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第7話 半分

 当主の部屋まで直行し、その扉をノックする。返事はない。


「当主様、ミオです」


 やっぱり返事はない。眠っているのか、それとも無視してるのか。


「……旦那様?」


 ガタッ、と部屋の中で物音がする。やっぱり無視だったのか。ややあって、扉が開く。


「妙な呼び方をするな」

「じゃあ無視しないで下さい。私だって恥ずかしいんですから」


 ジト目で見下ろしてくる当主を、同じような目つきで見上げる。


「別に無視したわけじゃない……なんだ、その恰好」


 うわ……しまった。ついカッとして着替えるのを忘れていた。いやでも、なんだと言われるのも変な話だ。


「なんだと言われましても、リエーフさんからここのメイド服だと」

「……お前多分騙されてるぞ」

「え……え!?」


 いや、何か丈が短いとか、ちょっと胸を強調しすぎなのでは? とか思ったけど! 

 恥ずかしさに立ち去りかけたが、思いとどまる。それよりも言いたいことがあった。この服のことは後でリエーフさんを問い詰めるとして、今は。


「……それより! リエーフさんから聞きました。私を転生させるために、貴方が自分の寿命と血を沢山使ったと」


 ただでさえ険しい顔が、より一層険しくなった。

 黙ったまま、殺気だった表情で部屋を出て行こうとする当主を、どうにか両手で押しとどめる。


「暴力は駄目ですよ!」

「殴らない。半日ほど説教するだけだ」


 バキバキと片手の骨を鳴らしながら当主が言う。全く信用できない。


「とにかく、それは後にして下さい」


 後ならいいんですか、というリエーフさんのツッコミが聞こえる気がするが、私も多少リエーフさんには苦言を呈したいこともあるし、それはまぁ……いいとして。


「……離せ」


 当主が立ち止まったので、慌ててパッと手を離す。……そんな冷たい言い方しなくても。

 まるで触れられたくないみたい。考えれば考えるほど、私とこの人は一体どういう関係だったのかわからない。


「沢山……は語弊があるな。半分をお前に渡した」

「半分……」

「当家直系は多少だが寿命が長い――勿論事故や病などの外的要因があれば話は別だが。お前が望むには足りないかもしれないが、そこまで悲観するほど短いわけではない」


 違う、そんなことを心配しているわけじゃない。というかそこまで考えていなかった。


「そうじゃなくて……、どうして私にそこまでしてくれるんですか。自分の寿命をそんなに縮めてまで」

「お前こそ、俺の寿命なんてどうでもいいだろう。何も覚えていないなら」


 どうして、こう……この人は。私の神経を逆撫でするような言い方をしてくるのだろうか。


「……貴方が知ってる私は、知らない人の寿命なら自分のために削ってもいいと思うような人だったんですね」


 そう言いながら、私も気づいている。自分だって人のことは言えないと。

 案の定、返ってくる声はあからさまに苛立っていた。


「そういうことじゃない」

「じゃあどういうことなんですか。勝手に転生させておきながら人のこと邪険にして、リエーフさんにまで口止めして、肝心なことは何も話してくれなくて……!」


 駄目だ、言葉が止められない。

 こんなことを言いに来たわけじゃない。そもそも何故こんなに苛立っているんだろう、私は。

 だって、あんまり冷たい声を出すから。

 苛立ったように話してくるから。

 いや、そんなのは言い訳か。


「……ごめんなさい」

「チッ」


 舌打ち!? 今舌打ちしたこの人!?

 いや私だって大概失礼をした自覚はあるけど。

 助けてもらった相手に八つ当たりみたいな態度を取って、大人げないと思うけど。思ったから謝ったのに。


「本当にすみませんでした。では」


 お礼を、言いたかっただけなのに。

 結局前も言えてないのに。

 でもこれ以上口を開いたらまた余計なことを言ってしまいそうだから、そうなる前に踵を返す。


「すまん」


 不意に聞こえた謝罪に、動かしかけた足を――止める。


「話せないのには事情もある。何をどこまで話すべきか……、そうすぐ結論を出せるほど俺は器用じゃない」


 苦しそうに息をつく当主が扉にもたれるのを見て、思い出す。相変わらずその顔色は悪い。それもきっと、私のせいなのに。


「私こそ……すみません。自分のことばかり……、今は休んで下さい」

「血を使いすぎただけだ。俺は自分の血を介してしか力を使えない」


 そういえば、私が屋敷を飛び出す前――、あのポルターガイストみたいな現象が起きたときも、彼は自分の血を操っていたように見えた。


「俺の力はそういうものだ……見目の良いものじゃない。ここにいればもっと醜悪なものを見るかもしれん」


 私がそれを思い出しているのを察したかのように、彼は呟いた。言葉の内容もそうだが、声にも自嘲的な色があり、その力を好いているわけでないのがわかる。


「でも、その血で今私は生きているんですよね?」


 胸に手を当てれば、確かに私の心臓は動いているし、そこには確かに熱を感じる。体も血もなかった私がこうしてピンピンしているのに、当主はまだ青い顔をしている。


 だから、わかってしまう……、


 ……半分なんて、きっと嘘。


「なら……きっと平気です」

「ふん……、どうだかな」


 冷めた声が返ってきても、もうあんまり気にならなくなってきた。慣れてきたのかもしれない。


「……そのぬいぐるみはライ――、レイラの?」


 しばしの沈黙の後にそう声を掛けられて、ぬいぐるみを抱えたままなのを思い出した。


「リエーフさんもそんなことを言っていました。これは、急に落ちてきて……」

「そうか。会いたいんだろうな」


 グサ、と急にどこからか飛んできた羽ペンが、当主の頬をかすめて床に刺さる。


「くっ、あいつめ……」


 苦々しく呟く当主の視線を追っても、やっぱり私には何も見えないのだけれど。

 彼に目を戻すと、頬が切れて血が流れていた。


「あの、血が」


 ただでさえ貧血なのに。咄嗟に手を伸ばすと、またハエでも叩き落すように払いのけられる。

 バンッと鼻先で勢いよく扉が閉まり、私は思わず首を竦めた。

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