第三十九話 vs王妃
王の私室で、王妃と遭遇してしまった。
連れている、黒髪黒目で黒い服を身にまとっている美形は黒妖精だろうと推測できる。
何人かの貴族が、王妃の操る黒い靄に投げ飛ばされて転がっていく。
もう姿消しの力は無効化されてしまったので、妖精王はエルメンヒルデに害が及ばぬよう結界を張った。ついでに、ヴィリとハルトヴィヒと王も結界に入れておいた。
「あなたもそのまま大人しくしていてくれたら、殺すこともなかったのにねえ。」
「フリーデ……」
「ええええ、お揃いで。あらエルメンヒルデもいるのねえ。あなたは殺さないわ。ジークムントが欲しがっていたからねえ。」
「王妃様……」
「けど、あら? あらららら? そこに寝ているのはジークムントなのかしら?」
王妃が王たちの後ろに目をやると、寝台にジークムントが寝ていたのが見えたようだ。
「おかしいわねえ。ジークムントはイゾルデと一緒だったはずよ? そう、グビッシュ侯爵家には恩があるから、ごめんなさいね。イゾルデが正妃であなたは側妃になるわぁ。」
「王妃、しっかりしてください! いったいどうしてしまったというのですか!」
「どうした? あら、どうかしたかしら……ハルトヴィヒ? ええ、そう。あなた……あなたが王太子に?」
「フリーデ、それは!」
「そう、そうそうそうよ。ハルトヴィヒが王太子になるって聞いたの。そんなわけないのよ。王妃は私で第一王子はジークムントなのだから。」
王妃は頭を抱えて唸りながら、独り言のようにも聞こえる言葉を吐いた。
「だから、そう。だからあの本の通りに、黒妖精を解放して契約を……」
「やはりそうなのか……。フリーデ、何を願ったのだ。」
「願い? 私の願いは、そう、私はこの国で一番の女になった。王妃に、なったのよ。願いは、叶ったのよ。」
「それは自力で叶えたんだろう。私に願ったのは、
「『ジークムントの即位』」」
王妃と黒妖精の声が混じり合う。
途端に、王妃から靄が爆発するように噴出された。
「そう、そうよ、ジークムントが王になるの!!」
「そのためには、そこにいる王様と弟が邪魔だね?」
「そう、そうなのよ! 邪魔なのよ! 死んでちょうだい!!」
利用価値があるからと閉じ込めていたはずの王とハルトヴィヒを、今度は殺そうと向かってくる王妃。すでに意識がおかしくなっていることは明白だ。
「どうするの?」
「お2人を死なせるわけにはいきませんわ。」
「まー、そうなりますよね。」
「すまない……」
「私も戦おう。」
「いや、まー……王子殿下にあんな得体の知れないものと戦わせるわけには。」
「そうですハルトヴィヒ様。ここは下がっていてください。」
「いやお嬢もね。」
ハルトヴィヒの剣の腕がなかなかのものだということは、王宮騎士団長お墨付きだ。言う通り戦えるだろうが、王子を、次期王を戦わせるわけにはいかないのだ。
そして王は、特出して戦いの才能は戦略になら発揮されるだろうが、剣を振るう腕は大したことない。大人しく下がっていた。
貴族たちは、転がされたもの以外は皆ジークムントの寝る王の寝台のほうに寄っていた。自我があるかすでに怪しい王妃だが、息子を攻撃することはないだろう。
しかし、戦うとなればこの場所ではやりづらい。まあそれは向こうも同じだろうからなんとかなるかもしれないが。
戦いに慣れているわけではない王妃相手なら、小回りのきくヴィリのほうが上手だろう。
しかし――
「殺すわけにいかないですもんね?」
「当たり前よ。」
「結構難しいこと言ってるって、わかってます?」
「そうね……。」
「なんか俺だけ負担でかくないです??」
「ごめんなさいね、ヴィリ。苦労をかけるわ。」
「あー……まあ、いいんです。言ってみただけです。何とかします。」
「回復は任せて。」
エルメンヒルデは回復魔法が使えるので、安心して怪我をしてきたらいいと言い、少しだけ疲れづらくなる補助魔法を気休め程度にかけた。
「まあ、ないよりマシですね。」
ちょっと愚痴ってみたかっただけのヴィリ。仕事はちゃんとする。
殺すだけというのなら、案外簡単なのだ。一応聞いてみたがやはりそれは駄目だった。
しかし生かして捕らえるとなると、捕らえただけでは靄は押さえられないことは実証済みだ。
意識を奪う必要があった。
狙うは首元か、鳩尾か。
しかも黒妖精が手を出してこないとも限らないのだ。警戒しながら戦うのは骨が折れそうだ。
「ああ、私は手を貸さない。いや、まあ……既に能力の一部を貸し与えているか。」
これはある意味朗報だった。
相手は謎の黒い靄を使ってはいるが、王妃のみ。それなら、と後方の防御は妖精王に託して飛び出すヴィリ。
「ユストゥス! 後ろは任せた!」
「いいよ。」
「ありがとよっ」
「小僧があぁぁあ! じゃまをするううかあぁぁぁあああ!!!」
「悪いな、お嬢のご希望なんでね!」
鞭のように何本も黒い靄をしならせてヴィリに襲いかかる王妃。
それを躱し、切り落とし、王妃に近づいていくヴィリ。
王妃が手を伸ばせば届く、というところまできて、ヴィリが消えた。
「なにっ?!」
ヴィリは、出せる中で一番の早さで王妃の背後に移動し、首元に手刀を叩き込んだ。
「が…………っ」
王妃は、ジークムント同様その場に膝をつき、倒れた。
「悪いね、王妃様。」
「素晴らしい動きだな。君、私の配下にどう?」
「は? いや、あー……主人は間に合ってるんで。」
「そうか。残念だ。」
さすがにヴィリも戸惑った。有能な護衛は、黒妖精にも勧誘されてしまうらしい。
「さて、振られてしまったが、そうか。私の封印を解いてくれた王妃様はやられてしまったか。どうしようね?」
「出来ればそのまま、また封印されてほしいですわ。」
「んー。すまないが、美しいお嬢さん。せっかく出てきたんだ。とりあえず、人間を殺したい。」
なんでもないことのように物騒な発言をする黒妖精だった。




