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第38話 レナート

 掃除はいい。

 掃除は、頑張れば頑張った分キレイになるから。

 どんなに散らかった部屋だって、一つゴミを捨てればその分だけ片付くし。

 一拭きすれば、その分だけ綺麗になるし。


 デッキブラシを引きずって、玄関に向かう。何か忘れている気がしたけど、それを考えるのすら面倒で。表で水を汲もうと、玄関の扉を押して――、私は激しくバランスを崩した。押した瞬間、扉が開いたからだ。それは、表から誰かが開けたからだと気が付いたのは、倒れかけた体を支えられてから。

 慌ててバッと体を引く。


「ごめんなさい。あの……、お客様?」

「この屋敷には死人ばかりと聞いていたが。お前は人間だな」


 私の問いを綺麗に無視して、ぶっきらぼうな声が返ってくる。ちょっとした既視感を覚えながら、改めて私は目の前に立つ人物を見た。


 白い、ゆったりとしたローブのような服。目深に被ったフードから緩く束ねたブロンドが零れている。中性的な顔をしているけど、声から判別するに男性……けどまだ大人と呼ぶには幼い。十五、六歳というところだろうか。


「貴方は?」

「レナート。退魔士だ。とにかくここは危険だ、行くぞ」

「ちょっと……」


 力任せに腕を引かれる。いくら年下とは言え、もう私より背も高いし力も強い。成すすべなく引きずられ、助けを求めて周りを見ると、玄関にあった燭台が突如ふわりと浮き上がった。


「ミオをどこに連れていくのよ!」

「出たな、死霊め!」


 少年――レナートが、憎々しげに叫んで手をかざす。するとその途端、レイラの周りを銀色の光が囲った。


「何よこれ!?」


 レイラが驚愕の声を上げる。だけどその声はさっきより遠い。何か壁に隔たれているように籠った声だ。それからレイラは小さな両手を持ち上げて、宙を叩きつける素振りを何度もした。まるで見えない壁がそこにあるように。実際にある壁も扉も天井も、彼女は通り抜けられるのに。


 一体彼が何をしたのかわからず呆然としている間に、レナートがローブの中からペンダントのようなものを取り出す。水晶のような、とても透き通った綺麗な石が付いている。

 次の瞬間には、その石に吸い込まれるようにレイラの姿は消え去っていた。


「レイラ……!? あなた、レイラに何をしたの!」

「来い」

「ちょっと待って。話を聞いて」

「お前には見えていないかもしれないが、ここは危険なんだ」


 人の話を聞かない人だな。ちゃんと見えてる。

 ……ためらっている場合じゃない。このままじゃ、レイラが危ない。


「ミハイルさん!」


 名前を呼ぶ。だけど、いつも来てくれる彼が、こんなときに限って現れない。

 焦って指輪を見ても、何も起きない。

 ――どうして。もう一度名を呼ぶ。でもやっぱり何も起きない。

 

 私に、もう呼ぶ資格はないからか。それとも、彼の意志で来てくれないのか。……今、そんなことを考えている暇なんかない。 


「……っ、レイラを返して!」

「何を言っている。死霊に憑かれて正気じゃないのか?」

「私は正気よ!」

「正気じゃない者は大体そう言う」


 じゃあどう言えばいいのだ。とにかく、力尽くで私を引っ張って行こうとする彼に、力尽くで対抗していると。ふわりと体が浮いた。


「放して!!」

「暴れるな、ただでさえ重いのに」


 私を肩に担ぎ上げ、レナートが失礼極まりない台詞を吐く。まぁいくら私が小柄といえど、人ひとり分の体重はそりゃ軽くはない……どちらかといえば、軽々と抱えるあの人がおかしいだけで。とにかく、このままじゃ連れ去られてしまう。


 手足をめちゃくちゃにばたつかせて何とか逃れようとしていると、ふと、何か甘い香りがした。その途端、体から力が抜ける。視界の端に、小瓶のようなものを持つレナートの手が見える。

 まずい。何か嗅がされた――、抵抗する力を失った私を担ぎ直し、スタスタとレナートは門まで歩くと、ドサリと私を馬に乗せる。


 う、馬はやめて……欲しい……


「お待ちなさい」


 有無を言わさぬ声が走り抜け、レナートの目つきが変わる。重い頭を動かして声の方を見ると、リエーフさんがレナートに殴りかかったところだった。


「当家の花嫁に何をなさいますか。無礼でございましょう」


 口調こそ丁寧だが、リエーフさんの声には殺意と呼んで差し支えないほどの鋭利さがある。


 瞬時に構えたレナートが右腕一本でリエーフさんの拳を受け、懐に入ってきたリエーフさんの足を払おうとする。それを飛び退って交わし、態勢を低くして再びリエーフさんが間合いを詰める。


 とても戦えそうには見えないけれど、リエーフさんの動きは何の心得もない私が見ても、素人のそれではない。そしてそれはレナートも同じだった。暫く二人は攻防を続けていたが、やや、リエーフさんが押され始める。


「……ミオ様! ご主人様をお呼び下さい!」

「ごめんなさい……呼んだけど駄目で……」

「なんですって!? もしかしてケンカでもなさいました!?」

「したかも……ごめ……さ……い」


 だめだ、呂律もまわらなくなってきた。

 喧嘩したら、呼べなくなるものなの?? そもそも、あれは喧嘩なのだろうか。

 ミハイルさんの、哀しそうな目と、悲痛な声が……頭に残ってる。謝らなきゃ。だけど……ミハイルさんだって、ずっと本当のことを隠してた。それも、あんな。


 謝って、謝られて、それで元に戻れるなら、ただの喧嘩だろうけど。もうそれじゃ済まない気がする。私が……済ませられない。

 

 レナートに蹴り飛ばされて、リエーフさんの体が吹き飛び、門に激突する。ガシャンと大きな音がした。


 リエーフさんと。

 叫んだつもりが、もう声も出ない。すかさずレナートは馬に飛び乗ると、脇腹を蹴った。素晴らしいスピードで馬が走り出す。

 ……嫌だ。乗り物は苦手だ。


 今更になって思う。フェリニまでの道中、あんな長時間馬に乗っていて平気だったのは……後ろに、彼がいたからなんだって。


 突然生活が奪われても、知らない世界でも、風邪を引いて寝込んでも、死霊たちに襲われても。いつもいつも、あの人がいたから平気でいられたんだって。


 だめだ、もう意識が……遠い。


 




 ……嘘でもいいから。否定して欲しかった。

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