13話 不穏の始まり
昼頃、暁は昨日の冒険で疲れた体を起こすと直ぐに宿屋をでる支度を始めた。
太陽は既に真上を過ぎかけている。町に帰ってきたのがちょうど朝方だったのもあり、この時間に起きる事は仕方ないだろう。
ーー冒険者ギルドで待ち合わせって言ってたけど、もう来てたりして
そう思いながら冒険者ギルドの中に入ると、藍色の髪をした彼女の姿があり、相手も暁を見つける近寄ってきた。
「アカツキさん、少し遅かったんじゃなくて?」
「ちょっと寝過ぎたんだ、ごめんディア」
暁は遅れた事を謝り、軽く頭を下げた。
今回、暁達が冒険者ギルドに来ている理由はディアと昨日受けた依頼の報告と、報酬の受け取りや魔石の換金などだ。
「Dランク・マッドサーペントの群れの討伐依頼ですね。依頼達成の確認が取れましたので報酬の方をお支払いします。魔石などの換金も合わせていたしますがどうしますか?」
受付の女性から魔石の換金を勧められ、ディアは暁の方を無言で振り返る。その行動の意味を読み取った暁もまた、無言の頷きで返した。
ディアはそれを確認すると正面に向き直し、
「それなら、手持ちの魔石を全て換金したいのでこれをお願いします」
言いながら、懐から取り出した袋を机の上に置く。軽く置いただけだろうに、重い音が響いた。
「マッド・サーペントが20、ゴブリンが3、レッサーヴォルフが5ですか凄いですね、これをお二人で?」
「えぇ、そうですわ」
ディアは澄ました顔でドヤ顔をしていた。
「これは期待できますね。近い未来にC級へ上がる事もできると思いますので、くれぐれも無理をしない様に頑張って下さい」
ーーC級か、頑張らないと
この後、換金代と報酬金を貰い。配分を終わらせた暁は達は冒険者ギルドを出るのだった。
冒険者ギルドをでて、少しした所で暁はディアにとある提案をされた。
「アカツキさん、もしよろしければですけども、私とパ、パーティを組みませんか?昨日の様な限定的な関係ではなく、せ、正式で永続的なものです」
突然そんな提案をしてきたディアだが、恥ずかしいのか緊張しているのか、少し下を向き顔を赤らめ上目遣いで暁を見ている。その声も上擦っていた。
ーーど、どうしたんだ急に
元々、パーティを組む事自体は嫌では無かった暁だが。このディアの緊張振りに困惑を隠せない。
『アカツキ、早く返事してあげなよ』
メアのその一言で平常心を取り戻す事に成功した暁は、ディアに元から持っていた返事をする。
「えっと、俺としては全然こちらこそよろしくって感じかな。そもそも“初めて見た時からディアを欲しい“と思ってたし」
『ちょ、バカ!』
ーーえ?なんだよ
『言葉が足りない言葉がぁ!誤解されるぅ!』
ーー、、、、あ、
メアに言われ失敗を自覚した暁は、ハッとなってディアに目線を向ける。そこには顔を真っ赤にしてプルプルと小刻みに震える彼女の姿があって。
「ご、ごめんディア!違うっ、違うから!誤解だからっ、落ち着いてくれ、言葉が足りなかった!」
それから、暁は必死に弁明する事になる。一応パーティを組むことは正式に決まったが、一悶着あったのは言うまでもない。
※
ここは窓一つ無い地下室。暗くジメッとした空間に何やら人がいるらしい、その声は複数人だった。
「、、、、あれの準備はできたか?」
「あぁ、完璧だ段取りは済ませてある」
暗闇の中から声が聞こえるが何人いるかは分からない。明らかに怪しい会話をしていた。
「ほぉ、重々だな。それでターゲットの様子は?」
「居場所は掴めている。事前に聞かされていた通りターゲットの護衛は少ない。唯一懸念されていた彼も運良く別行動中ときた」
「それはちょうど良い、翌日の夕方決行としようぞ」
彼ららが何を為すのか、その先に何があるのかは分からない。だが、
「勇者は悪である、勇者がいるから魔王が現れ争いになるのだ。ならいっその事、勇者を亡き者にしてしまえば良い!さぁ行くぞ同志達!我ら暗邪苦の名の下に!!」
ただ“暗邪苦”と言う名の組織はこれを機に有名になる。不穏な気配がまた一つ増えたのだったーー。
※
同時刻、
暁達が戦ったマッドサーペントの生息する沼地、その沼地より更に奥には人を寄せ付けない危険地帯があった。そこには比較的ランクの高い魔物が多く生息しており一部の上級冒険者しか達いる事は許されていない。
そんな危険な場所に筋骨隆々な大男『重硬』ダングステンと、その隣には金髪青眼の女性、『回聖』ヘレスがいた。
「まったく、冒険者稼業は引退した筈なんだがなぁ」
片腕を失い冒険者を引退した彼だったが、その実力と経験を買われこうして仕事を任される事も多々ある。そして彼は今回、ヘレスと共に沼地の異変の調査に来ていた。
「お前は片腕が無くたって十分強いだろう。まさか、私の事に責任を感じているわけじゃ無いだろうね?もしそうだとしたらガチでぶん殴るよ」
問われたダングステンは自分の亡くした方の腕と彼女を見比べて答えを出した。
「いや、それはないだろうな。俺はただ臆しただけだ、長年連れ添った左腕を食われ失ってからずっと、同格以上の相手が怖くて戦えない」
まさかのカミングアウトだった。元とはいえ冒険者の中でも最高峰のA級冒険者が怖くて戦えないと言う。それだけトラウマになってしまったのだろう。
「無様だろう、失望したか?」
ダングステンは自虐気味に言う、それに対しヘレスは、
「はっ、バカが。誰だって怖いもんは怖い、やっとそんな当たり前の事に気づいたのか。世の中必死こいて生きてる奴ら皆んな、何かしら怖いもんがあるんだ。だからその怖さに向き合って一生懸命に生きてんだよ。ダンッ、あんただってできる筈だろ?」
きっとダングステンはその時まで恐怖を感じた事が無かった。だからこそ初めての恐怖心は彼を大いに混乱させ冒険者を引退するまでに至ったのだ。
だがそんな彼の弱さを彼女は一刀両断した。
「そうかこれが“恐怖”なのか。ありがとなヘレス、君のおかげで気がつけた」
実を言うとこの2人は数年前からパーティを組み冒険者をしていた。その頃のダンは今とは違い周りの人に礼を言う様なやつでは無かった。
「まさか、ダンに礼を言われる日が来るとは。お前に誘われて冒険者になった甲斐があったな」
「俺は何も変わっとらんぞ」
ダンの様子に面白おかしそうに笑みを浮かべるヘレスだったが、次の瞬間表情が一変する。
「む、なんだ?」
ヘレスの変わり様に気づいたダングステンは感覚を研ぎ澄ませる。すると、
「魔物の足音っ、それもなんだこの量は??」
1匹や2匹ではない、彼の耳に聞こえたのは数え切れない程の大群の足音。それも一種類ではなく複数の唸り声や鳴き声が聞こえてくる。
「「死の大群!!」」
それは何かしらの要因で魔物達が一斉に移動する現象。これを上手く対処できなければ国が滅びる事さえありえる大災害だ。
「ダンッ、まずいぞこの方向は」
「ウェンディアか!!!」
死の大群の進行方向は不運にもウェンディアへと向かっていた。国で対処しなければいけない脅威が無慈悲にも一つの町へ降り注ごうとしていた。
「流石に俺たちだけでは時間稼ぎもできん。速急に町へ帰りこの事態を伝えなければっ」
「分かってる行くぞっ」
流石の彼らでもこの大群に対し無策で戦うのは自殺行為になる。よって戦う選択肢は無かった。
2人は慌てて町へと引き返す。ヘレスのバフを多重に重ねがけされた馬は1日もかけずに帰還したのだったーー。