました。彼女の得意魔法は火と時空。その時空魔法は常軌を逸していて空間を越えることもできたと。それに彼女たち先代の勇者4人は、魔王討伐後からの記録が急に途切れていました。死亡説が有力とされていますが、世界を超え元の世界に帰ったと言う事も考えられるかと思います」
リーゼの言った可能性は確かに可能性の話であり、中々に博打要素が高いと思ったが。それでも暁はその希望に縋る事にした。そして彼は意を決したようにリーゼを見て、
「分りました、行きましょう」
ーー元の世界に帰る為なら何だってやる、それが勇者だろうが魔王だろうがな
こうして彼のこの世界での目的は明確になりつつあったのだったーー。
※
ここは風の国アネモス、大陸の最も東にあり、聳え立つ大きな山とそこに付随する豊富な自然に囲まれた国である。その中心地には『風都エア』と呼ばれる首都があり、そこで一年中暖かい風が吹いている。
その暖かい風は『風都エア』の高低差が激しい街並み、その隅々まで行き渡っており、そこに住む国民の体を温めている。
元々、風都エアは高低差の激しい地形をしている。それに伴い、建造物もまた高低差の激しく不均等で乱雑とした街並みが広がるのも必然だったのだろう。
だが、その不均等だが絶妙なバランスで並んでいるその光景は変に纏まりがあり、また違った美しさをを感じる人もいるのだとか。
こんな風都エアの中でも、一際高低差の激しい建造物が存在する。それは天に届くほど高く伸びた屋根を持ち、3つ連なる山々その麓に位を構えている。何故倒れないのか?どうやって建てたのか?それは謎のままであり、そこに住まう王族ですら知らないだろ。
そんな建物の名は、『ウラガン城』ーー風の国アネモスが建国された当初から姿を変えず数百年存在する歴史ある城であり、その城壁には古めかしい傷がいくつも刻まれており、今までの武功を誇っている。
そんなアネモス城の城内。煌びやかな装飾と小綺麗で立派な絨毯が敷かれた王座の間に、暁やリーゼ達の姿があった。
ーーすっげ
初めて見る大きな城と豪華な内装に、日本の一般的な建造物しか見た事のない暁は内心で驚愕の声を上げた。
「レヴァール商会からリーゼ・レヴァール様と異界人のミナモヅキ・アカツキ様です」
「ふむ、よく来たなリーゼよ、それとアカツキとやら」
最初に暁やリーゼを紹介したのが宰相と呼ばれる人だろう、玉座の隣で難しそうな顔をしている壮年の男だ。
次に偉そうに玉座に座る男を見る。その人物は翡翠色の髪を後ろで束ねており、頭の上に乗せた王冠は分かりやすくその者の地位を表していた。
「して、今回この様な場を設けたのは他でもない。アカツキとやら、其方が勇者かどうかを見極める為だーー」
この場にいた王と宰相、暁とリーゼを除く高官や武官たち知らされていなかった者たちだけが騒ぎ始める。それだけ勇者という存在が大切であるという事だ。
「ーー鎮まれ皆の者、王の御膳なるぞ」
その宰相の一言で元の静寂を取り戻す王座の間、自分に言われたわけではないと分かっていても、つい黙ってしまう程の圧を感じる。
「まぁ、皆が騒ぐのも仕方がないよの」
「そうですね陛下、つい1週間前に教国から出された声明もあります。このタイミングでの異界人の出現は何か運命的なものを感じてしまう」
「さすれば真偽を見極めなければな」そう言い、
国王はリーゼと同じ翡翠色の目でアカツキを見やった。
「私は風の国アネモス52代目国王、ボレアス・ヴァン・アネモスだ。アカツキ殿、先に聞いていると思うが其方には“勇者選定の儀”を受けてもらうぞ」
※
勇者選定の儀ーーそれは勇者としての素質が備わっているか調べる為の儀式であり、一定の周期で現れる勇者を見定める為の儀式でもあった。
勇者選定の儀に必要な物はそう多くない、その手の専門家である高位神官と勇者の剣、それだけあれば十分だ。
「それでは高位神官殿、後は頼むぞ」
「お任せください」
華奢な体を法衣で身に纏った女性が右手に錫杖、左手に剣を持ち近づいてくる。その剣と錫杖からは神聖な力を感じた。
「アカツキ殿これが勇者の剣です、柄を持ってみてください」
「、、、、分りました」
こうして渡されるは“勇者の剣”と呼ばれる剣。それを持った時に感じるのは鉄の重みだが、不思議と重過ぎるとは感じない。寧ろ良く手に馴染む重さだった。
すると数秒後、勇者の剣に変化が起きた。刀身は瞬く間に赤黒く染まってゆき、その柄や鍔さえも染めていく、最終的にその形状は元の形状より少し細く短くなっていて。まるで暁の体の大きさに合わせたかのようであった。
この変化はその場にいたほぼ全ての人に少なからず衝撃を与えるーー国王や宰相、高位神官などの一部の者は特に顕著だ。
「このような変化は過去に一度も確認されていません、その良し悪しは分かりませんが、これは素晴らしい事ですよ!アカツキ殿!」
高位神官の発した事実は、直ぐに現実味を帯びてその場にいる人たちへ浸透する。
そして王座の間には静かな喧騒が広がっていき、
『ありゃ、すごい騒ぎだ、流石は私の契約者だね』
ーーいやぁ、、、、騒がしいのは好きじゃないんだけど
素直に感心するメアを他所に、暁は苦笑いを浮かべるのだったーー。