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第20話 月明かりの夜更け

 眠れない。


 夕食は一人だった。リエーフさんも何かよそよそしかった。

 あれから二人は会ったのだろうか。あんまりそういう方面に明るくない私でも、ニーナさんのあの態度、明らかにミハイルさんに気があるというのはわかる。

 幽霊屋敷の死霊使いだから、花嫁が見つからないと――確かそういう話だったと思うけど。


 いるじゃないか、相手。しかもあんなに可愛い子が。


 ということは、私はお役御免になるのだろうか。だからリエーフさんもよそよそしいのか。

 でも、引き留めたことは後悔していない。それならそれで仕方ない。


 街まで歩いて行けるのはわかっている。前は急いでいて、ゆっくり見て回る余裕はなかったけど、とても大きな街だった。

 ちょっと気は引けるけど、リエーフさんにお金を借りられないか聞いてみよう。数日かけて探せば仕事の一つくらい見つかるだろう。そしたら働いて、お金を返せばいい。……うん、そうしよう。大丈夫、できる。

 もしそうなったときのために、今はちゃんと体を休めておいた方がいい。

 頭では……わかっているのに。


 眠れない。

 

 あの人はどんな顔をして、どんな声で、彼女と話すのだろうとか。

 今も会っているのかとか。

 そんなこと考えたって仕方ないって、馬鹿みたいだって頭では思ってるのに。


 頭と心がバラバラだ。これは、記憶が足りないせいなのだろうか。




 ――なら教えてあげようか?




 知られるはずもない心の中の自問に、答えがある。


 この声――

 本当に、いつも私が迷ったときに、心が弱くなりそうなときに聞こえてくる。




 ――らしくないんじゃない? どうしてそこまであの男にこだわるの?




 どうして? そんなの私が知りたい。


 いや、耳を貸しちゃだめだ。


 ベッドを降りる。

 ミハイルさんに相談しよう。だけど――

 扉に手をかけて、止める。


 もし部屋に行って彼女がいたら?

 

 いや、いいじゃないか、いても。

 ……いい、のかな、本当に。その時私はどんな顔をすればいいの?

 手をかけたまま、扉を開けられない。

 声の言うとおりだ。こんなの私らしくない。




 ――おいでよ。こっちだよ――




 頭の中に映像が流れ込んでくる。鎖で封鎖された階段。地下。


 扉を引いて――、そして、私は勢いよくそれを閉めた。


「ミハイルさん!」


 指輪を押さえて叫ぶ。と、すぐに後ろから両肩を掴まれた。


「どうした! 何があった!?」


 その余裕のなさが、あまりに彼らしくなくて。

 一瞬ぽかんとしてしまった。


「……ミオ?」

「あ……ごめんなさい、こんな時間に」


 呼びつけておいて何も言っていないことに気が付き、慌てて口を開く。

 それにしても、呼べば来るとは言われていたけど。幽霊たちが呼んだり呼ばれたりしているのも見ているけど。こんなに一瞬で、こんなに簡単に来られるものなんだ。

 

「いや。無事ならいいんだ」


 そう言って彼が襟元を直す。よく見たら髪も乱れてる。眠っていたのか、それとも……

 ……何考えてるんだ私。


「また、声が聞こえたんです」

「最初の夜に言っていたやつか?」

「あ、はい。実はその後にも一度……」

「何故言わなかった」


 内容が内容だけに言い辛かった。あれが元で大事になったことを考えると、もっと早く相談した方が良かったのかもしれないけど。でもよく考えたら悪いのは声に惑わされた私自身だし。


「声が聞こえるだけで、何かしてくるわけじゃないので。今も、もう聞こえなくなりました。すみません、呼んでしまって」

「勝手に危険なことをされるくらいなら、呼んでくれた方がいい」

「はい……」

「……俺は戻るが、また何かあれば呼べよ」


 ……さっきから一度も目が合わない。

 それに、もう行ってしまうのか。急いでいるのかな。あの子が待っているから?

 そう思ったら、とっさにその腕を掴んでしまっていた。


「あ……あの! もう少しいてくれませんか!」

 

 また声が聞こえるかもしれないから。

 そうしたら、また私は勝手なことをして、迷惑をかけるかもしれないから。

 駄目だ、全部言い訳だ。

 理由を探しているうちに、冷たい声が返ってくる。


「使用人にそこまでする義務はないな」

「……使用人じゃないです」


 言外に非難めいた色を感じる。やっぱり怒っているのかな。

 

 花嫁としてここにいるという契約だ。それに違反したのは事実だけど、あの状況でそんなことを言ったら、きっと話が拗れていただろう。ああ言うしかなかった私の心情も察してくれてもいいだろうに。


 そう思うと素直に詫びる気にもならないくせに、じゃあいいですと強がることもできない。

 ……何をうじうじしているのだ私は。本当にらしくない。

 冷静になろうと深呼吸を繰り返していると、ミハイルさんが振り向き、腕組みして私を見下ろした。


「なら、なんだ」

「あ……貴方の花嫁です!」


 怯んだら負けだと思って。


 叫んでから、変な汗が吹き出てきた。

 待って、めちゃくちゃ恥ずかしい。

 とても目を合わせられなくてずっと俯いていたが、全く返事が返ってこないことに不安になってくる。

 もういっそ鼻で笑ってくれた方がマシだ。あまりに長い静寂に居たたまれなくなり、恐る恐る見上げると――彼は腕組みしたままフリーズしていた。


「あ……あの……?」

「……お前という奴は、本当に……」


 そう舌打ちでもしそうに唸ってから、ミハイルさんは腕組みを解くと、右手を顔の前に翳して何事か呟いた。手の甲にもある呪印が微かに光っている。あれって確か……


「霊避け……ですか?」

「その他知る限りの魔除けだ」

「なんで……っ!?」


 突然抱き上げられて、言葉は半ばで途切れた。

 思考が追い付かないでいる間に、ベッドに降ろされて思考はまとめてぶっとんだ。

 何か言おうとしたけど声も出ない。手どころか指一本も動かせない。


 信じられないくらい近くにある闇色の瞳の中に、月明かりが輝いている。が、それはすぐにフイと逸れて遠ざかった。


 直後、バサッと毛布が落ちてくる。


「……眠るまでいる。早く寝ろ」


 ややあって、静かな声が降ってくる。

 び……っくりした。なに、今の。

 今頃になって鼓動が騒ぎ出す。その煩い音に紛れてギシリとベッドが鳴る音がする。

 横に腰かけている彼の背を見て、やっとの思いで声を絞り出す。


「ね……眠れません……」

「なら朝までいる」

「……っ、誤解されますよ。その……リエーフさんに」


 リエーフさんだけじゃないけど。

 そういう含みもあったのだが、予想外に真剣な声が返ってきた。


「うむ……そう思ってありとあらゆる魔除けをかけたが、やはり無駄だろうか」


 ミハイルさんはリエーフさんのことを悪魔か何かだとでも思ってるのだろうか。いや気持ちはわかるけど。


「まぁお前が早く寝れば済むことだ」

「……ミハイルさんはどうして、私にここまでしてくれるんですか?」


 彼の背に視線を当てたままで、ずっと気になっていたことを聞いてみる。

 結局わからない。私になら血でも命でもくれると、そう思う理由は結局聞いていない。やっぱりそれも――


「昔の私に、恩があるからですか?」

「……ない、そんなもの」


 不機嫌そうな声のあと、彼は手を伸ばすと私の髪を撫でた。


「昔からお前は人の忠告も聞かずに無茶ばかりだ」

「う……ごめんなさい。じゃあどうして」

「知るか、自分で考えろ。余計なことは無駄に頭が回るくせに」


 髪に触れていた手が、ガシリと力任せに頭を掴む。


「い、痛いです……」


 そんなこと言われても。考えようにも思い出せないんだもの。もう少し情報があってもいいと思う。

 こんなに頭と胸が煩くて、考えられるわけがない。



 結局なかなか眠ることができずに、ようやく寝付いたのは窓の外が白み始めるのを見てからだった。

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