第三十八話 vsジークムント
王妃が王を閉じ込めたと、ジークムントは聞いていた。その王が、王宮にいる。エルメンヒルデと共に。
エルメンヒルデが王を逃してきたのは明らかだ。
「そうか、エルメンヒルデ。きみが父上とハルトヴィヒを解放したのか。」
「……そうですわ。」
「ジークムント、ここは引け。」
「何を言っているのです? 父上。引くのはそちらでしょう。おとなしく、牢に戻れ。」
「ジークムント! 口のきき方に気をつけろ。」
「お前もなぁ、ハルトヴィヒ!」
苛立ったジークムントが靄で攻撃してくる。しかしハルトヴィヒの剣はそれを簡単に切り落とす。
すると、少しは知恵をつけたのか、ジークムントは靄を一本に絞ってハルトヴィヒを狙った。
しかしそれだと当然ほかは手薄になる。
ハルトヴィヒが、硬度を増した靄を剣で受けると、ヴィリが自慢の俊足でジークムントに詰め寄る。
あっという間に押さえられたジークムントだったが、ハルトヴィヒに向けていた靄を戻してヴィリを攻撃する。
「っと、危ねっ」
「お前! また邪魔をするか!」
「そりゃあしますよ。あんたはお嬢にとって害にしかならない。」
「なんだとおおおぉぉぉおぉ!!」
靄の質量を増して攻撃を仕掛けるが、ヴィリもハルトヴィヒもなんなく躱している。
それもそのはず、元々の戦闘スキルに差がありすぎるのだ。
手合わせする相手が強いと、権力を盾に嫌がらせをするような王子だったので、ジークムントの剣の相手は皆、手を抜かざるを得なかったのだ。それで自分が強いと褒めないと周り中に当たり散らす。ジークムントは、自分の実力を勘違いして増長していったのだ。
「くそっ、なんで!」
「攻撃はしならせれば読みにくいってわけじゃないんでね。」
「くそっ、くそっ!!」
「当たらねぇ、よっ!」
ヴィリが両手に持った短刀を構えて素早く回転すると、何本かの靄が切り落とされ勢いを失う。
するとジークムントは、狙いをエルメンヒルデに変えて襲ってきた。
ヴィリが慌てて振り返るも、そこには妖精王が悠然と佇む。
「君程度の力ではどうにもならないよ。」
妖精王の結界が靄を弾く。
エルメンヒルデに攻撃が通らないとわかると、ジークムントはまたすぐ標的を変えた。
「ではこれならどうだ?!」
「父上っ!!」
王に靄を伸ばす。
ハルトヴィヒが走り出すが靄の方が少し早い。
妖精王は、エルメンヒルデにしか結界を張っていない。
ヴィリは靄より早く王の元に着くことはできたが、エルメンヒルデの護衛なので彼女が結界の中にいることで安心していて出遅れた。
エルメンヒルデなら、そうするとわかっていたのに。
「お嬢っ!!」
「っ!!」
王に駆け寄るエルメンヒルデ。
妖精王の結果から出てしまった。
靄に、捕まったエルメンヒルデ。
ジークムントはほくそ笑む。
「はははははっ! 捕まえた……捕まえたぞエルめ゛でぶひっ!!!」
捕まえていられたのは一瞬のことだった。
すぐに妖精王がエルメンヒルデに絡みつく靄を緑色の風で吹き飛ばした。
「っと。」
「あ、りがとう、ヴィリ。」
「エルメンヒルデ……」
「あ、ご、ごめんなさいユストゥス様。勝手をしました。」
「いや、君ならそうすると、知っていたのにな。」
「いえ……助けてくださってありがとうございます。」
「……うん。」
靄が吹き飛んで、新たな靄を出すのに梃子摺っている様子のジークムント。
そのうちに、ヴィリはエルメンヒルデが怪我などしていないか確かめてジークムントに向き直る。
「さてどうしますかね。」
「気絶させよう。」
「なるほど。」
「私が靄を受けるから、ヴィリ、頼む。」
「りょーかいっ」
言って右足で踏み込み加速するヴィリ。ジークムントから、なんとか捻り出された靄は、ヴィリが加速前にいた場所とハルトヴィヒに向かっている。
急なことに対応出来なかったジークムントは、ヴィリの接近を許してしまった。
ヴィリがジークムントの後ろに回り込み首に手刀を浴びせる。
すると、ジークムントは呆気なく意識を失い倒れた。
「ふう。」
「一撃か、やるな。」
「どうも。」
「ハルト様っ、ヴィリ!」
エルメンヒルデが2人に駆け寄る。
この2人の腕は、何よりエルメンヒルデがよく知っていたので負けるはずはないと、思っていた。
しかしそれと心配することとは別だ。
まるで無傷とはいかなかったが大した怪我はないようだ。エルメンヒルデは2人の無事を確認して安心した。
ジークムントは倒れた。妖精王は、エルメンヒルデを守る結果を解除して、一同に姿を消す加護をかける。
「声出さないでね。」
音声遮断機能なしだ。
後ろでは、牢から連れ出した貴族連中がどよめいていたが、王が一喝すると皆おとなしくなった。
「すまない。安全が確認できたら、必ず説明するからしばし耐えてくれ。」
ジークムントは、目が覚めたらまた黒い靄を使うだろう。黒妖精を先になんとかしなくては意味がないので、身振り手振り読唇術で話し合い、閉じ込めておくことにした。
ハルトヴィヒがジークムントを担ぎ上げようとすると、さすがに王子にさせられない、とヴィリがそれを買って出た。
ハルトヴィヒは、少しヴィリが羨ましかった。自身は王子という立場上、例えば今回のように救出作戦があっても、オスヴァルトが外れたのと同じような理由で参加することはできないだろう。
率先してついて、エルメンヒルデを守るという立場が、羨ましかった。
それからまた、移動を開始する。
王の私室には強力な結界装置があるので、ジークムントはそこに閉じ込めることになる。
廊下を進むと何人かの宮兵が倒れていたが、今はどうすることもできない。
部屋の前まで来ると王が扉を開けた。
王はヴィリに、ついてくるよう手で示し、奥の寝室へ移動する。感知遮断の範囲は広げられないので皆も続いていった。
ジークムントを寝台に下ろして戻ろうとすると、寝室の入り口付近で声が上がる。
「きゃあぁぁ!」
「うわああああ!!」
何事かと見ると、黒い靄に巻き付かれた貴族が2人、軽々と投げ飛ばされた。
「ほら、ここにいたよ。」
「あらほんとうね。牢から出てきちゃったの? 困ったわねえ。殺すしかないわあ。」
真打登場である。
感知できないはずの妖精王の加護が、黒妖精本体が現れたことで無効化したようだ。
「まあさすがに、あれだけ騒げばね。」
「だよなー。」




