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7.お兄ちゃん、祝福する

 ★


「なるほどな」


 まあほとんど、予想通りだった。


 俺はしゃくりをあげるリリアナを抱きしめたまま、その背を撫でてやっていた。

 ひくひくと肩を揺らすリリアナに「つらかったな」と声をかける。


「でも……自業自得だもん……あたし、エリク様を振り回しただけだった……っ」


 こんな自分が嫌だ、とリリアナは大きな音をたてて鼻水をすする。

 せっかくの美人が台無しだった。


「エリクの奴、ショック受けてたぞ。あんなに動揺してるのは初めて見た」

「……本当?怒ってなかった?」

「お前のこと諦めたくないって言ってた」

「…………っ!あたしなんかのどこがいいのかな。あたしだったらこんな子絶対やだ」


 うう、と泣きじゃくるリリアナは、もっと自分を過大評価すべきだった。

 自信があれば、エリクとの交際だって、まだ続けられただろうに。


(いや、難しいか)


「なんか、あたし、自分が恥ずかしい。エリク様にも、お兄ちゃんにも申し訳なくって……」

「申し訳ないことないぞ。男なんかどんどん振り回しちまえ。で、最後に本当にいい相手を捕まえればいいんだ」


 リリアナがじっと俺を見上げる。


「お兄ちゃん、彼女いたことないくせに、よくそんなこと言えるよね」

「うるせえ」


 小声で怒鳴った俺に、リリアナがぷっと吹き出す。

 涙を浮かべたまま、そうしてくすくすと笑いだした。

 傷はまだ癒えていないのだろうけれど、少しは心が軽くなってくれれば、よかった。


「ほら、今のうちにたくさん泣いとけ」

「なんか、キザ」


 リリアナは言いながら、俺にしがみついてまた静かに涙を流し始めた。


「ありがとう、お兄ちゃん」

「ん」


 まるで小さな頃みたいに

 リリアナが泣き疲れて、眠りにつくまで、俺はずっと、そうしていた。


 


 ★


 それから三か月後。

 リリアナはすっかり元の明るさを取り戻していた。

 相変わらずせわしなくパン屋で働き、帰郷する俺に小言を言い、倹約に命をかける。


 よく出来た妹に、もしも次の恋人ができるのなら釣り合いのとれた男であるようにと、願ってやまなかった。

 

 

 しかしエリクは、元通りとはいかなかった。

 あれから何度もリリアナに復縁を求めたようだが、うまくいかなかったらしい。

 俺と目が合うたびに睨んできては視線をそらされている。

 仕事の用以外は口もまともに聞いていない始末で

(子供か、お前は)

 とつっこむこともままならなかった。



「いやー、本当に本気だったんでしょうねえ。エリク様」


 事情を知ったメリーサが、しみじみと言った。

 重そうな小麦粉の束を抱えて歩いていたから、代わりに運んでやっていたのだ。

 午後の王宮はのんびりしていて、人もまばらだ。


「珍しかっただけじゃねえの?庶民娘が」

「そうですかねえ……聞きました?エリク様ってば最近だーれとも浮いたお話がなくて、謎の本命にふられたからだって噂が立ってるんですよ」

「ふうん。暇だなどいつもこいつも」


 確かにエリクはこのところ、女性づきあいを絶っている節があった。

 夜会に出ても以前ほどの積極性はなく、どこか投げやりな印象がある。

 まあ、どうでもいいことだったが。


「で。妹さんの方はもうきっぱりさっぱりって感じですか?」

「ああ。思い出しもしてないみたいだぞ」


 メリーサは「女の人はふっきれると容赦ないですからねえ」とつぶやく。


 と、その時だった。

 

「お兄ちゃん」


 え?

 城で聞くはずのない声が響いて、振り返る。

 そこには見間違えるはずもない血を分けた妹がいた。

 小走りに走り寄ってくる。


「リリアナ、どうしたんだ?こんなとこまで、どうやって入ってきたんだ」

「騎士団の団長様に入口でお会いしたの。ほら、前にお祭りでお会いしたことあったから、案内してくださったのよ」


 言ってリリアナが後ろを振り返れば、少し遠くで団長が爽やかに手を挙げるところだった。

 俺は軽く会釈をして、リリアナに顔を戻す。


「で?どうしたんだ」


 リリアナは小声になる。


「……あのね。あたしはやめときなさいよって言ったんだけどね。お兄ちゃんの好きなお魚が手に入ったからってお母さんはりきってパイ作っちゃって……温かいうちにもっていきなさいって。これ」


 ずいと重そうな布の包みを差し出される。


「まじかよ。好きだけどよ。今度帰った時でも」

「あたしだって同じこと言ったわよ。でもお母さん、このお魚は新鮮さが命だからって。お母さんってば、お兄ちゃんのこと何歳だって思ってるのかしら」

「……まあ、貰っとくけど」

「あ、そうだ。レモンケーキも焼いたから、ついでに食べてね」

「サンキュ。と、これ先に運ばねえといけねえから、ちょっと待ってろ」


 メリーサの手伝いをしている途中だった俺は、小麦粉の束を抱えなおす。


「……あの、ジェイド様。そちらの可愛いお嬢さんが、噂のリリアナちゃんですか?」


 と、おそるおそると言った様子で、メリーサが歩み寄ってくる。

 リリアナは「噂?」と小首をかしげながらも、メリーサに頭を下げた。


「はい。いつも兄がお世話になっております。妹のリリアナと申します」

「はーっジェイド様が溺愛されるのも頷ける可愛さですね……っあ、失礼しました。わたしは料理手伝いのメリーサと申します」

「ああ、あなたがメリーサさんですね。いつも美味しいお料理ありがとうございます!」

「いえいえ、お粗末様です」

「そんな、とっても美味しくっていつも母と味付けの研究してるんですよ」

「ええ、すごく嬉しいですけど、本当に大したことはしてなくて……」


 女二人の会話が始まってしまい、俺は苦笑した。

 母さんもだけど、長いんだよなあ。こういう時。


「おい、話しならあとでゆっくり――っ」


 言葉をつづけられなかったのは、王宮の奥から、エリクが歩いてきたからだった。

 と、エリクも進行方向にいる俺に気づき、常通り睨み、そしてその横にリリアナの姿を見つけ――――硬直した。


「リリ……アナ」


 どうして、ここに――――


 エリクが、立ち止まる。


 しくじった。

 俺はさっとリリアナに目を向けた。 

 王宮は広く、ここは裏道だったから、まさかエリクが通りかかるとは思ってもみなかったのだ。


 エリクを見つめたリリアナもはっと息を飲み込んでいた。

 しかしすぐに、いつも表情に戻り、小さく頭を下げる。


「……お久しぶりです。エリク様」


 言われたエリクは、苦し気に眉を寄せた。

 かつての恋人とは思えない、あまりに他人行儀な態度に。

 しかし観念したように、力のない笑みを浮かべ、ゆっくりと歩み寄る。


「……久しぶり。元気そう、だね」

「はい。エリク様も……」


 流れるひりひりした空気に、今度こそ助けてやらねばと、俺は前に出た。


「メリーサ。悪いけど食堂にリリアナを案内してやってくれ。これ食糧庫に置いたら俺もすぐ行くから」


 と、メリーサが頷く前に、リリアナが言った。


「ううん、お兄ちゃん、忙しそうだし、あたし、もう帰るよ」


 リリアナは後ずさりながら「それじゃ」と手を振る。


「メリーサさん。せっかくですけど、お茶は、またの機会に」

「待って、リリアナ」


 エリクが、逃げようとするリリアナの手首をつかんでいた。


「まだ帰らないで。僕も話したい。僕とふたりが嫌なら、メリーサも一緒でいいから」

「おい。俺は」

「……ジェイドも」


 リリアナは困ったようにつかまれた腕を見、エリクを見上げる。


「でも」

「お願いだリリアナ。友達としてでいいから」

「友達……?」


 聞き返したリリアナに、エリクはうん、と縋るように頷く。


「ジェイドと僕はこれからも仕事で付き合いがあるし、こうしてばったり会った時、毎回こんな空気なんてお互い嫌だろ?だから、仲直りしよう」

「……あたしなんかが、友達になれるんですか」

「もちろんだよ」


 切り口を変えられたリリアナは、おろおろと視線を泳がせた。

 まずいと思った俺が口を挟むより早く、エリクが詰め寄る。


「それとも、友達になるのも嫌なくらい、もう僕のことは興味なくなった?」

「そ、そんなことないです!あの、えっと……友達……なら」

「本当?いいの?」

「はい……」

「良かった。ほっとした。ずっと君のことが気がかりだったんだ」


 エリクは言って、リリアナの持っていた包みをさりげなく奪う。


「これ、ジェイドへのお土産?持つよ。さ、団員専用の食堂に行こうか。きのきいたものはないけど、メリーサお姉さんが美味しいケーキ、ごちそうしてくれるって」

「……っ!しますけど!エリク様、リリアナちゃんに近すぎます!友達の距離じゃないですよ!」

「はは。メリーサはちょっと変わってるからね。気にしないで、リリアナ」


 と、歩き出そうとしたエリクの腕を、リリアナが振りはらう。


「や、やっぱり駄目です」

「……リリアナ?」


 リリアナは堪え切れなくなったように、エリクから包みを奪い返し、結び目を緩ませると、中から透明の袋でラッピングされたレモンケーキを取り出した。


「あたし、こんなのしか作れない庶民なんです。エリク様と友達になんてなれるわけがないんです……っ」

「リリアナ……」

「ごめんなさい」


 シンプルで素朴なケーキを見つめ、エリクは言った。


「これ、リリアナが作ったの?」

「……はい」

「とっても美味しそうだ。僕にも、分けてくれる?」

「え?」

「紅茶があうかな、コーヒーかな」

「お兄ちゃんは、紅茶が合うって」

「じゃあ僕もそうするよ」


 にこりと笑って、エリクはリリアナの手からケーキを受け取った。

 そうして袋からさっとそれを取り出すと、一口かじる。

 ゆっくりと噛みしめて、言った。


「すごく美味しい」

「……うそ」

「本当だよ。今まで食べたケーキの中で、一番おいしい」


 言いながらエリクは、リリアナを優しい目つきで見下ろす。


「ねえリリアナ。ずっとそんなこと気にしてたの?庶民だとか、そんなこと」

「……エリク様にはわからないです」

「わかるよ。僕だってどうしたらもっと君に近づけるかずっと考えてた」

「……」

「僕のこと、嫌いになって別れたんじゃないなら、もう一度やり直そう。それで、一緒に頑張れる方法を探そうよ。僕はリリアナがいい」

「……エリク様」

「気づいてあげられなくて、ごめんね」


 言ったエリクに、リリアナはふるふると首を振った。


「あたしも……ごめんなさい。すぐに、諦め、ちゃって……」

「うん。今度からは相談して欲しいな。絶対にリリアナを離したりしないから、安心して」

「はい……っ」


 目の前で繰り広げられる会話に、置いてけぼりになる俺。

 なんだこの男。

 よく実兄の前でそんなこと言えるな。

 羞恥心とかないのか。


「良かったですね……っハッピーエンドですね……っ」


 うるうると瞳を潤ませる赤の他人メリーサがハンカチで目じりを抑える。


「……そうだな。良かったな。ハッピーエンドでよ」


 とりあえず早くこの馬鹿重たい小麦粉を降ろさせてくれ。

 三か月ぶりのエリクの笑顔と、リリアナの赤面に、俺は苦い思いを抱えた。




 ――それからもふたりは仲睦まじく過ごしていた。

 エリクは前以上にリリアナに執着し、数か月後には勢い余ってプロポーズまでした。

 さすがに上流階級に入るのは、と戸惑うリリアナにエリクはすべて補助するから安心して欲しいとかなんとか力説していた。

 母さんは、賛成していた。


 だとしたら兄の俺が反対するしかないじゃないか。


「上手くいくもんか」


 だってあいつは遊び人の悪いやつだったのだから。

 俺はそれをよく知っていたのだから。


 まあ

 この頃は多少

 心を入れ替えたようだけれど―――。


 

 なにはともあれ、リリアナ。

 恋の成就、おめでとう。

 もし困ったことがあればすぐに兄ちゃんに言って欲しい。


 兄ちゃんは、なにがあってもお前の味方だからな。 


 それを絶対に、忘れるな。


 それと、どうか末永く幸せに。


 兄より。

 


  

バカップルに振り回されるお兄ちゃんを書きたく、投稿させていただきました。

この後、ぐいぐい迫られた妹は迷いに迷いつつも結婚し、末永く幸せになります。

お兄ちゃんは強いので、将来的に団長さんになったりします。

以上です。お付き合いくださり、ありがとうございました。  koma**

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― 新着の感想 ―
[良い点] とっても楽しく拝読させて頂きました( ^ω^ ) 身分差から来る価値観の違いって本当に難しい問題ですよね。 今後もエリクとリリアナには相互理解の努力が必要。 愛があれば~で乗り越えら…
[一言] うんうん。 お兄ちゃんが納得したのならば。2人が幸せになったのならば。 基本ハッピーエンドは好きなのでこの結末でよかったのかと。 お兄ちゃんにも素敵な嫁が来るといいですね!
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