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夜の昔ばなし

浦島太郎、という男

作者: ノイテ

『浦島太郎』



 むか〜し、むかし

 あるところに、

 浦島太郎という男がいました。



 男が浜辺を歩いていると、子ども達が大きなカメを捕まえていました。

 男がよって見てみると、子ども達みんなでカメをいじめていました。

 男は言いました。

「これこれ、童どもよ、

 カメをいじめるんじゃないぞ。

 でないと、

 …カメに喰われるぞ」

 子ども達は、その男に突飛なもの言いに、何か言い返そうとしました。

 だけど、その男の異質な雰囲気に子ども達は怯えだし、

 そして、わーっと、子ども達はクモの子を散らすように逃げ去りました。



 その様子を見ていた老人が、その男に近寄りこう言いました。

「あんた…、太郎さんか? 浦島さんところの」

「お〜、お前は、ここでカメをいじめていた童どもの一人だな、

 うむ、面影がある…大きくなったな、

 いや、良く老いたものだな」

「浦島太郎さん、なんであんたは、あの時の姿のままなんじゃ?

 ワシ達がカメをいじめていたのを止めたあと、

 そのあとに、行方を消した時の、

 若い姿のままなんじゃ?

 何十年も前の、

 昔のままの、その姿なんじゃ?

 そして、その脇に抱えた豪華な玉手箱は…いったい何なのじゃ?」



「ああ、あの後…、俺はカメに喰われた」



 太郎は老人に語ります。

 カメと『竜宮城』と乙姫との、その話を。



 太郎は、あのあと漁に出てカメと出会った。そして死を覚悟した、喋るカメと出会った怪異に対して。

 太郎は、カメが助けた礼をしたいと言ったので、それを受けた。この怪異を村に持ち帰さぬために。

 太郎は、そのカメに連れられて、海の中にあるその場所へ向かった。海で中で溺れる事も無く。

 太郎は、海の底のある『竜宮城』について、そこで歓迎された。海の底で潰れる事も無く。

 太郎は、『竜宮城』で迎えられ心が躍った。鯛や平目が舞い踊る、幻想の美しさに、

 太郎は、『竜宮城』で出された幸に舌を奪われた。漁に出る事も働くこともなく、

 太郎は、そして、乙姫に出会った。絵にも書けないその美しさに心を奪われた、

 太郎は、竜宮城で何年も過ごした。老いる事も死ぬ事もなく、何年も何年も、

 太郎は、このまま竜宮城に永遠にずっいていい、そう思ってしまっていた。


 太郎は、まんまと、カメに喰われてしまった。


 太郎は、既に人では、なくなってしまった。



 だが、しかし、



 太郎は、おもいだした。


 太郎は、太郎であることを。


 太郎は、父と母の最初の男の子として産まれたことを。

 太郎は、浦島の名のもつ唯の男だということを。

 太郎は、浦島の家の長男として生きたことを。


 太郎は、兄であり兄妹を見守ること、漁に出て食い扶持を得ること。

 太郎は、漁村として広大な海に出て、仲間とともに生きたこと。

 太郎は、家族と友人と思い出あって、太郎は孤独でないこと。

 太郎は、そして、帰ることが出来る、故郷を思い出した。


 太郎は、浦島を名に持つ、海の男の一人であったことを、思い出した。



 そして、それより



 太郎は、それより大切なものを、想い出した。

 太郎は、竜宮城から出る事を、決意した。


 太郎は、海底の楽園、遠く深い海の底、絶海の孤城、陸から切り離された幻想の異界、

 何処の誰にも絵にかくこと叶わぬ美しき城、天国のような永遠の監獄。

 その名も『竜宮城』からの脱出を決意した。


 太郎は、永い時をかけ『竜宮城』の永遠をつかさどる中枢『時』を制御する中心核『玉手箱』を手にし、その力を使って陸上へと帰還した。



 そう、そんな話を、

 浦島太郎は、老人に話しました。



「さて、童よ。

 いや、ご老人と呼ぶべきか、

 もう、家に帰られたほうが良い。

 いささか、話すのに時をかけ過ぎた…。

 海の底『竜宮城』からの迎えが来たようだ」


 先程までの静かな海は、

 カメが海に帰った時から、

 深く青く荒れ始めていました。

 空も雲天を帯び稲光を刺していました。



 そして、雷光と竜巻とともに、太郎のもとへ『竜宮城』の乙姫が訪れます。



「太郎様、太郎様、浦島太郎様」

「やはり、来たか 乙姫よ。

 異界、異形の、美しき姫君よ。

 たとえ、地上だろうとも。

 やはり、お前は美しい」



 老人は、乙姫を見ましたが、その、この世の物とは思えぬ、絵にも書けない美しさに、目を見開くばかりでした。



「太郎様、なぜ地上に帰られたのです」

「なに、ちょっと、親に顔見せにな」

「太郎様、何故に、もう、死になされた父母に会われようとしたのです」

「惚れた女房の報告ぐらい、親や家族にしておきたいものぞ、たとえ、それが墓前でもな。

 …

 まあ、俺の名も、その墓に刻まれていたがな」


「その『玉手箱』は危険です。

 決して開けてはなりません。

 そこには太郎様の『竜宮城』での『時』が詰まっております」

「ああ、知っている。

 海の底でないと存在しえない楽園『竜宮城』の中枢部。

 地上の空気に接した時、短絡した内部機械から

 噴き出したモクモクとした煙を浴びて、


 俺は、その時、

 その『竜宮城』での『時』を、

 正しい時を受け取るんだろう。

 なら、人として、爺となって、

 老いて、笑って、死んでやらんとな」

「ああ、太郎様。

 太郎様、死んではなりません。

 そんな、太郎様だからこそ『竜宮城』に招いたのです。

 ずっと、永遠に愛したかったのです」

「乙姫よ。

 永遠だろうとも、

 楽園だろうとも、

 俺が想い、俺を愛し、俺が愛した女、それは乙姫、お前一人だ。

『竜宮城』に囚われた哀れな女一人を救えなくて、何が太郎だ。

 たとえ老いて美しさが失われようとも乙姫は俺の嫁だ!

 あんな『竜宮城』になんぞ、くれてやるものか!

 ともに生きて、ともに死のうぞ乙姫!」

「ああ、太郎様、太郎様、

 浦島太郎様」



 そして『玉手箱』は開かれる。



 楽園を捨てた男

 永遠を捨てた男

 乙姫を愛した男


 そんな男がいました。


 むかし、浦島太郎という男がいました。




(おしまい)

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