表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

82/145

第33話 あなたのことが

 しばらく走っただろうか。

 全く頭が働かず、ただぼんやりしていると、ふと速度が緩まった。


「……すまん」


 謝罪が聞こえて我に返る。横乗りのままだから顔がよく見えるけれど、気まずそうに彼は目を逸らしたままだった。もっともそうでなければ、私もまともに顔を見られなかった。


「……謝るならしないで下さい……」

「本当に悪かった。だが焚き付けたのはお前じゃないか」

「そんなつもりじゃ……だって……」


 うまく言葉にならなくて、意味を成さない言葉だけがすり抜けていく。

 だって、何も話してくれないから。私の過去も、ニーナさんのことも。だから理由がわからなくて。



 ――理由なんている?



 ニーナさんの言葉が頭に響く。

 いつも、彼女は自分の感情に素直だった。ミハイルさんに対して矛盾した二つの感情を持ちながら、ためらいなくその両方をぶつけていた。


 私は、ああはなれない。なれないけど。


「ミハイルさん」

「……何だ」

「私多分、貴方のことが」

「おい、ちょっと待て」


 言葉を遮られて、視線に不満を込めて彼を見る。


「よく考えてから喋れよ?」


 これ以上何を考えろというのかわからないけど、とりあえず頷いておく。

 そして、再び口を開く。


「多分、貴方のことが好きなんだと思います」


 馬が止まる。

 手綱を持った手で、ミハイルさんが顔を押さえる。

 

「……っ、だからよく考えろと……、今度は何が違うんだ」

「何も違いません」

「は……!?」


 何を言っているんだとでも言いたげな声が返ってくる。

 でも今度はわかっていて言ってるので率直に答える。


「どうしてそう思うのかわかりません。でも貴方が傷つくと辛いし、傍にいると安心するし、ニーナさんが来てからずっと不安でした。もう契約は無しだと言われたらどうしようと思って」

「そんなことを言うわけが」

「言わないですよね。貴方はいつだって何も言わないから」

「…………言おうとしているが、いつもタイミングが悪いだけだ」


 フェリニの街は、もう片手で隠れてしまうほど小さい。辺りには平原が広がり、聞こえるのは川の音と風の音だけ。


「それなら今教えて下さい。私の失くした記憶のこと」


 風が通りすぎてしまうと、川の音だけが残る。でもそれすらも意識の外に消える。耳が痛いほどの無音になる。


「貴方のことが知りたいんです。そしたらきっと、『多分』じゃなくなる……」


 馬が歩き出して、音が返ってくる。でも、待っても答えは返ってこない。

 期待はしていなかった。教えてくれなくたってどうせ離れられないのだ。だから多分、今後他の婚約者がやってくることがあっても、私はもう隙を見せることはしないだろう。


 たった三日しか経っていないのに、リエーフさんの優しい笑顔や、レイラの怒った顔が懐かしくてたまらない。それくらいには、お屋敷のみんなのことも好きになっているから。だから、お屋敷を出ることはもう考えない。


「……すまん。何も話せないことにお前が愛想を尽かしても、出て行くと言っても、俺はもうそれを止めないとは言えん……」

「構いませんよ、出て行くつもりありませんから。早く皆に会いたい。エドアルトとアラムさんには会えたけど、リエーフさんとレイラの声が聞き――」


 ふと、また馬が歩みを止める。


 ミハイルさんが手綱を放し、嵌めていた手袋を口で咥えて外す。それがパサリと私の上に落ちる。

 左手は私を抱えたまま、素手の右手が頬を撫でる。指が頭に掛かって、上を向かされる。

 目を閉じることも忘れた。待ってと言えば触れてしまいそうなほどに顔が近づく。


 また、音が消える。

 黒と無音。それだけの世界にふと。



 気配を感じた。



 気がつくと私は辺りをキョロキョロと見回していた。見れば、ミハイルさんも同じことをしている。


「何してるんですか?」

「いや、今リエーフの気配がして」

「私もです……」

「まさかな……」


 平原のど真ん中。街も遠ければ行き交う人もいない。お屋敷はもっと遠い。

 だけど、彼ならそんな理屈を覆しても不思議ではない。


「帰るか……」

「はい……」


 そして私たちは帰路についたのだった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ