1.俺たち(ニューヒーロー)
ゲーム中にうっかり寝てしまったという経験はあるだろうか。
理由は様々だが、意外と多くのゲーマーが経験しているだろう。
・・・しかし、友達とオンラインゲームをプレイしている最中に、友達とほぼ同じタイミングで寝てしまうことは無いだろう。
これは、ついうっかり三人同時に寝てしまった男たちの物語。
「男」は目を閉じている。
先程まで寝ていたからだ。
だが、起きたからには瞼を開かねばならない。
そして世界をその目に映すのだ。
「・・・あれ?」
しかし映った世界は知らぬ世界。
自身が「ナニカ」に巻き込まれたことに気付くのは時間の問題だろう。
「男」は立ち上がると周りを見渡した。
そして改めて「違う世界」であることを確認する。
「・・・。」
ナニカを言おうとするが、口が開かなかった。
主にコンクリートで囲まれた生活をしてきた「男」にとって、綺麗な草木に囲まれている目の前の光景は違和感が大いにあった。
それ以前に、自室で居眠りをしていたハズだったことを覚えているため、明らかにおかしなことが起こっていることを察した。
理解が追いつかない。
そもそも「男」はあまり頭が良くないため、考えていても理解はできないだろう。
そんな「男」の元に、突然二人の人物が現れた。
「・・・!」
一人は一本の角のようなモノが付いた兜を被り、兜で見えない顔から黄色く光る目が見え、長いマフラーを身につけて、動きやすそうな格好をした人物。
一人は全身を重装の甲冑で固め、大きな騎槍と盾を持った大柄の人物。
その二人が「男」の背後に現れたのだった。
「・・・。」
「男」は目の前の人物たちに警戒するだけで精一杯だった。
だが、その警戒はすぐに解かれるのだった。
「お、お前・・・、「加藤」か?」
兜を被った者が「男」に喋りかけた。
「加藤」という言葉を聞いて反応する「男」。
そして話を続ける相手。
「俺だ、「山田」だ! で、こっちは「小島」。」
兜を被った者は「山田」と名乗り、全身甲冑の人物を指して「小島」と呼ぶ。
頭が良くない「男」でも、その聞き覚えのある名前に反応する。
「山田・・・、小島・・・?」
「男」は目の前の二人が、自身のよく知っている人物であると理解する。
しかし、知っている姿と声ではない二人を見て混乱する。
「どうしたんだよ、その格好は・・・。 その姿はまんま『ファフニールエッジ』のアバターじゃないか!?」
『ファフニールエッジ』とは、寝る前に「男」がプレイをしていたオンラインゲームの名前だ。
「男」・・・加藤は先程まで、友人である山田と小島と共に『ファフニールエッジ』で協力しながら遊んでいたのだった。
その『ファフニールエッジ』で山田と小島が使用していたアバターが、加藤の目の前にいる人物そのままだったのだ。
混乱する加藤を見て、なぜか山田と小島が顔を合わせる。
そして山田が加藤を指すと、次の言葉を言い放った。
「いや、お前も人のこと言えないだろう。」
山田の言葉を理解するのには時間が掛からなかった。
薄々気付いていたが、加藤が自身の声に違和感を感じていた。
普段自分で聞き慣れている声とは違い、かなり良い声になっていることを・・・。
加藤は今更だが、自身の体を見た。
すると、明らかに自分の格好が「変」なことに気付いた。
「か、鏡はないか・・・!?」
「小島の鎧を使え。」
山田は小島の鎧を ポンポン と叩く。
その言葉に従い、加藤は小島の鎧の反射で自身の姿を見ようとする。
「・・・ダメだ、上手く見えない!」
小島の鎧では自身の姿を映し出せなかった。
「まあ、俺らも自身の姿を見れてないんだ。 とりあえず、それは後にしようぜ。」
山田は冷静に言うと、地面に座る。
それ続くように小島も地面に座り、加藤も若干困惑していたが地面に座るのだった。
森の中で奇妙な三人が円を描くように座っている。
「なんかよくわからないが、どうやら俺たちは変なところに来てしまったようだな。」
「まあ、見ればわかるよ。」
加藤は自身の髪をいじりながら話す。
明らかに髪が長くなっていることを理解した。
「これはアレだな。 「異世界転生」ってやつか?」
「いや、正しくは『異世界転移』だな。 俺ら死んでねえし。」
三人はゲーマーで、そしてオタクである。
このようなことに関しての無駄な知識は当然持っている。
「いやしかし・・・、まだ信じられねえぜ。 異世界転移なんて本当に出来ちまうんだなぁ・・・。」
「しかも、まさか俺らがなぁ。」
オタクである彼らだからこそ、フィクションと現実の境界線をよく理解している。
しかし、フィクションの出来事が現実に起こった今の状況に、心の底から色々な感情が出てきている。
口調からは伝わらないが、内心かなり混乱しているのだ。
「『事実は小説より奇なり』とは言うが・・・、さすがに限度というモノがあるだろうよ。」
三人はいよいよどうしていいか分からなくなってきた。
小説の主人公などは意外と早く受け入れたりするところだろうが、彼らはあくまでただの人間。
そのようなメンタリティは持っていない。
ふと、加藤は立ち上がった。
そして自身の体を探ると、腰に刺していた二本の短剣を取り出した。
「なにをする気だ?」
山田が声をかけるが、加藤は特になにも答えずただ周りを見渡す。
すると一本の木に目をつけた。
そしてその木目掛けて持っていた短剣を投げた。
「ハァ!」
掛け声と共に飛んでいく短剣。
短剣は木に命中し、刃が刺さる。
「えーと・・・。」
加藤はしばらく固まっていたが、やがて動き出した。
とった行動が、右手で拳を作って腕を引くという動きだった。
すると木に刺さっていた短剣が木から抜け、そのまま加藤の元まで戻ってきた。
その際に、加藤の手と短剣の間に青白い光を放つ二本の細長い「糸」のようなモノが現れた。
しかし加藤は驚いて短剣を掴もうとはせず、短剣はそのまま地面に刺さったのだった。
一連の行動を当然ながら山田と小島は見ていた。
「い、今のってゲームの・・・。」
「うん。 できるかなって思ってやったらできた。」
加藤の軽い発言に山田と小島は顔を見合わせた。
そして再び加藤の方を見る。
「えっとつまり、ゲームでできたことが現実でもできるのか・・・?」
小島は恐る恐る聞くが、加藤は知っているはずもないので肩をすくめる。
しばらく沈黙が続いたが、今度は小島が立ち上がった。
そして背負っていた槍を手に持ち、天に掲げた。
次の瞬間、槍の周りに電気が走ると、青い光を放ちながら槍の先が伸びた。
槍からは バチバチ と電気が発せられる音が聞こえ、触ったら危険であることが分かる。
そして槍は徐々に光が消えていき、元の状態に戻った。
「で、できた・・・。」
小島は力が抜けるように尻餅を付いた。
それを眺めていた加藤と山田も驚いている。
「やっぱりゲームの技が使えるんだよ!!」
加藤は嬉しそうな声を上げながら言う。
その姿を見て山田はため息を吐く。
「加藤、状況分かってるのか?」
嬉しそうな加藤とボーッとしている小島がいる中、山田だけは冷静でいた。
だが加藤は言う。
「分かってるさ、一応。 でも、ずっと悩んでいるわけにもいかないだろ?」
加藤は地面に刺さっていた短剣を抜いて、ずっと持っていた短剣も同様に元あった場所に刺す。
つまり腰に下げている小型の鞘にだ。
「とりあえず、この森を抜けてみようぜ。」
加藤は木々の間の奥を指す。
それに釣られるように山田と小島もそちらを向く。
その方向には出口は見えなかった。
しかし周りを見渡しても出口は見つからない。
とにかくどこかへ進まなければならない。
加藤はその方向へ歩き出し、小島も立ち上がる。
しかしすぐに山田が止めた。
「待て待て。 まずは木に登って見渡そうぜ。」
山田は空を指しながら言う。
加藤と小島も上を向いた。
「だがよ、俺は木登りできるほど運動神経良くないぜ?」
「「ゲームの技が使える」と喜んだのは誰だよ。」
ここでついに山田も立ち上がった。
そして山田は木の近くへ移動した。
「どうする気だよ。」
加藤は山田に聞くが、山田は黙ったままだった。
質問を無視して数秒後、上を向いた瞬間山田はスクワットをするかのように膝を曲げた。
そして次の瞬間、思いっきり地面を蹴飛ばして跳び上がった。
すると下から二番目あたりにある太い木の枝に着地した。
「すげえ・・・。」
加藤と小島は木の枝に乗った山田を見上げている。
山田は下にいる二人の方を向いた。
「俺の職業は「武闘家」だから、これくらいは簡単だろう。」
そう言い終えると山田は次々とさらに高い枝へ飛び移る。
そうしてどんどん木を登って行った。
やがて一番高い位置まで来た。
さすがに満足に見渡せはしなかったが、それでも十分な収穫はあった。
山田の目に映ったのは、大きな城だった。
おそらく人が沢山いるであろう場所である。
未知の世界に訪れたからには、情報収集は欠かせない。
そう山田は考えた。
今度は低い位置の枝に飛び移り続け、加藤たちがいる地上に戻るために下りる。
それには時間はかからなかった。
「・・・なにやってるんだ?」
山田が地上に戻ると、加藤と小島が木にしがみついていた。
どうやら木を登ろうとしていたようだ。
加藤と小島は木から飛び降りる。
加藤は着地に成功したが、小島は尻から落ちた。
「痛え!」という声を上げる小島。
やがてゆっくりと立ち上がる。
「あちらの方向に大きな城があった。」
特に気にせず、山田は言う。
城がある方向を指しながら。
「よし、じゃあそこへ行こうか!」
加藤は元気よく言いながら、再び歩み始める。
しかし今度は小島が静止した。
「待ってくれ。 その前にやっておきたいことがある。」
加藤は歩みを止めて小島の方を向く。
山田も小島を見る。
「今からさ、俺らの名前はアバターの名前で呼ばないか?」
そう小島は提案した。
「なぜに?」
「いや、この姿で「小島」や「加藤」は似合わないだろう?」
小島の言葉を聞くと加藤は「そうか〜?」と答えるが、山田は「確かに。」と言った。
加藤は二人の顔を見比べると、やがて「まあいいか。」と納得する。
「んじゃ、正直なにが起きたのか分からねえし、これからなにが起きるか分からねえが頑張ろうぜ。」
そう言うと再び二人を見る加藤。
そして二人の名を呼ぶ。
「リバイヴ、アベンジャー。」
「ああ、ジャンゴ。」
加藤改め "ジャンゴ" 。
山田改め "リバイヴ" 。
小島改め "アベンジャー" 。
この三人が、この『異世界』を大きく動かすのだろうか?
それはまだ、誰にも分からないことであろう・・・。