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第22話 続・攻防戦

 なんの嫌がらせかな。


 子供っぽいとか言った仕返しかな。そうだ、そうに違いない。やっぱり子供っぽい。そういえば歳も知らないけど私よりは年上のはず。


「……本当に?」


 ニーナさんの疑念の声に、現実逃避から引き戻される。

 仕方ない、そういう契約だ。ここまでは予想していなかったけど、それは私が甘かっただけとも言えるし、半ば開き直って答える。


「はい」


 わお、とレイラが歓声を上げるのが聞こえてくる。他人事だと思って。

 リエーフさんだって取り澄ました顔をしているけど、絶対面白がってるに決まっているし。事態をややこしくした張本人はどっかに行ってしまうし。

 当然、ニーナさんはそれで済ませてくれるはずもなく、ずいっと私に詰め寄って来る。


「じゃあどうして使用人だなんて言ったの?」

「話が拗れると面倒だったので」


 うまく取り繕える気もしないので、正直なところを答えておく。拗らせるような自覚はあるのか、彼女はそれについては何も突っ込まなかったが。


「恰好も使用人だわ」


 言われて自分が着ている服に視線を当てる。

 ご飯を食べたら掃除をするつもりだった、というのが正直なところである。だけどさすがにそのまま答えたらやっぱり使用人になってしまう。

 あとは、リエーフさんが用意してくれるドレスが趣味じゃないとか動きにくいとかもあるけれど。

 めんどくさいな。私はリエーフさんみたいに口達者じゃない。


「私、掃除が趣味なので。動きやすい格好が好きなんです」

「嘘でしょ? 掃除が好きな人なんてこの世にいるの?」


 ピシャーンと。

 私の中に落雷が落ちた。それが何かのスイッチを起動した。

 心底信じられない、という顔をしているニーナさんに「お言葉ですが」と今度は逆に私が詰め寄る。


「綺麗になっていくのを見るのは楽しいでしょう? これはもう無理だという汚れがピカピカになったら気持ちいいでしょう? どうしたらこの汚れを落とせるのか考え抜いて、落とせたときの快感と達成感はかけがえないと思いませんか? それに、物の置き場もないという場所が、スッキリ快適になったらやみつきになりませんか?」

「そ……そう?」

「そうです。そういう空間になれば家事も作業も捗ります。そのためのノウハウを追求し、さらには生活スタイルや導線に合わせた家具の配置、維持のしやすさ。そういうの考えていたら楽しくなります」

「ごめん、わからない」


 ……ですよね。

 これでうやむやにできたら良かったけど。唯一私が語り続けられる話題が一瞬で終わらされてしまったので、再び現実に帰ってくる。 


「とにかく、綺麗になれば気持ちいいですから」

「綺麗にするのが大変だから嫌いなんじゃないの。変な子」


 たぶん年下の女の子に変な子扱いされてちょっとムッとしたけど、口論したいわけではない。黙って流すと、それまで成り行きを眺めていたリエーフさんが私たちの間に割って入った。


「ニーナ様。ご主人様も仰られた通り、ミオ様は当家の大事なお方。侮蔑は許しません」

「ミハイルが結婚したなんて聞いてないわ」

「ご主人様を呼び捨てにされるのもお止めください。貴女は当家ともう何の関係もありませんゆえ。無礼でございましょう」


 一瞬だけニーナさんは顔を歪めた。悔しげというよりは、悲しそうに見えて、少し胸がチクリとする。


 私は彼女に嘘をついてていいのだろうか?

 彼女が何を思って屋敷を去ったのかわからないし、ミハイルさんが彼女をどう思っているのかもわからない。

 でも、彼女はきっとミハイルさんのことが好きだ。助けて欲しい下心はあるだろうけど、それを言うなら私だって人のことは言えない。自分の生活のための契約だもの。

 正直に、そう言うべきじゃないのか。


 ただの契約なんだって。

 表向きだけの関係だって。

 

 迷っている間に、ニーナさんはリエーフさんに食い下がる。


「でも、ミハイルは……、ミハイル様は、来て下さると言ったわ」

「貴女のためではないとも言ったはずです。ご主人様が動かれるのはミオ様の為ですよ」


 いや、それは言ってないな。屋敷のためだって言ってたはずだけど。


「そう? 屋敷のためだと言ってたように思うけど」


 ニーナさんがすかさず突っ込む。確かにそうなので、それについては何も言えない……と黙るようなリエーフさんではなかった。


「貴女も仰っていたではありませんか。確かにご主人様はこのお屋敷がお嫌いで、当主でありながらその務めを長く放棄していらした。なのに屋敷を守りたいと仰ったのは何故だと思います? ミオ様がいらっしゃるからですよ」


 そうかな……、私にその実感はないけど、とにかくリエーフさんは口が上手いから。現にニーナさんは返す言葉を失っている。


「とにかく、フェリニ領主についてご忠告頂いたことには感謝致します。その見返りに貴女の身を保証するくらいのことはなさるでしょう。ああ見えてお人好しですからね、ご主人様は。だからと言って勘違いなさらぬよう」


 私が何か言うまでもなく、綺麗に話を終わらせてしまう。リエーフさんは敵に回したくないな……、勝てそうにない。


「というわけで、フェリニ領主宛てに書面をしたためますので、それをお持ちになってお帰りください」

「その必要はないわ」


 ニーナさんの切り返しに、リエーフさんが怪訝な顔をする。それと、扉が開くのは同時だった。


「どうせ俺を連れてくると領主を脅したんだろう」


 再び場に現れたミハイルさんは、さっきまでの普段着ではなく、カッチリとした軍服のようなものを着込んでいた。たぶん、それが正装なのだろう。エドアルトが着てるものと似ているけれど、色は漆黒。そしてエドアルトと違って……よく似合っている。

 とは口が裂けても言わないけど。リエーフさんに尾ひれ背びれ胸びれまでつけて吹聴されそうだ。


「相変わらず素敵ね。似合うわその服」


 ミハイルさんの問いに答えなかったところを見ると、図星なんだろうか。はぐらかすためにしろ、手を組んで頬を染め、素直に賛辞を口にする様子は可愛らしい。これを見て、よくミハイルさんは仏頂面でいられるなと思うほど。


「来てくれるのね、嬉しい」

「これきりだ。二度と俺を引き合いに出すな。心底迷惑だ」

「それでも嬉しい」


 ガシャン、と皿が落ちる。見ると、レイラが猫のように髪の毛を逆立ててニーナさんを睨んでいる。


「この女、ほんっっっっっと無理……、この女のおかげで鳥肌が立つ感覚を忘れずにいられるわ」


 何か、怒りのオーラでも見えるような気がする。レイラとニーナさんはタイプが正反対と言っても過言ではないし、レイラはまだ子供だし、わかり合えそうにはないけれど。どうやってなだめようかと思案する私をよそに、ニーナさんはどこ吹く風で見えないであろうレイラに語り掛ける。


「あら、また怒ってるの? ライサ」

「話しかけんな!! あたしはレイラよ!!」


 レイラがキンキン叫ぶので、思わず耳を押さえる。でもこれ、ニーナさんには聴こえてないのよね。


 ……聴こえていないのに、レイラのことを知っていて、親しげに話しかけて。どうして彼女はレイラをライサと呼ぶのか、それも私にはわからない。


 きっと、私より長く……、ミハイルさんが彼女の行動を予測できるくらいに長く、ここで過ごしていたんだろうな。そして彼女も、私よりよく彼を知っているんだろう。

 それだけじゃない。リエーフさんの人となりもよく知っているし、レイラが怒りっぽいことも知っていて、いちいち動じたりしない。

 多分、エドアルトのことも、アラムさんのことも、私が知らない、ここにいたという幽霊たちのことも。


 なんだ。私が一番部外者じゃないか。


「……とにかく行くならさっさとしろ。食事もまだだろう」

「ええ、わかったわ。リエーフ、お願い」

「貴女に使われる謂れはありませんが……ご主人様から一任されていますので、ご用意します。お部屋でお待ちを」


 刺々しいリエーフさんの言葉を歯牙にもかけず、返事をしてニーナさんは部屋を出ていった。

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