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妃が毒を盛っている。  作者: 井上佳
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第三十二話 異変




国境の町ブラントまでバルトロメウスを送っていったエルメンヒルデとデューレン辺境伯は、ケルンの屋敷に戻ってきた。

馬車を降りて屋敷へ入ると、なにやら慌ただしい様子だ。

主人の帰宅に気づくと、エルメンヒルデの護衛たちとデューレン家の執事が出迎えた。



「おかえりなさいませ旦那様。」


「ああ。何かあったか?」


「それが……。」



デューレン家の執事は、王都から来た出入りのものから聞いたという話を話し始めた。



数日前、王都へ入る門が閉鎖された。



一部は物資を入れるのに開けているらしいが、それ以外の人の流れはすべて止められているという。



「それは異常事態だな……。いったい何事だ?」


「理由が、わからないと言うのです。」


「そんな……!」



王都が閉鎖されるなんて事態は今だかつて聞いたことがない。エルメンヒルデは内部にいる人の心配をする。



「ほかには何か……」


「いえ、閉鎖され中の状況はわからないと……。」


「エルメンヒルデ様、唯一出入りできるのはベイクド商会だという話です。」


「ベイクド、商会」


「ベルク侯爵家ですね。」


「そうね……。」



なんともきな臭い話だ。


王都が閉鎖され、物資輸送でなのか出入りしているのが、王妃が養子になった後ろ盾のベルク侯爵家の手のものだという。ならば、まさか、この事態は王妃の……と考えるのが妥当だろう。



「すぐに戻りましょう。」


「おうお嬢様、準備はできてるぜ!」


「ありがとうディルク、ハイノ、グレータ。」



屋敷に残り先に情報を得ていた3人は、すぐに発てるよう準備していた。



「慌ただしくて申し訳ございません、デューレン辺境伯様。」


「いや、当然だ。気にすることはない。何かあれば私もすぐに向かおう。」


「お気遣い感謝します。」



挨拶もそこそこに、裏手に停めてある馬車に乗り込む一同。

辺境伯家の皆に見送られ、王都への帰路に着く。スピード重視のこの馬車でも3日かかる道のりだ。



「急いだ方がよい。王都から不穏な風を感じる。」



姿を現した妖精王の言葉が、馬車に重く響いた。









「エグモント様」


「フリーデ?」



時間は前後する。


王都封鎖前の王宮でのこと。王妃は王の部屋にやってきていた。


王は驚きの表情で王妃を見つめる。妃たちが王に接近することは、まだ許されていない。



「……どうした。急用か?」


「ええ…そう、急用……ですわね。ジークムントが、ああ、いえ。ハルトヴィヒ、ハルトヴィヒを……王太子に選んだ? とか??」


「……そのことか。」



深いため息をつく王。

毒の件は騎士団警備部で調査をしているが、未だに混入経路は判明していなかった。

妖精王が言うには、ダチュラの毒素を長期的に摂取し続けていたということだった。


恐らく、病に倒れたとされる2年前から。


王が死んで得するものか、王を恨むものか、捜査は難航していた。


そんな中、護衛や宮兵の目を掻い潜って王の自室までやってくるなど、どうしたことかと思ったら王太子の件だと王妃は言う。大事ではあるが、それはきちんと時期を見て伝えようと思っていた王。



「否定しない、のですか?」


「……ああ。いずれわかることだ。ハルトヴィヒを――」


「そ う で す か」



突然王妃の声と何者かの声が混じり合った。そして王妃から真っ黒なうねるものが出てきて、それが王を締め上げる。



「うぐっ?!」


「そう、そそそう、そうなの、ええ。わかったわ。では、ああ、だけど、あなたはまだ殺さない。そう、まだ殺しはしないわ。」



もはや正気ではない様子の王妃。黒い、触手のようになった靄がうねって家具な壁なども傷つけていく。



王の部屋に向かっていたハルトヴィヒは、すぐに異変に気づいた。王を守る護衛や廊下に立つ宮兵が倒れていたのだ。

嫌な予感がして急いで進むと、部屋の方から大きな音がしたので走り出した。



「父上!! すごい音が……っ?!」


「ぐ、っハル……っ」



部屋の扉を開けると、父が黒い靄に巻きつかれていた。それを目で辿ると、王妃から出ているもののようだった。



「おやあ、来たのねえ、お う た い し さ ま」



黒のモヤはハルトヴィヒにも襲いかかる。


携えていた剣で応戦するが、曲線の動きがいくつも折り重なる靄に対応出来ず捕まってしまう。



「がっ…!」


「ええ、ええ、ダメですよ。王になるのはジークムントなのだから、ああ、でも。ころさない、ころ、殺さないわ。まだ、邪魔な第二王子派の連中……あはははっ! そう、エルメンヒルデはジークムントにあげましょうね!そうね!それがいいっははははっ!」



為す術もなく、王と第二王子は捕まってしまった。






側妃であるガブリエレは、王の部屋と続きの間になっている、本来は王妃が使う寝室を賜っていた。続きの室内扉は今は使えなくなっているが。


夜中とはいえ、ものが壊れる音がいくつもしたので様子を見るため、側妃はいったん廊下に出た。すると、宮兵が倒れているのが見える。何事かと、開け放たれた王の部屋の扉に近づきそっと覗いた。


王と、息子であるハルトヴィヒが謎の黒い靄に巻きつかれているという光景に目を見開いて驚く側妃。



王妃が、高らかに笑い上げる。



側妃は、自身の手に負える事態ではないと判断し、息子の姿に胸を痛めながらも静かにその場を離れた。






「……お兄様に知らせなくては。」






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