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第52話 大義名分

 プリヴィデーニの街は近い。あまり急ぐこともないだろうと、お昼を食べてから出ることになった。

 

 リエーフさんと門の前で待っていると、いつもの正装をしてミハイルさんが姿を現す。そういえば、毎回ボロボロになるのに、出掛けるときにはピシッと綺麗になってるな。中のカッターも真っ白だ。スペアがたくさんあるんだろうか。


「礼服、今回は傷めないで下さいね」

「故意でやってるわけじゃない」


 リエーフさんはニコニコしてるけど、声の響きは懇願に近かった。なるほどあれは軍服ではなく、礼服なのか。そして、リエーフさんが直しているのか……。


 確かに、ロセリアはだいぶ昔に軍を持つことを止めたとリエーフさんは言っていた。彼の授業で習ったことだ。賢者は争いを嫌い、こと魔法で人を傷つけることは徹底的に禁じたと。だからこそ、国を守る結界が壊れた途端、帝国に乗っ取られてしまったわけだけど。


 そんなことをつらつら考えていると、リエーフさんの縋るような声が耳に届く。


「わたくしもお伴しては駄目でしょうか……」

「あいつらだけでは不安だろう。留守を頼む」

「ですが、このところの外出はトラブル続きですゆえ、心配で……」

「嘘をつけ。顔が心配そうじゃない」


 半眼で言うミハイルさんの意見に私も賛成である。

 片手でリエーフさんを追い払い、ミハイルさんが馬に股がり、差し伸べられた手を取って、私も定位置……彼の前に腰を下ろす。……近いんだよなぁ、やっぱり……


「そういえば、乗馬を教えてもらおうと思ってたんだった……」

「やめとけ」

「どうしてですか?」


 対面じゃないから顔を隠せるだけまだマシだけど。前と同じような答えを返されてたので聞いてみても、やはりそれ以上の返事はない。


「それは乗馬を怖がるミオ様を、大義名分の元、ギュッとできるからですよ♪」


 口を挟んだリエーフさんの脳天に、ミハイルさんが無言で拳を落とす。


「危ないからだ。怪我したらどうする」

「少し過保護すぎでは」

「日頃からお前が危ないことをしすぎるのが悪い。行くぞ」


 言葉が終わらないうちに、昏倒したままのリエーフさんを残して馬が走り出す。

 体に風を受けて、心臓がふわっとなる。


「悪いな、付き合わせて。馬は苦手なんだろう」


 苦手は苦手だ。でもレナートに連れ去られたときを思えば、今は全然怖くない。


「ミハイルさんがいれば平気です」

「……どうした。珍しくやけに可愛いことを言うな」

「かっ、かわ……!? な、何言ってるんですか!」

「お前こそ」


 見上げると、ミハイルさんは目を伏せた。

 今までの失言に比べたらなんてことないとは思う……と自分で言うのもなんだけど。でも、確かに言われてみれば、今までの失言よりも甘えたことを言ったかもしれない……。


 ……甘え、か。リエーフさんが、ミハイルさんは甘え方を知らないと言っていたけど、私だってよくわからない。もう少し素直に人に甘えられるような性格だったらと、思ったことも一度や二度じゃない。でも、やっぱり私は……何かを与えてもらうなら、何かしなければと思ってしまう。


 それは私の我儘なのかな。今のところ、フェリニでもネメスでも、私がかけた迷惑の方が多大な気がするし。今だって、ミハイルさんがいなきゃ馬にも乗れない。やっぱり……リエーフさんに乗馬を習おうか。でも、そういうことじゃない気もする……。


 勉強も、髪も服も。何か空回りしてる気がしてならない。


 景色は比較的ゆっくりと進んでいく。街はまだ遠い。……急ぐことはないと、言ってはいたけど。


「もう少し速くても大丈夫ですよ?」

「別に……そこまで急ぐ必要はない」


 私に気を遣ってくれているのかと思ったけれど、素っ気ない返事が返ってきただけだった。


 徒歩でも二時間くらいだから、どんなにゆっくりしててもそれよりは掛からないだろうけど。なんか、こんなに近くにいるの……最近なかったから。ちょっと緊張する。

 あれ以来、とくに何もあるわけじゃなくて、ほっとする反面……不安な気持ちにもなる。それを紛らわすように、声を上げる。


「ミハイルさんって領主なんですよね? じゃあ、プリヴィデーニの街はミハイルさんが治めているんですか?」

「…………」


 険しい顔をしたまま、ミハイルさんはしばらく押し黙った。だがやがて口を開く。


「基本的に自治だ」

「いつも見てる書類は?」

「形式上のものだ。昔は見てすらいなかった」


 淡々と言葉を紡いていたミハイルさんが、ふと笑うように息を吐く。


「何もしなくとも、俺を恐れて領民も帝国も干渉しない」


 リエーフさんが言っていた。三年前、帝国の侵略を受けてから、ロセリア領の領主は全て帝国の人間に変えられたけどプリヴィデーニだけはそのままだったって。

 それは他の領地が成すすべなく侵略される中、プリヴィデーニだけは、帝国兵が撤退せざるを得なかったからだって。

 ミハイルさんが、たった一人で退けたからだって――。


 なら、何もしてないということはないだろうと思うけど。

 でもきっとそのせいで、帝国はミハイルさんの力を恐れる反面、その力を手に入れたくなったんだ。


「先代の頃は、それでも多少の親交はあったんだろうがな」

「先代……ミハイルさんのお父さんですか?」


 ああ、と短く答えて、また沈黙が続く。

 ミハイルさんって、自分の話全然しないな。そもそも、会話自体そんなになかったか。


 三年前の、私の話をしない理由はわかった。でも、それ以外の話だってそんなにしない。

 少し近づけたと思っていたけど、思う度に距離を感じる。


 頼ってばかりだから……私も頼られるようになりたいんだけどな。何をすればそうなれるのか見当もつかない。

 そういえば物理的に仲良くというのも、どういうことかわからないけど。

 せめて埋まらないこの距離を、物理的に埋めてみることにして……それが大義名分になるかはわからないけど、ちょっと、ギュッとしてみたり……して。


「……なんだ。やっぱり怖いんじゃないか」

「…………」


 とりあえずレイラに倣って、心の中で「バーカバーカ」と言っておいた。

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