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4話 凡人


      


 


 デッケン・ハーデン、彼に特別な才能は無い。だからこそ人一倍の努力を繰り返し、出来る事や試せる事は全部やった。我武者羅(がむしゃら)に努力し続け、凡人の中ではそれなりの強さになった。だがその強さは凡人の域を出ない、だからこそ全てを高水準で扱えるまでに努力したのが今の彼だ。

 剣術、体術、弓術、槍術、盾術、などの一般的な武術はもちろん、風魔法だって未熟ながらも上級魔法を扱える。

 実際に使う種類は限られているがそれでもその努力具合が分かるだろう。



 そんな彼でもヴォルフ・ヴァンガードは手に余る、正確にはヴォルフ・ヴァンガード単体での問題はないのだろう。だが100体近いヴォルフを従えるとならば話は別だ。


ーーなんだ、あれは?


 デッケンは疑問を抱いた、彼の知っているヴォルフ・ヴァンガードは自身の下位種族であるヴォルフを100体近くは従えている筈だ。だが目の前にいる個体は違う、従えているのはヴォルフではなくーー。


「オグルなのか?」


 オグルという生物は頭部に角を持つ人型の魔物であり、その筋骨隆々な体は鉄の刃も通さないと言われている、他の魔物と組む事の必要のない程の強者だーーその強さはデッケンと同等かそれ以上、しかも一体ではなく3体ものオグルをヴォルフ・ヴァンガードが従えていた。


ーー勝てるか?、、いや違うなどうすれば勝てる?



 少なく見積もっても戦力差は2倍、引き連れている部下が束になってかかってもオグル1体にだって苦戦するだろう。


 考える、考えを巡らせる、彼の今までの経験と知識から1番勝率の高い方法をーー。



ーー私の全てを賭けるしかない、

 結局、思いつく方法に碌なものはなかった、 


「隊長、、、、、、指示を下さい、我々は最後まであなたの意に従います」


「言われなくても、今言う所だったがな」


「それは失礼しました」


 デッケンに話しかけたこの男は、部隊の中でも最古参の人物であり、副官のような役割をしている。


「お前たちはオグルを1体倒せ、残りは全部俺が倒す、、これが作戦内容だ、勝手に死んだら殺すからな」


「ははっ、了解です!ーーおい、お前ら聞いたかか!?絶対死ぬんじゃねえぞ!」


「「「「「応っ!」」」」」


 その作戦は、作戦と言うには余りに稚拙で単純、命の犠牲の元に成り立つような無茶な作戦だったが「死んだら殺す」と言う隊長の発言により、寧ろ部隊の指揮は上がっていた。






 結果だけを求めるのなら、確かにこの選択が最適だったのだろう。部下は幾らか失うが1番勝率が高い選択、それでも勝率は半分に満たない。それだけの戦力差がそこにはあった。





 様子見なのだろうか、1体のオグルと隊員達の戦闘が始まっていた。


 その人外なスピードに翻弄され、強烈な一撃に吹き飛ばされながらも、今だに死者を出さずに戦っている優秀な部下を横目で見ていたデッケンは少し安心し自分の相手を見る。強者の風格を漂わせ仁王立ちするオグルが2体と、その後方にはこちらを観察するようにヴォルフ・ヴァンガードが佇んでいる。


「行くぞ、出し惜しみなどしない」

 彼は知っている、格上を相手する場合は時間をかけては行けないーー。


 だから、“彼は魔法を唱える”


「ーー風魔法《疾風(しっぷう)》ーー」


 風魔法《疾風》は、風を纏う事により敏捷性を底上げする魔法だ。



「ーー風魔法《刃風(はかぜ)》ーー」


 風魔法《刃風》は、風を刃に纏わせ切れ味と耐久力を上昇させる魔法だ。


「ーー風魔法《風降ろし・鷹(かぜおろし・たか)》ーー」


 風魔法《風降ろし・鷹》は、風で作った鷹が術者の意に従い戦う魔法だ。


 今の彼は体と刀身にそれぞれに魔法の風を纏い、周囲には風でできた鷹を3匹従えているーー「出し惜しみはしない」彼の言ったとおりに風魔法の大盤振る舞いだった、しかし彼の魔力総量はそこまで多く無い、今使った3つの魔法は比較的魔力消費の少ない魔法だ。だがそれでも魔力はごっそりと減ってしまうし、あと数分も戦えないだろう。だがこうまでしないと戦いにすらならないのだーー。


 デッケンは疾風を纏い走る、軽やかで素早いその動きはまるで風のようであり、2体のオグルとの距離は一瞬で縮まった。彼の速さに目を見開いた2体のオグルは、手に持つナタを反射で振るってくる。


 彼の左右から迫る2本のナタ、右から迫る1本を風を纏った直剣で受け止める。左からくる1本には《風降ろし・鷹》で作った風の鷹が体で受け止めていた。まさか防がれると思っていなかったのだろう2体のオグルは、驚きから一瞬だけ硬直した。

 

 それはそうだろう、彼らは生まれた頃から強者であり、今まで簡単に他を圧倒してきた。そんな強者の攻撃が、こんな矮小な人間風情に防がれたのだ、さぞ驚愕しただろう。



 この一瞬の隙をデッケンは逃さない、風のように滑らかな動きと、《疾風》のような加速を得た彼はオグルの側面に回り込むとその剣を振るう。

 

 だが、敵を切り裂く筈だったその刃は「ガキィィン」と金属音を鳴り響かせ止められる。


「ーーーークソッ」


 つい悪態を吐くデッケン、彼の渾身の一撃は、斬りつけたオグルに防がれていた。

 今現在の戦況は、格上相手の2対1。彼からすれば最初から全力で当たり、早々に1体を倒す狙いがあった。


 だがその狙いは失敗する、結果2人目の攻撃が彼を襲った。1人目の後ろから脇を通すように放たれる突き。これを避け切る事はできなかった。


「ーーーーーっ、、、、ぅ」


 放たれた突きは彼の肩口に突き刺さる。


 咄嗟の判断で後ろに飛んでいた為その傷口は浅くすんだが、確かな傷は残り血はドクドクと流れ落ちて行く。段々と不利になっていく状況に彼の額から一粒の汗が流れその輪郭をなぞった。






 2体のオグルはニヤリといやらしい笑みを浮かべこちらを見下している。後ろで観察しているヴォルフ・ヴァンガードは戦いに参加する気は無いみたいだった。


「あまり使いたい手では無いが致し方ないーー風魔法《突風(とっぷう)》ーー」


 デッケンは手に《突風》を発動させるとそのまま地面に叩きつけた。その衝撃に大きな砂埃が煙幕のように広がり彼と奴らを包み込んだ。

 煙幕の中こちらに近づく気配を感じその場で腰を落とす、剣を横薙ぎに構え迅速の一閃を放った。

 その風を纏った渾身の一撃により砂埃が一気に晴れる、手に伝わる確かな感触を証明するように1体のオグルが真っ二つになっていた。


ーーまだだ、


 彼は真っ二つにした敵が血飛沫を上げて崩れ落ちる光景を横目に、次の相手を見る。

 そこにはもう1体のオグルがデッケンの首筋に向けてナタを振り下ろしていて、直撃する寸前であった。


「分かっていた」


 だがデッケンの首筋に放たれた一撃が彼に届く事は無い。

 それは何故なのか?その答えは、ナタを持ったままで宙を舞っている奴の腕と、次の瞬間にオグルの頭と胴体がお別れした事からよく理解できるだろう。

 

 もし今の動きを第三者が見ていたならば、こう説明していてかも知れない。体の横まで振り切っていた彼の剣先が不自然な挙動で曲がって敵の腕と首を切り裂いていたと。そしてとても不気味な光景だったとーー。



 彼が何をしたのか?それを簡単に説明するとすれば、魔法の使い方を工夫しただけだと答えられる。

 もし詳しく説明するならば、この戦闘の始まりから使っている《疾風》と言う名の魔法の原理から説明しなければならない。

 まず、この魔法の本来の効果は術者の全身に風を纏わせ、動きの補助をさせる事にある。だが彼はそこを工夫していた。それは風で動きを補助するので無く体の一部を風と同化させる事であり、言うなれば「ーー上級風魔法・《疾風顕現(しっぷうけんげん)》ーー」体と風を同化させる上級魔法である。

 

「ハァ、、、、ハァっ、、、、っ」


 ただ上級魔法なだけあって、魔力の消耗が激しい。デッケンの魔力量的にも、腕の一部に数秒間だけの限定顕現が精一杯だ。



 たった数秒の間に終わらせた戦闘、この数秒でもデッケンの魔力は尽きてしまう。纏った風と、風の鷹は霧散して彼の魔法はもう使えない、だが敵はまだ残っている。



「次はお前の番だな臆病者」


 そう言って、仲間が殺されるのも気にせずに、こちらを観察し続けているヴォルフ・ヴァンガードに挑発をする。言葉の意味を理解しているのかは分からないが、奴はそれに応えるように飛躍した。


  魔法を使い、風を纏って敏捷性を上げている奴の動きは風のように軽やかで速い。

 一瞬で彼の目の前に現れると、その鋭い爪をデッケンに振るった。


 速さと重さの乗った攻撃をデッケンは防ぎ切れない、剣を間に合わせ直撃は免れたがその衝撃は彼を吹き飛ばすに事足りた。


「ーーっハァッ」


 彼は吹き飛ばされ地面を転がる、その衝撃に砂埃が撒き上がり、彼と奴の周囲を包み込むように漂った。


 視界を薄く汚される中、彼は思う。


ーー魔力の無くかった私に奴を倒すに足る力は無い。


 そもそも魔力とはこの世に存在する全ての物質に含まれている。魔法はそこに様々な形で指向性を与えているだけだ。


 だからこそ、


ーー魔力が無いのなら、作り出せば良い。


 実際、魔力を作り出す事は可能だ。方法は幾つかあるがどれも並大抵の手段ではない。

 そして幾つかある方法の中でも1番簡単で残酷な方法を彼は選んだーー。







 砂埃が晴れ、肌を焼くような陽の光が差し込む。照らす太陽に灼かれながらヴォルフ・ヴァンガードはさっきまで戦っていたあの男を探していた。

 奴は矮小な人間ながら、自分と同等かそれ以上の敵を倒して見せた強き者だ。故にその力の根源たる魔力が尽きた今こそが最大の好気。なんとしてでもここであの人間を仕留めなければならない。

 言葉を発する事はできないが「どこにいる?」と心の中で呟き、右から左、左から右へと視点を動かす。


「ーー上だ」


 と言う声が聞こえたのは頭上だった、

その声に反応して上を向くと、そこにはーー。





 寿命を代償として払い泣け無しの魔力に変換した。のちょうど自然にできた煙幕を無駄にせぬよう静かに魔法を行使するーー。


「ーー風魔法《上昇気流(アップドラフト)ーー」


 下から上に、噴き上がる風は静かにかつ高速で彼を運んで行く。あっという間にこの魔法の最高到達点まで到達した彼は自由落下に身を任せ落下していったーーその落下中に新たな魔法を唱える。



「ーー『風は刃に集う(つどう)う』『起こりは転じた』ーー」


「ーー上級風魔法《風纏の(ウィンドフラン)(ベルジュ)ーー」


 《刃風》の上位互換であるこの魔法は、その効果により直剣に風が収束する。そして次第に風は肥大化し大きな剣と成った。


「ーー上だ」


 彼は太陽を背に風を全身で受け止め落下していくーーキョロキョロと彼を探しているヴォルフ・ヴァンガードへの完全な奇襲になった。

  彼の一言に気付き、見上げたがもう遅い。


(ミヤマオロシノタチ・ザン)

「ーー上級魔剣技《深山颪ノ太刀(みやまおろしのたち)・斬(・ざん)》ーー」


 縦に一閃。彼の鍛え上げられた剣技と魔法その両方を合わせた一撃は、落下の衝撃も合わさって途轍もない破壊力を秘めていた。

 その証拠にデッケン・ハーデンの最大火力を諸に喰らったヴォルフ・ヴァンガードの体は、頭から股下まで真っ二つに切り下ろされ動かぬ死屍に成り下がっている。 


「ーーあっ、、、、、、、、がぁあああ!」


 デッケンはその着地の衝撃に苦痛の声を漏らす。着地点を中心に広がる大地の陥没具合から、その衝撃の強さは容易に想像できた。魔力は元より体のあちこちを損傷した彼はもうまともに動けないだろう。

 奴の死屍から噴き上がる血の雨を浴びながら彼は思うのだった。


ーー早く戻らなければ


 

 ヴォルフ・ヴァンガードの率いる魔物はヴォルフに限られている筈だった。それ以外の魔物を率いていた例など聞いたことも無いし今回が初めての事だ。ましてやほぼ同格のオグルを3匹も率いていたとなると余計に不自然に感じる。


 彼は少しずつ来た道を戻る、足元も覚束ない程ボロボロだがまだ油断してはいけない止まってはいけないのだ。

 その後、最初に1匹目のオグルを任せた部下たちとも合流し、そのボロボロ具合にお互い苦笑いしつつもお嬢様の元へ帰って行くのだったーー。


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