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第39話 レイラの決意

 目を開けると、知らない部屋だった。ベッドと机があるだけの小さな部屋。

 ゆっくりと起き上がってみる。怪我もしていないし、気分もべつに悪くない。有害なものを嗅がされたわけではないようだ。部屋には誰もおらず、窓から見える空は暮れかけている。


 ベッドから体を起こしたそのとき、ちょうど部屋の扉が開いた。


「気が付いたか」


 レナートが、飲み物のカップを持って部屋に入ってくる。そして片方を私に差し出す。けど私は首を振ってそれを拒否し、レナートを見上げた。


「私をお屋敷に帰して」


 嘆息し、レナートはカップを机の上に置いた。そして、自分の分を一口飲んで、こちらを見る。


「……どうも死霊に憑かれているわけでもなさそうだ。なのに、なぜあんなところに居たがる? 酔狂な女だな」


 歳の割に随分大人びた喋り方をする。誰かに似ている……と思って、大事なことを思い出した。


「レイラ……、レイラは!? 彼女をどうしたの!?」

「レイラ? もしかしてこいつのことか?」


 彼がローブからペンダントを取り出す。チェーンについている水晶の中に、小さくレイラの姿が見える。


「レイラ!!」

「驚いた。お前も霊体が見えるのか」

「レイラを返して。お願い、大事な友達なの」

「幽霊が? お前大丈夫か? やはり正気とは思えない」


 怪訝そうに眉をひそめ、私を見つめるレナートの瞳には、悪意は見えない。

 揶揄でも皮肉でもない。純粋に私を心配しているんだ。そう気が付いて、たじろいでしまう。

 確かに、正気ではないのかもしれない。正気なら、きっと私を殺した人のところに帰りたいなんて思わない。

 レイラが私と仲良くしてくれるのだって……きっとその人の意志がそうだからってだけで。


 ……いや、今はそれを考えている場合じゃない。


「レイラと私をどうする気なの?」


 とにかく、落ち着かないと。一度深呼吸を挟んでから、私は改めてレナートにそう問いかけた。


「どうすると言っても……、この幽霊は力が強すぎて、おれじゃ除霊できない。だが、こんな力の強い霊を野放しにするわけにもいかない。今は石に閉じ込めているが、これも永く保つわけじゃないから、国に帰っておれより力の強い者に相談する。お前のことはどうするつもりもない」

「じゃあどうして私を連れ出したりしたの」

「あんなところに人間がいては駄目だ」

「だったらどうしてレナートは屋敷に来たの」


 即答するレナートに素朴な疑問を投げつけると、彼はこれにも即答してきた。


「除霊と退魔が生業だからだ」


 だったら敵にはならないはずなんだけどな……お屋敷に集まる霊を除霊してくれたら、ミハイルさんだって助かるはず。そう口を開きかけたとき、別の声が私たちの間に割って入る。


「あたし一人、成仏させられないくせに、よく言うわ……」


 弱々しくて、酷く小さく、籠った声だったけど。それは確かにレイラの声で。レナートが手にしていたペンダントに取り縋って叫ぶ。


「レイラ、大丈夫!?」

「……妙だな。別に霊体に苦痛を与えるようなものではないはずだが」


 苦しそうなレイラの声に、レナートがボソリと呟く。


「あたしは……屋敷の呪いで霊体化してるから、屋敷を出ると不安定になるのよ……。このままじゃ悪霊になっちゃうかもね……」


 レイラの言葉に、血の気が引いた。そんなの絶対に駄目だ。


「とにかく、退魔士だかなんだか知らないけど……その程度の力じゃ、屋敷の地下で食われて死ぬわ……」

「地下?」

「どっちみちその前に……、当主に殺されると思うけど……」

「当主? 件の幽霊伯爵か。何故おれが殺されないといけないんだ」


 興味なさげに、レナートが再びカップに口をつける。


「アンタがかっ攫ったその子……当主の嫁よ」


 だがレイラの言葉を聞いて、レナートが噴き出しかけ、口を押えた。そして勢いよくカップを机に置いて、叫ぶ。


「何故言わなかった!」

「あなたが聞いてくれなかったんじゃないの!」

「いや……、でも……」


 そう口ごもると、彼は急に何か考え込むように手を顎に当て、黙り込んだ。しばらくそれを見ていたけど、一向に彼が顔を上げないので、痺れを切らして話しかける。


「とにかく、わかったら帰して」

「……どうして幽霊屋敷なんかに嫁いだ? 人質でも取られているのか」

「人質を取っているのはそっちよ。私は自分の意志で……」

「本当にお前の意志か? だったら何故、死霊の集う屋敷などにいる」

「それは……」


 お屋敷で目覚めて、他に行く宛がないから。

 などという説明で、この子は納得してくれるのだろうか。くれないだろう。答えを迷う私に、レナートが切り込んでくる。


「お前、その幽霊伯爵に騙されているんじゃないか?」

「違うわよ! あの不器用馬鹿が人を騙せるもんですか!」


 否定のしようがなくて黙り込む私に代わって、レイラがスッパリと否定する。……さすがだな。

 私は何も言えなかったのに。


「とにかく、死霊と暮らすなんて真っ当な人間のすることじゃない。その伯爵だってそうだ。普通じゃない」


 言えなかったのに……なのに、今度は気がつけば声が出ていた。


「勝手に決めつけないで。あの人のこと何も知らないくせに!!」


 叫んでしまってから、ハッとして口を押える。

 何言ってるんだ。私だって何も知らないくせに。


「ミオ……」


 レイラの声が少し嬉しそうで、なぜか顔が熱くなりそうになった。それを深呼吸して収めると、「とにかく」と、私は言葉を継いだ。


「レイラのことも、あの人のことも貴方はよく知らない。一方的に決めつけて蔑むのが普通の人間なら、私は普通じゃなくてもいいです」


 そこで初めて、レナートが少し気まずそうに視線を落とした。

 けど、わかってる。私にそんなこと偉そうにレナートに言う資格はないって。

 私だって、あの人のことを、レイラのことを……心のどこかで信じきれずにいる。


 そんな私の葛藤は、ガシャンという音に遮られた。それが、窓が割られた音だと気が付くのに、少し時間が掛かってしまった。咄嗟にレナートが水晶を仕舞い、私の腕を引いて出口の方に誘導する。それと、窓から仮面で顔を覆った、不気味な者たちが乗り込んでくるのはほぼ同時だった。


「なんだ、お前ら」

「プリヴィデーニ伯爵夫人だな?」


 レナートの問いには答えず、一番手前にいた仮面が押し殺した声を上げる。その瞬間、レナートは声を発した者の腹に拳を叩き込んでいた。そして、間髪容れずに私の手を引いて部屋を飛び出す。


「こいつらの狙いはお前みたいだな」

「どうして……!?」


 確かに私にも聞こえた、伯爵夫人かと問う声が。

 だけど、「私」ではなく「プリヴィデーニ伯爵夫人」を捕らえたいということは、つまり……狙われているのはミハイルさんということにならないだろうか。


「あっ」

「何してる、馬鹿!」


 つまずいて転んだ私に、レナートの叱咤が飛ぶ。けど、決して考え事をしていたからじゃない。走るのが早すぎる。歩幅が合わないのに手を放さなければそうなる。


 倒れた私を抱えて、再びレナートが走り出す。たぶんここ、どこかの街の宿なんだろう。フロントにいた従業員が、仰天した様子で私たちを見る。その前を走り抜けて外に飛び出す。


「チッ……」


 レナートが舌打ちする。闇の帳が降りた通りに、待ち構えていたかのように仮面たちがいた。宿の前に三人。レナートが周囲に視線を走らせたところを見ると、他にも潜んでいそうだ。


「その女を渡せ」

「べつにこの女を守る義理はないが、明らかにまともでない奴らに渡すのは人道にもとる」

「命を落としてもか?」

「自らの命惜しさに弱者を差し出すほどおれは落ちぶれてない。女一人に大人数で掛かるお前たちと違ってな」


 憎まれ口をたたきながら、レナートが構える。

 けど私を抱えたまま戦うなんて無茶だ。相手は何人いるかわからないのに。


「放して、レナート。私を抱えたままじゃ無理よ」

「かといって降ろしたら、お前すぐに掴まるだろうが」


 仮面たちが、一斉に短剣を抜き放つ。レナートの足が、じり、と地面と擦れて音を立てる。


『あたしを解放しなさい、アホ退魔士!』


 突然、レイラの声が響き渡った。レナートは一瞬迷ったが、手詰まりなのはわかっているのだろう。 飛び掛かってきた仮面の短剣をかわして、二人目の足を払い、三人目に向けて水晶を掲げる。そこから眩い銀色の光が迸り、三人目が怯んだ隙に、レナートが彼らと距離を取る。

 光が収まると、私たちと仮面たちの間に、レイラが音もなく降り立っていた。


「お前……」

「アンタ、あたしたちを随分穢らわしいものみたいに言ってくれたけど。あたしたちにだって、守りたいものくらいあるのよ」


 ざわざわと、風が唸る。掛かっている看板がガタガタとなり、舗装された道が剥がれ、瓦礫になって浮かび上がる。


 それと同時に、レイラから黒い霧のようなものが立ち上り始めた。


「……レイラ……?」

「でも、アホ退魔士の言ってることにも一理あるの。だから悲しまないで、ミオ。あたしはとっくに……生きてはいないの」


 嫌な予感がする。

 手を伸ばして、レイラの体を掴もうとする。けれど、すいっと彼女は私の手を逃れ、届かないところまで登っていく。


「お願いよ。見ないで……」


 懇願するように、彼女は呟いた。

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