12話 沼地の冒険
風の通り道ウィンディアから数キロ歩いたところには沼地がある、そこは夜間になると夜行性の魔物が活発に活動し始める危険地帯であり、生半可な実力のものは立ち入らない方が良いだろう。
だが今、そんな沼地に生息するマッドサーペントの群れと対峙している冒険者2人がいた。
雨が降った後のような湿った空気が広がり、冷たい風が体を冷やす。地面は泥濘み滑りやすくなっていて危険な為、慎重に動かなければならないだろう。
ーー沼地を甘く見てたかも、、、、
『それはディアちゃんも同じみたいだね』
メアが言っていたとおり、彼女の名前はディアと言い、フルネームだとディア・マーキュリーと言う。そんな彼女も暁と同様に苦戦していて、何回も転びそうになっていた。
「この依頼が残ってた理由がわかった気がするよ」
「そうですね、たまたま残っていた美味しい依頼ではなく、いつも残っている不味い依頼だったのでしょう」
お互いに見解は一致していた、
「ははっ、運が悪い」
「ふふっ、そうですね」
こちらの足場は悪く動き辛いのに対し、あちらは体をくねらせ滑って移動している為スムーズに移動できる。暁たたちが明らかに不利な状況だった。
そもそもマッドサーペントとは、体長2メートル程ある蛇型の魔物であり、10匹から20匹の群れを成している.こいつら単体ではEランク相当だが群れる事でDランク相当の魔物として冒険者ギルドから指定されていた。
そして今、そんなマッドサーペントたちがディアと暁を見つけ捕食しようと四方八方から迫って来ていた。
ーーまぁ、負ける気はしないかな
暁はディアの魔法の威力を知っている、彼女の蒼炎はA級冒険者にさえ通じるのだ。Dランク相当の魔物など敵ではないだろう。
「私に任せなさいっ」
早速、彼女が詠唱を始める、
「ーー『蒼古なる炎よ』『崇高なる魂よ』ーー」
彼女から蒼く揺らめく魔力光が溢れる、それは彼女の背に集まり上に伸びていく。
「ーー『種は育ちやがて芽吹くだろう』『咲いて散れ』ーー《蒼炎魔法・蒼竜桜》ーー」
魔法が唱えられ気づけば、蜃気楼のように揺らめく蒼い桜が現れた。
その桜は花弁を撒き散らす。それは本体同様に蒼い花弁だった。
「ーー綺麗だ、、、、」
思わず口に出してしまう程の幻想的な光景に、空いた口が戻らない暁。
だが、例え幻想的な光景が広がっていても魔物であるマッドサーペントには関係ない、彼らはただ狙った獲物に本能で襲いかかるだけだ。
「見惚れなさい」
彼女の放った魔法がただの桜の木と花弁な訳がなかった。その蒼い花弁は満遍なく全方位に散っていくとマッドサーペントへと接触する。
その瞬間鳴り響く爆発音。それも全方位から同じタイミングだった。危機察知能力なのか、それとも本能なのか、それが花弁により起きる現象だと気づいたのかもしれないが意味は無かった。
次から次へと、無数に舞う蒼い花弁に触れた瞬間、爆発し弾けていくマッドサーペント。全滅するのは時間の問題だった。
爆発音が止み、蒼い桜の木もその花弁も霧散する。蒼い魔力光が辺り一面に広がり消えた。
「やっぱり凄いな。全体攻撃魔法もあの威力で使えるのか」
自身の魔力光が消えゆく様を見ていたディアは暁の賞賛の声を聞き振り返る、
「魔法を嗜む者であれば、このくらい創意工夫は必須です」
“当たり前ですよ?”と言外に言う彼女は酷く傲慢だったが、褒められ嬉しそうな表情をしている彼女から嫌な感じはしなかった。
ーー嗜むとか言うレベルの威力じゃなかったけどな、
「あぁ、そうだな」
「え、、、、、、、、」
まさか肯定されるとは思ってなかったのだろう、驚きの声を小さく上げ目をぱちくりさせている。
「アカツキさん、、、、いえ、何でもありません」
「、、、、、、、、?」
彼女は何か言おうとして辞めたが暁は無理に聞こうとはしない。
ーーデリケートな何かがあるんだろう、繊細そうな人だし
「さぁ、魔石を剥ぎ取って帰ろうか。帰りは率先して戦うから休んでてくれ」
「そう、、、、ですね。私の魔法は魔力消費が多いですし、帰りは任せましょう」
依頼は既に達成している、後は討伐証明で使う魔石を剥ぎ取って帰るだけだ。もちろん魔石は換金もできる。
帰りは夜行性の魔物がいくらか襲って来た、
「Eランク相当レッサーヴォルフ」「Eランク相当ゴブリン」
ーー極力、魔力の消費は抑えないと
『私に溜め込んだ魔力は使わないの?』
実のところ、暁は契約通り魔力をメアに供給しているわけだが。その結果彼女に自身の魔力を貯めておける事に気づいたのだった。
それからは、魔力を小まめに節約するようにしている。
ーーうん、今後絶対に使うだろうし。俺にはこっちがあるから、
そう言い、暁は直剣を引き抜くと横一文字に振り抜いた。
「やはり流石ですね」
そんなディアの呟きが出るほどの一閃、愚直に突っ込んできたゴブリンを3匹同時に切り刻んだ。
ーー正直、マッドサーペントの時は何もできなかったから。良い憂さ晴らしになる、
ここはもう沼地では無い、彼は本領を発揮できていた。
ーーよく見ろ、、、、か
次に現れたのはレッサーヴォルフが5匹。1匹1匹は弱いが連携をとってくる狼型の魔物だ。
5匹それぞれがジグザグに動き攻撃のタイミングを測らせない。
「アカツキさん、助けは欲しいですか?」
「いえ、大丈夫なので。見ててください」
2人の会話を隙と見たのかレッサーヴォルフらが仕掛けて来た。5匹がそれぞれ違う角度から、ただし同じタイミングで。
ーー良い連携だ、でも、、、、ちょっとズレてる、
それはそうだろう。いくら連携が上手くても、全く同時に攻撃する事は不可能に近い。
今、暁の目にはスローモーションな世界が流れている。この世界ではレッサーヴォルフの目の動きですら事細かく見える為、相手の動きを予測し優先順位をつける事は簡単だった。
あとは決めた順番で斬りつけるだけ。
「す、凄いわね」
暁からすれば点と点を線で繋ぐような簡単な作業。シュウバから受けた特訓は、暁の剣術を上達させた事にとどまらず、彼の目の良さをここまで引き出すに至った。そしてあの時の、単純に火力で敵わなかったダングステンと違って今回はその攻撃が通る。
両サイドから2匹ずつ、真後ろからは1匹、合計5匹の同時攻撃だったが彼はこれを見事に捌き斬った。
「後ちょっとだ、とっとと帰って寝よう」
暁達はその後何の障害もなく町に帰れたが朝日を浴びる時間に寝る事になったーー。
※
この町、風の通り道ウィンディアは風の国アネモスの物流を牛耳っている。国内のほぼ全ての交易品はここを通し各地へ輸送される仕組みだ。
そんなこの町の発展にはレヴァール商会がかなり深い所まで関わっており、切っても切れない関係へとなっていた。
そんな町の中心に通る大通り、そこで1番物流の発達した区画にレヴァール商会ウィンディア支部があった。ここは風都エアにあるレヴァール商会本部の次に大きい店舗であり、レヴァール商会にとってのこの町の重要性を証明している。
「お待ちしておりました。リーゼお嬢様、お元気そうで何よりです」
このイケおじの名は、“ヴェルトール・グランド”彼はレヴァール商会の創設時の初期メンバーであり、会長であるノルデの昔からの友人で商会の主要人物の1人、レヴァール商会副取締役兼ウィンディア支部支部長補佐を務める大御所だった。
「久しぶりね、ヴェルトール。あなたはまた老けたかしら?」
「ははは、これは手厳しい。私は元々実年齢より老けて見られる方ですが、これ以上老けたくは無いものです」
パーマのかかった黒髪を肩まで伸ばし、暗い色の紳士服を見に纏った片眼鏡のイケおじ。老けては見えるが若い頃の面影か色濃く残っている。
「リーゼお嬢様、食事の準備が出来ております。どうぞごゆっくりとお寛ぎ下さい」
「えぇ、ありがとう。ちょうどお腹が空いていたの」
食事をする為、奥の部屋へと移動するリーゼ、
その背中をヴェルトールは静かに見送っていたーー。