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第67話 執事の憂慮

「わたくしも行きます!」

「だから、お前は残れと言っている!」


一夜明けて。翌朝から、ミハイルさんとリエーフさんはずっと同じような言い合いをしている。


 二人がそんな調子なので、エフィルと二人で朝食を先に頂き、使った食器を片付けても、ミハイルさんは食堂に姿を現さず。

 部屋に行くと、まだリエーフさんと怒鳴りあっていた。


「大体、今はエフィがいる。いくらなんでもあいつは連れては行けん」


 そろそろ仲裁に入ろうかと声を掛けたとき、折り悪く――

 こちらに気付いていなかったミハイルさんがエフィルの名前を出す。


「ご主人様」


 私たちに先に気が付いたリエーフさんがミハイルさんを諫め、エフィルが一斉に視線を浴びることになる。


「先生、旦那様。ぼく、留守番できます」

「そういうわけには行かん」

「どうしてですか? ボク、もう一人でご飯も作れますし片付けもできます」

「この屋敷には死霊がいるんだぞ」

「……? だから平気です。ママもレイラお姉ちゃんもいるし」

「良い死霊ばかりとは限らん」

「そんなの生きてる人間だって同じです。死霊がいるから駄目だというのは理由にならないと思います」


 エフィルは頑として引かない上に、言うことにも筋が通っている。


「お前少しミオに似てきたぞ……」


 ぼそ、とミハイルさんが呟く。褒めているようには聞こえないんだけど……遠回しに貶されているんだろうか。そんな私の複雑な心境を、エフィルの満面の笑みが塗り替える。


「嬉しいです。ボク、奥様や旦那様のようになりたいと思っていますから」

「ミオ様はわかりますが、ご主人様のようになるのはどうでしょうか……」


 ギロ、と鋭い目を向けられて、リエーフさんがさっと明後日の方向を見る。


「奥様はお掃除が上手で、冷静で、思慮深い方です。それで、旦那様はとても強くて優しい方。あと、先生は何でも知ってて何でもできます」


 順に私たちに視線を当てながら、エフィルが指を折りながらそう話す。ミハイルさんとリエーフさんの評に関しては同感だけど、私に対しては掃除以外買いかぶりがすぎるかな……でも、そんな風に言ってもらえるのは嬉しい。


「だからボク、皆さんのような大人になって、それで、守りたいと思えるものを守れるようになりたい。……早く大人になりたい」


 全部折りたたんだ指をぎゅっと握り、輝かせていた目を閉じて、エフィルが呟く。

 そこには、幼すぎて家族を守ることができなかった無力と後悔がありありと滲んでいて。私がその肩に手を置く前に、ミハイルさんが屈んで彼の頭を撫でていた。


「お前ならなれる。だから急がなくていい」


 私が言葉を探している間に、ミハイルさんが短く告げる。彼らしい、飾りもなく素っ気ない言葉に、私が思った全てが集約されていた。エフィルが目を開けて嬉しそうに微笑む。


「じゃあ旦那様、ご許可を」

「それとこれとは話が別だ」


 今まで髪を撫でていたミハイルさんの手が、エフィルの頭を鷲掴みにする。


「駄目だと言ったら駄目だ。いつ帰れるかわからないんだぞ。食材が尽きたらどうする」

「それは……えと、今のうちに保存食を沢山作っておきます」


 例の地下とは別に、お屋敷には保存庫として使っている地下室もある。それに日持ちするように加工しておけば、確かにそこそこ保たせることはできるだろうけど。いつ帰って来られるかはっきりわからない以上それでも不安は残る。


 ……いや、待って。リエーフさんが同行するとエフィルが一人になる、ということは……


「あの、私は連れていってもらえるということですか?」


 こんなタイミングで言うのもあれなのだけど。つい気になってしまって声を上げる。が、深く考えていたわけではないようで、ミハイルさんは虚を突かれたように私を見た。


「酷いですご主人様……、ミオ様とは片時も離れたくないと仰るのに、わたくしは連れていって下さらない……」


 ハンカチを噛みながらぐちぐちと溢すリエーフさんをミハイルさんが睨み付ける。


「そんなこといつ言った。……狙われるかもしれん以上は置いてはおけん。傍で守れる方がいい」

「それならわたくしの心情も少しは察して下さい。主人を敵地に送り出して平気で待てる従者がどこにおりましょうか」

「お前は屋敷を守れればいいだろう」

「だから申し上げたではありませんか。今は坊ちゃんの方が大事です。大体、後継ぎもいない今坊ちゃんに何かあればお屋敷も共倒れですし」


 ぐっとミハイルさんが言葉に詰まる。

 さすがに行き先が帝国では、今までの外出とはわけが違うのだろう。考えたくはないけれど……最悪の事態だってないとは言い切れない。そう思うと、ただ帰りを待っているなんて私だってできそうもない。

 だから、リエーフさんの気持ちはわかる。だったら……私が残ると言おうか。その方がミハイルさんの足手まといにはならずに済む。でもまた私が狙われるようなことがあれば、余計にエフィルを危険に晒してしまうんじゃないだろうか。


「それなら、私が預かりましょうか」


 堂々巡りになってきた思考を割って、ふと、耳慣れない声が闖入する。

 私だけでなく、ミハイルさんやリエーフさん、エフィルも一斉に頭を上げて声の方を見る。

 同時に私たちの視線を一身に受けて、見覚えのある壮年の男性が頬をかいた。


「失礼。何度もノッカーを鳴らして声を掛けたんですが誰も出てこないので、何か事件でもあったのかと……、勝手ながら上がらせて頂きました」


 全然気が付かなかった。でも私たちはともかく、リエーフさんが気が付かないなんて。やっぱり、よほど気が気ではないのだろう。

 一瞬リエーフさんは罰が悪そうな顔をしたが、仕切り直すように咳払いをし、男性の前に進み出る。


「それは、ご心配をお掛けして申し訳ありませんでした。マクシム殿」


 そう言うと、いつもの穏やかな笑みを顔に戻して、リエーフさんは優雅に頭を垂れた。

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