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妃が毒を盛っている。  作者: 井上佳
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第一話 ハイディルベルクの王

ここハイディルベルク王国は、一方は海に面し三方を大きな河に囲まれた小国だ。

西に巨大なデンシュルク帝国、北には魔物の住まうダルゲシュアン国、南には小さなビット国がある。


隣接する各国とは関係は悪くはない。帝国や魔国には媚びへつらい南の小国とは手を結んでいた。

どちらにせよ国境には向こう岸が見えないほどの大きな河が流れているので、なかなか侵攻するのは難しい地形である。


そんなまずまず平和なハイディルベルクの王家、ガイスト家は、今いろいろな問題を抱えていた。


一番の問題は、国王が深刻な病にかかっていることだろう。



国王には王子が二人いる。


王妃フリーデの息子で第一王子のジークムント。


側妃ガブリエレの息子で第二王子のハルトヴィヒ。



第一王子は成人済みの22歳で、第二王子は王侯貴族が通う学園を卒業したばかりの18歳。



国王の体調不良は、二年前に第一王子が20で成人したときすぐに始まった。


原因不明の病とのことで、今は気休めの痛み止めを飲む毎日だ。病が進行して起き上がることもままならないことから、現在成人済みで王位を継承することができる第一王子をとりあえず立太子させようという動きがある。


しかし王宮には、当然第二王子派があり、水面下で継承争いが起こっているのは想像に容易い。


第一王子派筆頭はベルク侯爵家。王妃の実家である。領地は南のカッセル河沿いにあり、自然豊かで作物を多く作って流通させている。ベルク侯爵は、王宮では街道整備などを担当する交通省の長官だ。


対して第二王子派筆頭は、側妃ガブリエレの生家であるフロイデンタール公爵家。現王の祖父の弟が興した、王家の血筋が認められる由緒正しき家柄である。側妃の兄でもあるフロイデンタール公爵は、法務省の長官を担っている。


派閥としては、人徳からか若干第二王子派の勢いが強い。しかし第一王子派は、長男であるし王妃であるフリーデの子なのだから、と第一王子優勢を疑わなかった。


それに、今王が崩御するようなことがあれば、成人済みの第一王子が玉座につくことになるのは間違いないだろう。


貴族が集まって出る一番の話題は、王の後継者を推測することだった。



「シュティルナー侯爵令嬢がお越しになっているようです。」


「ああ。父の見舞いに来たのだろう。あとで寄ってもらうことになっている。」


「かしこまりました。」



伝言を受けた文官が、第二王子にエルメンヒルデの来訪を告げた。彼女は王宮に入り、国王の間に向かっているとのことだ。


現在寝たきりの国王。面会できる者は限られている。王妃と側妃、そして息子たち。それと、政治を担う各省の長官くらいだ。


ただほかに、例外はある。



ここ宮中の回廊を歩くのは、第二王子の婚約者エルメンヒルデ・シュティルナー侯爵令嬢だ。


例外のひとりでもある。


エルメンヒルデは、扉の前で足を止めた。



「シュティルナー侯爵令嬢。」


「今、ご面会はできますか?」


「伺っております。どうぞ。」



そう言うと、王の寝室前に立つ兵が、扉を開ける。


部屋に入りエルメンヒルデは、ダイニングスペースを抜けて寝室の入り口辺りに立つ。部屋は区切られているが扉はないので、そこから声をかけた。



「陛下」



エルメンヒルデが中の様子を窺うと、相変わらず寝台に横たわったままの王がいた。


とても優しく、微笑みを絶やさないような王だった。病に臥した今も、見舞うものに気遣い弱々しい笑顔を見せていた。



「エルメンヒルデか……。」


「はい。お側に寄っても?」


「ああ、おいで。」



するとエルメンヒルデは王の寝台に近寄った。

エルメンヒルデの父であるシュティルナー侯爵は、王の側近として幼少時に選び抜かれてから、ずっと近くにいた男だった。

幼い頃は切磋琢磨して学び、共に王侯貴族学園にも通っていた。


そんな昔からの付き合いである侯爵の娘を、王はとても可愛がっていた。



「陛下、新しい情報が入りました。」


「……ほう? 今度はどこだ。」


「ハノーファーの北に位置する、深淵の森です。」


「深淵の、森……?」



深淵の森は、魔族が潜んでいることもある危険な森だ。そんなところに、娘のように可愛がっているエルメンヒルデを行かせるなんて、と心配気に眉を顰めるが、行くと言ったら行く子なので、そこは諦めている王だった。



「明日には向かいますわ。」


「また、急だな。」


「あら、陛下はご存じでしょ? 私はどうしても妖精王に会いたいのです。」


「ああ……そうだった、な。」



エルメンヒルデはきれいなものが大好きだ。宝石やドレスや美術品ももちろんだが、小さい頃から、絵本に出てくるきれいな妖精がとにかく大好きだった。



この世界には、妖精がいる。それを知ったエルメンヒルデは、絵本の中の話じゃなかったのだ、と喜んだ。

それ以降妖精に会いたくて会いたくて会いたくて会いたくて、とにかくいろいろなところへ赴いた。


南の森で光って浮いているものがあると聞けば従者を大勢連れて向かい、西で川の中に七色に反射する小さい羽根が落ちていたと聞けば馬車で駆けつけた。


何箇所かで妖精に遭遇することはできたが、話をするまでいったのはたったの一回だけ。それでもそのときの興奮は忘れようがない。


その妖精が、言ったのだ。『妖精王はこの世のものとは思えないくらいきれいだよ』、と。



「チャンスは待ってくれない。きっかけがあったらすぐ行動! ですわっ。」


「ふっ……そなたは変わらないな。」


「今度こそ、妖精王に会えると信じて。行ってきます。」



戻ったらまた見舞いに来ると言い残して、エルメンヒルデは国王の部屋を出た。





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