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妃が毒を盛っている。  作者: 井上佳
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第三十話 噂




時間は前後して、まだエルメンヒルデが王都に帰還を決める前のこと。


王宮ではハルトヴィヒが王太子になるという噂が立っていた。

もちろん、優秀さを見ればそれも当然だし、以前からそんな噂はあったのだが、今回の噂には『王が決意したらしい』、という一文が足されていて、とても信憑性のあるものだった。


そう、実はあの晩に王とハルトヴィヒが話をしていたのを聞いていたものがいるのだ。


そのものは第二王子派で、ハルトヴィヒが王太子になることが嬉しくてつい周りに話してしまったのだ。


そこから火がつき話は王宮中に広まった。


噂としてだが信憑性がある。第二王子派はもちろん喜んだが第一王子派はそれはただの噂だと否定する。


しかし加熱した噂は、王妃や第一王子本人にも届いてしまった。



「王妃様。ジークムント様。」


「呼んだ覚えはないぞ、イゾルデ。」


「ジークムント、そんな言い方はないでしょう。」


「だけど母上、私は――」


「ジークムント!」



この期に及んで、まさか婚約者の前でエルメンヒルデがいいなどと言い出しそうな息子を強めに止める王妃。第一王子は不満げだ。



「よく来てくれたわ、イゾルデ嬢。」


「ありがとうございます王妃様。」


「それで、今日は?」


「あ……はい。あの、噂を聞いて……。」


「噂?」



王妃は、王が毒を盛られていた件で、ジークムントは無断遠征のせいで、しばらく人前に出ることがなかった。なので宮中の噂といえどあまり耳にしていなかった。


貴族なら、王族なら、たとえば謹慎中といえども外部の情報が入らないのは致命的だ。なので家のものや親しくしているものが、あれやこれやと収集してきて教えてくれるのだが、王妃もジークムントも自分にしか興味がないのか、特に情報を仕入れることも、状況がわからず焦ることもない。

商会は呼べるので贅沢は出来るし、もちろん食べるのに困ることもない。ジークムントに至っては、ただただそうして過ごすのが、仕事もしなくていいし楽だな、などと思っているようだ。



「なんですって? ハルトヴィヒが王太子に?」


「はっ、何を言っているのだイゾルデ。そんなはずなかろう。第一王子は私だ。」



王妃はその可能性も拭えないと、今までも思ってきたが、ジークムントは自身が王になると信じて疑わなかった。

危機感を覚えた王妃は、以前から考えていたことを実行することにする。



「陛下に確認しなくては、ならないわね。」


「そうですか? 有り得ないでしょう。」


「ええ、あなたが第一王子なのだから……だけど、噂の出どころも気になるし、きっと第二王子派の奴らでしょうけど。」



不安を消し去るように、自分に言い聞かせる王妃。そう、きっと第二王子派がまいているただの噂だ、と。



「あの、ジークムント様が王太子になるのですよね?」


「当たり前だろう。」


「そうよ。心配しないでちょうだいイゾルデ嬢。ただの噂よ。」


「はい。」



不安そうに、確認するように聞くイゾルデに、自信満々で答える第一王子。王妃も笑みをたずさえて肯定する。



「私は、王に確認する前に少し調べたいことがあるから。」



そう言うと、王妃は机に置いてある黒い皮の表紙の本を手に取り、部屋を出ていった。



「あの、ジークムント様。」


「なんだ?」


「その、もうひとつ、聞きたいのですが……ジークムント様にお情けをいただいたという行儀見習いの侍女がいるという話を聞いて……。」


「……。」



第一王子の顔が曇る。事実、何人かの侍女に手をつけているが、そんなことをイゾルデにわざわざ言われるのが鬱陶しいと思った。



「ほんとうですか?」


「なんなのだお前は。」


「えっ?」


「それも噂で聞いたのか?」


「あ、」


「噂で、話を聞いたので。お前は王になる私の婚約者なのだぞ? なのにそんな、不確かな話を信じて持ってくるなど……愚かだな。」


「っ!」


「まあいい。なんだ? 侍女だったか? それはあれか、そうだとしたら自分もしてほしいということか?」


「い、いえ、そんな……」


「いいぞ。お前は婚約者だからな。特別に情けをかけてやろう。そこで服を脱げ。」


「なっ……!」


「なんだ? 欲しいのだろう?」


「し、失礼します!」



イゾルデは、顔を真っ赤にして慌てて部屋を出ていった。



「はっ、やはりあの女はつまらんな。」








夜に差し掛かる逢魔時――。


部屋を出ていった王妃は地下にある広い石室に来ていた。

そこにはひとつのテーブルがあり、周りにはいくつかの箱が置かれている。


そのうちのひとつの箱から、王妃は血のように真っ赤なロウソクを取り出す。


手に持っていた本を開き、手にしたロウソクに火をつけた王妃。そこに記されている図形を、蝋を垂らして床に描いていく。



「王になるのは、ハルトヴィヒじゃない……王妃である私の息子、第一王子ジークムントよ……。」



図形、円の中に五芒星があるものだ。それが完成すると、使ったロウソクと同じものを星の頂点に置いていく。




王妃が手にしている本には、






『黒妖精の解放と契約』と書かれている。





「あとは生贄ね。」





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