第十三話 復帰パーティー(後編)
しばらくいろいろな相手と会話を楽しんだエルメンヒルデだったが、化粧直しにと会場を出て侯爵家の控え室に向かっていた。
すると、あとを追ってきたのか、第一王子が声をかけてくる。
「エルメンヒルデ嬢。」
「殿下、どうなさいました?」
「君と話がしたくてな。」
「話、ですか?」
怪訝な顔を……せずに笑顔で貴族の対応をするエルメンヒルデ、さすがだ。
「我らの控え室で話さないか?」
「……よろしかったら、侯爵家の控え室にお越しください。」
ジークムントの部屋に行けば、何があるかわからない。通常であれば部屋に侍女や侍従がいるが、下がらせられては2人にりになってしまう。
自家の控え室ならば今日は護衛でグレータとヴィリが来ているし、侍女エルナもいるので安心だ。
エルメンヒルデは何とか2人きりになるのは避けたかった。
というのも、ジークムントは、事ある毎にエルメンヒルデと2人きりになろうとするし、視線も体中舐めまわすように絡みついてくるので気持ち悪い。
普段はあまり接点がないのだが、気をつけるに越したことはないと思っていた。
「もうすぐそこですし、どうぞこちらへ。」
「いや、私の控え室のほうがよい。来るのだ。」
「えっ、殿下?!」
急に腕を取られて引っ張られるエルメンヒルデ。さすがに驚きを隠せない。
「困ります殿下!」
「騒ぐな。」
なるべく大きな声で窮地を知らせるエルメンヒルデ。するとさすが専属の護衛だ。すぐそばの控え室からヴィリとグレータが出てきた。2人は見るなり状況を判断し行動する。
「第一王子殿下、恐れ入りますがエルメンヒルデ様をお離しください。」
「ヴィリ……。」
「お前、また……ふんっ、護衛ごときが私に命令するか。」
「いえ、お願いしているのです。」
さすがのヴィリも、王子に対してはそれなりの口調だ。態度はほぼいつも通りだが。
「私はエルメンヒルデ様の護衛を任命されていますので、何かあっては困るのです。」
「何かとはなんだ。私が弟の婚約者に何かするとでも?」
「いいえ、滅相もありません。しかし、そのようにご令嬢の腕を強く掴んでしまっては、怪我をする恐れもあるかと。」
「そんなに力は入れてない。いいから引っ込んでいろ。」
「困りましたねぇ?……」
ああ言えばこう言う、一向に主人を離さない第一王子に、早々に痺れを切らすヴィリ。どうしたものかと思案するも、答えはひとつだった。
「お嬢、やっちゃっていい?」
今にも飛び出しそうなヴィリだったが、エルメンヒルデに視線で制される。さすがにそうだよなぁ、なんて呑気そうに構えているが、王子に対して大変な不敬だ。
「お前っ……!」
「ジークムント!」
「っ!……ハルトヴィヒ…………。」
ヴィリの態度に怒りを覚え一歩のり出す第一王子だったが、ハルトヴィヒの登場でそちらに注意を取られ、あまりの剣幕に、ひとつ舌打ちをしてエルメンヒルデの腕を解放した。
先ほど、状況を察知したグレータがすぐにハルトヴィヒを呼びに行ったのだ。
第一王子に物申せる人物はそうはいない。エルメンヒルデの正統なる婚約者のハルトヴィヒなら、止められるという判断だった。
「私の婚約者殿に何か用か。」
「……ふん、たまたま見掛けたから話をしていただけだ。私はもう行く。」
そう言って、分が悪いとさっさと退場していく第一王子。
エルメンヒルデとヴィリは、危機は去ったと安堵した。
「エルメンヒルデ、大丈夫か?」
「ハルトヴィヒ様……。」
「お嬢、腕は。」
「あ、ええ。大丈夫よ。」
「少し赤くなってしまったか……。」
「エルメンヒルデ様、部屋で手当てを。」
「ありがとう、グレータ。」
心配そうなハルトヴィヒとヴィリ。グレータが言うと、一同は目の前の侯爵家控え室に入った。
すでに侍女エレナが救急セットを用意していたので、それで手当てをしていく。
「何があったか、聞いてもいいか?」
「ええ、もちろんですわ。私が化粧直しに広間を出てきたら、第一王子殿下に声をかけられて……、それで、話があると言われました。」
「話?」
エルメンヒルデは頷く。
「この部屋のすぐ近くでしたのでこちらで、と言ったのですが、王家の控え室へと言われて……。」
「そうか……。」
ハルトヴィヒは少し考えると、兄王子のしたことを詫びた。
「お嬢、言わなくていいんですか?」
「何かあるのか?」
「え? いえ、」
「何回かあったんですよ、こういうこと。」
「ヴィリっ」
「何回も?」
「ええ。ちゃんとそっちで躾けてもらえます? あいつ身分を笠に着てくるから、このままだと死刑覚悟で殴んなきゃいけないんで。」
何でもないことのように言うが、こんな物言いがすでに死刑覚悟なのでは、と思うグレータ。しかしハルトヴィヒは、エルメンヒルデの護衛たちにはかなり心を砕いているので問題にはならない。私的な場でならば。
「そうだったのか……。ありがとうヴィリ。」
「もう……。」
「だって何とかしなきゃ何とかなんないっしょ。」
「そうだけど……。」
「すまないな、エルメンヒルデ。苦労をかけた。」
「そんなことありませんわ。私が何とかするべきでした。」
「君が背追い込むことはない。頼ってくれていいんだ。」
「ハルトヴィヒ様……。」
「とにかく、この一件はしっかり抗議させてもらおう。」
「頼みましたよー殿下。」
そうして、2人は会場に戻りダンスを披露したが、エルメンヒルデが手を負傷したということで、王に挨拶ののちすぐに退場した。




